第2幕
一度寝入っているからか、私は二度寝からすぐに目が覚めた。寝室の横にあるキッチンで、エプロンをつけた茜が料理を作っているのが見えた。寝ぼけながらも、「何作っているの?」と尋ねるが茜は返事を返さない。再度声をかけてみるが、うんともすんとも言わない。ただ黙々と何かを煮込んでいた。
思わず私は「茜ってば!」と茜の肩を掴んだ。すると、骸骨の顔をした茜が振り向いた。顔の半分以上が白骨化しており、残り僅かの部分に腐った皮膚が残っていた。
驚愕した私は尻もちをついて、悲鳴を上げた。
……というところで再び目が覚めた。何という悪夢だろうか。肩で息をしていた私は、首を横に振って冷静になるよう努めた。寝室を出ると、先ほど見た夢と同様に煮込み料理をするエプロン姿の茜がいた。
「……茜?」
「おはよう! しっかり寝られた?」
「う、うん。まぁ、寝られたかな」
今度振り向いた顔は、いつもの茜だった。先に見た夢があの内容であり、余りにも不謹慎であるために話さず伏せておくことにした。
茜の作る料理は庶民的なものだが、どこか独創的で見栄えが良く、とても美味しい。私にもできないことはないが、茜のように作れというのは無理な話である。魔女である茜であるが、魔女ではない茜もまた器用な人間だ。私の目の前に、好物でもある茜特製のトマトスープが出された。
TVには、私たちが偵察した某IT企業の社長含む会社役員が逮捕された模様が映し出されていた。未成年との淫行及び会社が提供するサービスに関する詐欺等、多くの悪事が次々とワイドショーで暴かれていた。まぁ、元々出会い系サイトで名を馳せていた会社だ。私たちが何もしなくても、こういう結末が待っていたのかもしれない。
「凄いことになっちゃったね……」
「だね~。あれからポリ公の電話あった?」
「ポリ公って何よ……もう。なかったよ。本当に八百万入るのかな……」
「え~そりゃ入るに決まっているでしょ? 依頼者が警察関係の人なんだしさ」
「まあね……そうだけどさ……」
「何よ? 何か不服でもあったりするの?」
「不服と言うより不安かな? 今回の件で、私たちは警察からも注目されるだろうし……」
茜がそっと微笑み「そういえばね、ずっと話そうと思っていたのだけどさ……」と何かを言いかけたところで、突然TVの画面が切り替わった。
『ニュースです! 只今羽田空港近郊にて福岡―羽田便の飛行機ウィング1979が空港近郊のホテルと衝突する事故が発生しました! 空港内また空港近郊の大田区では現在パニックが生じ、多くの死傷者が出ているものと思われ……』
TVに映し出されたのは、飛行機とホテルが衝突する瞬間。そして悲惨な情景だ。
「何これ……」
これ以上の言葉が出なかった。茜も呆気にとられた顔で、TVに視線を奪われた。恐らく、いや間違いなく日本国民の誰もが凄惨な衝撃を覚えているに違いない。
しばらくすると、茜がTVの電源を切った。
「ちょっと! 何するのよ!」
「観なくていいよ。こんなの。疲れている体に毒だよ」
「そんな、私は大丈夫だってば! 何よ、何か思いあたることでもあるの?」
茜は私の質問に答えずに、琉偉君に電話をかけた。琉偉君は事務所近くの自宅におり、どうやらゲームに熱中していたようだ。飛行機衝突のニュースは知らないとの事。全くもって呑気なコだ。茜は「外に出ないでね」と言い、電話を切った。
「雪、落ち着いて聴いて。こんなに大掛かりで目立つようなことを魔術師が行うのは考えられない。ましてHMO(人類魔術同盟)なら尚更。でも、魔術によって行われた可能性も考えられないワケではない。だとしたら、私たち魔術師にとって最悪の事態に他ならないワケだけど……ちょっと調べてくるね!」
「え? どういうことだってば? 茜はこれからどうするつもりなの?」
「可能な限り現場に行ってみる。これが魔術師じゃない誰かの仕業なら、私たちの新しい仕事になるでしょ?」
「え……いや、危ないって! 止めときなよ!」
茜はエプロンを片付けると、早急に事務所を飛び出していった。
何だというのだろうか? 私はやってはいけないと分かっていながらも、TVを再びつけた。どのテレビ局も、事故の緊急特番をやっていた。ウィング1979に整備の不備はなく、また乗客員等の情報からもテロである可能性は全くないとのことだ。ただ、不気味なことにパイロットの「どうした! 動け! 何故動かない!?」と言った音声記録が生々しく残っているとの報道もあった。
悲惨な状況を延々と報道するTVを眺めながら、私は笠山火山が噴火した時のことを思い出した。あの時起こったあの出来事は私の記憶の中のみに残り、事実として存在しないフィクションとなった。恐らくは茜と名月さんの手によって噴火を阻止したのだろうが、茜もハッキリと覚えてないのだという。こう話すとややこしいが、その出来事以降、私はHMO(人類魔術連合)の話を、何度も茜から聞くことがあった。