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第1幕

 人間を殺めたのはいつからだろうか?



 あれから何年の年月が経つだろうか?



 山々が眩しい自然に囲まれた道路。轟音を響かせて、通り過ぎていくバイク。



 五月蠅かった。ただそれだけだった。



 気がついたら、呆気なく操縦者の命が散った。



 誰でもない。私が奪った。



 世間では「不慮の事故」として片づけられた。誰も真実を知る者はいない。



 それからも私は無能な人間たちを嘲笑い、弔ってみせた。



 やがて、『死神が現れる場所』として私の住む地は恐れられるようになった。



 今では車の一台も滅多に通らない。



 静寂な空間が広がる日々。待ち望んだ筈のものなのに、何かが物足りないようだ。この空虚な感じ、一体何に例えればいいと言うのだろう?



 それから私は書斎で、術の研鑽に研鑽を重ねた。体のどこからかくる渇望を捨て、やがて来るその日その時に備えて……



「さぁ始めようじゃない。世が讃嘆する、あまりに残酷で世にも美しい宴を」






 「うっ……」と思わず目を覚ます。ここは事務所。どうも机に伏せて寝ていたらしい。仕事のし過ぎで疲れたのだろうか? 何だか気持ちの悪い夢を見ていたようだ。



 私たちの探偵事務所は、多くの依頼を不思議なくらい難なくこなしていき、ここ数年で信頼のおける優良探偵事務所として巷に知られるまでになった。“不思議なくらい”とは部外者からみた客観的な見方であって、そのワケを私たちは知っている。



 私たちの探偵事務所には「魔女」がいる。赤神茜……いや、今は中崎紅音という名がある。彼女は魔法を使い、秘密裏の調査や偵察などをどんどん成功させていった。特にミニカメラの空中浮遊を駆使した彼女の調査技術は、他の探偵事務所にできるものではなく、私たちの好業績の原動力となった。日々進歩する科学と魔法を使える魔女。私たちに敵などいない。強いて言うなら、彼女の正体がばれないように仕事に取り組む事が私達に求められる事。もちろんこれは常に私たちが意識していることであり、これまで公の場で疑われたことなどない。私たちに抜かりはない。



 私たちの探偵事務所は、魔女である茜とブラジル系ハーフの柏木琉偉君、そして私・蒼井雪の3人で運営している。琉偉君と私は同じ児童養護施設で育った仲で、茜と私は同じ高校で親友となった仲だ。この辺の話は話すと長くなってしまうので、またの機会にお話ししよう。何にしても大人になった私たちは、私の立ち上げた探偵事務所で巡りあい、またも運命を共にすることとなった。




 そして今、私たちは某大手IT企業の悪事を暴く仕事を成し遂げたところだ。六本木ヒルズ内の高級マンションでの調査ということで、これまでになく危険で難解な仕事であったが、見事に悪徳な商談の模様を動画に収めることができた。昨日依頼者に物的証拠を届けることもできた。セキュリティが張り巡らさている建物でのこの大功績。茜に大勲章である。魔女の彼女にしかできない神技だ。



 思えば、約1年近くの月日をかけて取り組んだ大事業であった。潜入調査担当の琉偉君も、わざわざ社員となって実態調査をした。この件は警察が乗り出していたこともあり、私たちの他にも有力とされる探偵社が多数協力していたようである。その中でこの功績を残した私たちには、約八百万円の謝礼が約束された。お陰様で事務担当の私は、1日中電話と格闘しなければならなかった。IT業界の人間から警察関係者もしくは警察を装う輩とまで……でもまぁ、これが私の役割である。



 ここだけの話、琉偉君の潜入調査はフェイクであり、本当に調査を行っていたのは魔女の茜だった。警察への報告では、私たちの『新宿なんでも探偵事務所』の会社員は、私と琉偉君の2人だけとしている。その理由は何となく察して貰えれば幸いだ。何はともあれ、私たちはこの大事業を成し遂げたのだ。八百万である。何度も口にしてきたと思うが、八百万という大金である。そしてこの一件で、私たちの事務所もこれから大きな脚光を浴びることに違いないだろう。



「凄いことになっちゃったなぁ……」



 私が背伸びをしてそう呟いたタイミングで、携帯の電話が鳴った。茜からだ。



「もしもし茜? 昨日からいないけど、今どこにいるの?」

『もしもし雪? 雪こそ大丈夫なの? 昨日から全然電話に出なかったしさ!』

「え? 何言っているの? 私は……あれ?」

『もうっ! 雪ったら頑張りすぎ! もう少しで帰るから、ちょっとでも休みなよ』



 私は茜からの電話を終えると、コーヒーの入ったコップを手に取った。ソファーに腰掛けてグイッと飲み乾し、そのまま目を閉じて瞑想に耽った。何かおかしい。昨日は事務所へ電話が入ってきたりは、ほとんどしてないはず。それなのに何故茜の電話に出なかったのだろう?やはり机に伏せて丸1日寝ていたのだろうか……?



 それから私がソファーで再び眠りにつこうとした時、事務所のドアが「バタン」と勢いよく開く音が耳に響いた。いつもながら、全く空気を読んでくれない同胞だ。



「ただいま! 雪、大丈夫か?」

「茜さん、チョットだけでも持ってよ!」

「えー面倒くさいから嫌だよ。アンタ男でしょ? それぐらい最後までやりな~」

「ケチ!」



 両手に持ちきれない程の買い物袋を持ち、琉偉君と茜が事務所に帰ってきた。思い出した。今回の件の打ち上げ的な感じで、二人は秋葉原に遊びに行っていたのだ。私は、連日ハードワークの疲労の為に参加を控えた。



「だるいわよ……。それはそうとこの数、一体どんな買い物していたのよ?」

「私が全部買ったわけじゃないよ! 琉偉の奴がたくさん買ったのよ!」

「どっちもどっちでしょ……それでいくら使ったのよ?」

「んー八万ぐらい?」

「はぁ!? どんなことに使ったらそんなになるのよ!?」

「まぁまぁ、そう慌てなさんな。来週にはその百倍の収入があるのだからさ」

「どこからくるのよ? その余裕は……」



 琉偉君は大荷物を降ろすや否やTVをつけ、さっそくTVゲームを始めだした。降ろした袋の口から、夥しい数のゲームソフトが床に散らばっていた。それだけでなく、色んな玩具も数多く購入していたようだ。玩具は成人になってからの茜の趣味。琉偉君はもっぱらゲームオタクであるので、先ほどの報告とは裏腹に八万円の大よそは茜によって消費されたのだろう。



 酷いありさまを確認した私は、自然と溜息を吐いた。それと同時にゾクッと背中に寒気が走った。ふと左肩を見ると鼠が私の肩に止まり、私と目を合わせた。



「いやぁぁぁぁぁ!」



 私は飛び上がって仰天した。それを見て、茜は腹を抱えて大笑いをしていた。茜による仕業である。彼女が手に持つピンクの小道具がそれを物語っていた。



 私の拒絶に反応した鼠は、いつの間にか琉偉君のドレッドヘアーのてっぺんに移動していた。いや、移動させられていた。ゲームに夢中な琉偉君は気がついていないようだ。



「いや~呑気なものだね~ひゃっひゃっひゃっ♪」

「まったくよ! 大金が手に入るからって浮かれすぎでしょ! アンタたち!!」



 怒りのあまり思わずソファーから立ち上がった私は、そのまま体勢を崩して床に転び落ちた……と思ったが、顔面が床に接触する寸前のところで体が止まった。そして宙に浮かされ、事務所奥にある寝室のベッドまで運ばれた。



「ちょっと茜、何するのよ!?」

「何をって? 助けているのよ?」

「え?」

「ゆっくり休みなよ。疲れがとれたら雪にも話したいことがあるからさ」



 茜がそう言うと、私はゆっくりとベッドに降ろされた。ふかふかのベッド……。茜の優しく微笑んだ顔。いつの間にか気持ちのよくなった私は、再び眠りについた。




 思えば私は、何故昨日ベッドで休まなかったのだろう? 今回の件は、依頼者と警察関係者に証拠品を手渡した時点で終わっている。謝礼をいただくまで、私も茜や琉偉たちと一緒にはしゃぎまわってもいいはずなのに。どうやら私は、すっかり仕事人間になってしまった感じだ。茜のイタズラに対しても笑って受け答えするようにしているのに、あんな怒ってしまうなんて。目が覚めたら茜に謝ろう。

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