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Rain of bullets  作者: miruku
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始まり

月夜の晩、廃墟と化した街の『立ち入り禁止エリア』一郭に響く銃声ーー。瞬間、火花をあげて金属音が鳴り、弾道を変えた弾は朽ちた建物の外壁を貫いた。


「盾にも使えるんだな、その鋏」


「…………。」


 カウボーイハットを深く被り、銃を構えている男ーーギルが、二メートルほどの大きな鋏を地面に刺し、盾の代わりにしている男ーートッドに語りかけるが返答はなかった。


「人喰い女以外とは話したくねぇってか……」


 鋏の陰から癖っ毛でぼさぼさの髪がゆっくりと現れ、鼻先まで垂れた前髪の間から鋭い目付きでギルを睨み付ける。


「トッド! 早くそんなやつ殺しちゃいなさいよ! ミートパイにしてやるんだから!」


「少し手強いので少々お待ちを……」


 金色の長い髪をかきむしる少女ーーラベットの命令に、口を開こうともしなかったトッドは応えた。


「ジャック、あの人喰い女どうしても俺らを喰いたいらしい」


「みたいだね。内臓でも抉り出して黙らせようか」


 ギルの隣で不吉な笑みを溢す銀髪の少年ーージャックは、素早い足取りでラベットに向かっていく。その手にはメスが握られ、誰もが無惨な光景を想像した。それを阻止しようとトッドは動くが、ギルの放った銃弾によって阻まれ、その間にもジャックはラベットの懐まで潜り込んでいた。


「ーー死んじゃえ!!」


 月に照らされ銀色に煌めくメスは、ラベットの腹部に向かっていくーー。その刹那、突風でも吹いたかの様に、ジャックの身体は回転しながら宙に放り出された。苦痛に歪む表情のまま、その原因に視線を向けると、腰くらいまで伸びた長髪を一本にまとめた白衣の男が拳を天に向けて棒立ちしていた。


「なんでお前がッ!」


 ジャックは跪くように着地し、その男を睨め付ける。同様に男も異様なまでに真っ赤に光る瞳をジャックにむけていた。


「邪魔するなよ、ホームズ」


 ギルは背後に人気を感じとり振り返ると、葉巻を咥えた図体のでかい男ーーホームズが立っていた。


「いやいや、すまんねぇ。この案件は私達が戴こうと思ってね。君ら便利屋にはそいつらは殺させないよ」


「警察にでも依頼されたのか?」


「まぁそんなとこだな。警察は報酬が良いからな」


「そりゃ、おめぇの大好きなマリファナという薬物がたくさん手に入るな」


「薬物は私にとってはいい薬だ」


 ホームズは、にやりと笑みを溢すと「ワトソンくん、早めに済ませようじゃないか。今夜は冷える」と指示すると、真っ赤に光る瞳の男ーーワトソンはこくりと頷いた。


「はい」


 返答と同時に、ワトソンは動き始めるーー。手始めに狙いを定めたのはトッドだった。向かってくるワトソンに怯むことなくトッドは鋏を構え、叩き付けるように振り切ったーー! だが、その感触は虚しく、刃はワトソンの鼻先から一ミリ程度を過ぎていった。透かさず右ストレートを繰り出したワトソンの拳はトッドの頬を捉えた。


「ーーッ!」


 呻き声をあげるトッドの身体は真横に吹き飛ばされた。ワトソンの細身の体からは想像もつかないほどの破壊力ーーそして何よりも、異様なまでに真っ赤に光るその瞳からは死を連想させた。


「ハッハッハァッ! 攻撃を与えるなんて無駄だよ。ワトソンくんの視界に映るもの、それはスロー再生のようなもんなんだから」


「相変わらず健在だな、『呪われし者の眼』は」


「ギルくんは知っているだろうが、他の君たちは知らないか」


「なんだよ、『呪われし者の眼』って」


 ジャックはギルに問い掛けるが、ラベットが自信あり気に淡々と話し始めた。


「知らないの? 人間の覚醒とも言われるそれは、常人ではありえないほどのパワーを引き出すことができる。それは個人によって色々違うみたいだけど、発見されているのは未だかつて二人だけ。『幻術を見せる』ことができる眼、『強靭な力を発揮する』ことができる眼。それなのに、なぜ『呪われた眼』というのかというとーー」


「どいつも眼の中に棲む化け物に呑まれたからだ……」


 ワトソンは話しを割ると、切なそうに空を見上げた。


「呪われた者は必ず、周囲にも自身にも不幸な死を遂げさせる……。それを『抗ってやる』と言ってくれたホームズさんのためなら私はーー! なんでもする!」


 ワトソンはジャックに向かって一気に踏み込むと、胸ぐらを掴み数回転した後、建物に向かって放り投げた。少年が相手だというのに容赦はすることなく、投げ出されたジャックの身体は外壁に大きな穴を空けた。


「さすがだな……」


 関心の声を上げたのは、意外にもワトソンの方からだった。ワトソンの頬からは一本の赤い線が引かれ、そこからはスゥーっと血が流れ出ていた。


「効いたよ、今のは……」


 言葉とは裏腹に、何事もなかったかのようにスッと立ち上がるジャックは、少年とは思えぬほどの殺気、不思議と沸き起こる痛快さ、どれもが表情にくっきりと表れ、その感情を周囲に伝わせた。


「ギルくん、私はある事件で警察に呼び出されたことがある。何人かの女性ばかりが内臓を取り出され、見るも無惨な姿にさせられ殺されるという事件だ。私は推測を立てた。切り口からメスのようなものが使われていること……そこから周辺の医者を片っ端から調査したが犯人と思われる人物が現れない。謎に包まれたまま犯行はパッタリと収まり、未解決となってしまったが、なぜ女性ばかりが狙われたのか……。犯人は女性で、男を狙っては身に危険が生じてしまうことを恐れたのか、それとも犯人は『子供』で、被害者の女性達は気を許して殺りやすかったか……。今、やっと謎が解けたよ」


 ホームズは葉巻を靴の裏で揉み消すと、満足気な表情をした。


「切り裂きジャックーー『ジャック・ザ・リッパー』は君だね」


 銀色の髪が風に揺られめく。白銀にも見えるその髪は透き通るかの様にきめ細かい。



「正解。ただ、もうあの時の様に弱い者ばかりを狙うのをやめたんだ。強いやつを殺して、力をつけて、そしていつかーー! ギルを殺してやるんだ」


「まだ言ってんのかよ……。お前には負ける気がしないって言ってるだろう?」


「まだわからないさ……だからワトソン、あんたには負けられない!!」


 崩れた外壁の残骸を蹴り飛ばす。スローに見えるワトソンの眼では、顔面に向かってくる残骸を意図も簡単に右手一本で塞いだ。ーーが、それが仇となった。


 視界に映るのは自身の右手、瞬時に右腕を降ろすがそこにはジャックの姿はないーー!


「後ろだよっ!」


 背後に回り混んだジャックはメスを振りかざすーー刃がワトソンに触れようとした瞬間、脇腹に衝撃が走り、ジャックの身体は突風に吹かれたかのように宙を舞った。地面に叩きつけられるも直ぐ様体勢を整え「邪魔をするなアァァ!!」と喚叫した。


 喚叫した矛先にはトッドがフルスイングしたフォームで立っている。フルスイングした物が、切っ先が鋭利に尖った鋏というところが恐怖を引き立てる。


「ラベット様、すぐに四人分の死体を用意しますので、少し……身を隠して頂いてもよろしいですか?」

 ワトソンに殴られたときに口から流れた血を手の甲で拭う。


「お洋服に血飛沫が付着するといけないので」


 微笑み掛けるが、どこかその表情は物悲しい。


「わかったわ……またあとでね……」


 路地裏に姿を消したラベットの後を誰も追うことはしなかった。それにはまず、この男を倒さなければ追うことはさせてくれないだろうと誰もが直感したからだ。


「そのでけぇ鋏じゃ叩きつけるにしろ、刺すにしろ、切るにしろ、その後の隙が大き過ぎる。だから諦め……て……」


 ギルの言葉も耳にいれず、トッドは鋏を分解してみせた。二刀の刀を持っているかのように見えるそれは先ほどまでと比べ、多彩な動きを可能にできる。


「心配は無用って訳ね……。ジャック! 一先ずワトソンは諦めろ! お前はトッドだけを狙ってろ!」


「嫌だね。こいつが邪魔さえしなきゃ、殺せたんだ」


「わかっちゃいねぇよ……バカ。勝手にしろ! 俺がトッドを相手にするからな!」


「そのオッサンはどうするんだよ?」


「大丈夫だ、ホームズは図体がデカイだけで戦闘なんかしないからな。身体が弱いくせに大麻なんかやってるからボロボロなんだよ」


「じゃあ、思う存分こいつと殺りあえーーッ!!」


 ジャックの頬に拳がめり込む。


「舌、噛むぞ」


 その小さい身体は半回転し頭から落ちるが、それでも声を挙げて笑いながら立ち上がる。


「もう……噛んだよ!!」


 白いワイシャツの両袖に仕込んだメスを握り拳のすべての間に挟むと、ワトソンに向け引っ掻く様にして飛び掛かった。


 だがそれも虚しく宙を裂き、寸でのところで後退して避けられる。その隙に一発、ジャブを打つように軽く鼻先に当てると、左右の連打の雨が襲い掛かった。腕でガードするがその重たい拳は腕を下ろさせるのに時間は掛からなかった。


 腕を下げたらこの拳が何発入るか、それを喰らって立っていられるのか、引きさがるしかないのか、マイナスの思考が駆け回るがプライドが邪魔をして引き下がれない。その間にも腕の痺れは増していくーー。


「ワトソンの野郎、本気で仕留めに来てやがるな」


 その姿を見て呆れ返ったギルは、ワトソンに銃口を向ける。だがその銃口の先に、ゆったりと歩いて来たトッドが立ちはだかった。


「邪魔だよ。相棒が死にそうなんだ」


「…………。」

「口を開かないのには訳でもあるのか?」


 その言葉にも返答はせず、ギルに向かって走り出す。


「そうかい、そうかい。いくら俺でもなぁ、シカトは堪えるぜ!!」


 躊躇なく引き金を引き、銃弾はトッドに向かっていく。タイミングを合わせたのか、それとも見えているのか、向かっていたはずの銃弾はトッドに当たることはなく真っ二つに斬られ地面に転がった。


「まじかよっーー!」


 一気に間合いを詰めるトッドーー。


 有り得ない出来事に臆するギルーー。


 その結果は明白、瞬時に二刀を組み立て鋏の形状に戻すと、ギルの首を『切る』ために刃を名一杯、両手で広げ、勢いをつけて刃を閉じたーー!


 キンッッ!!


 周囲に鳴り響いたのは骨を切断した音ではなく、金属が摩れる耳障りな音だった。


 トッドの眼前には左腕を刃の根元まで突きだし、刃が合わさるのを防いでいるギルの姿があった。左腕、ちょうど前腕筋からは不規則に火花が飛び散っている。


「その腕……」


「やっと喋ったなこの野郎。俺の左腕は、まぁサイボーグみたいなもんよ。昔、ある殺し屋に殺られかけてな……腕を失ったんだよ。クソっ! 配線が何本かイッちまったなこりゃ、フランケンのやつに高額な修理代を叩きつけられるぜ」


「……貴様はなぜ、戦う」


「あぁ?? なんだよそれ」


「答えろ」


「俺の言葉はシカトしてたくせに……まぁ、あれだ……守りたいからだ。この街を」


「守りたい?」


「この街には不思議とお前らみたいなやつがたどり着く。何人もの人を殺してきたような奴や、重たいもんを背負って生きてる奴、まぁ色々だ。人々の声は街の声……ってな、依頼されてどんな奴かわかり次第、殺すなりブタ箱にぶちこんだり逃がしたり、そうしてるんだ」


 腕の力を緩めたトッドは、鋏んだ状態を解除した。


「私も似たようなものだ。ラベット様を守ると誓ったんだ、こんな所では終われない」


「…………一つ、提案なんだがーー」


「グアァアァアア!!!!」


 突然、ジャックが叫声を上げた。そこには顔面血だらけのジャックが、ワトソンに首を絞められ宙に浮かされていた。白いワイシャツは真っ赤に染まり、その悲惨さを物語っている。


「言わんこっちゃない」


 その姿を見ても顔色一つ変えることなく冷静に呟く。

「ジャック、これでわかったろ? そいつが最初から本気でやってれば手も足も出ねぇんだよ」


「う……る……さい」


「ってことで、例の作戦を実行といくぞ!」


「くっ……そぉおおぉぉ!!」


 咆哮とともに宙に浮かばされながらも蹴りを連打するジャックは、やっとの思いで振りほどき、立ち尽くすトッドを避けギルのもとに駆け寄った。


「ほんとにあの作戦で成功するんだろうな?」


「当たり前だろ」


「それが成功するなら、こんな苦労しなくて済んだろうに」


「挑戦してみたかったんだろ? 勉強になったと思えば安いもんだろ、そんな傷」


 頬を膨らませ不貞腐れるジャック。やはり、行動そのものは少年のようだ。


「ワトソンくん、私はもう寒さが限界に近づいてきている。そろそろ茶番は終わりにしてくれないか?」


「すみません、ホームズさん。久しぶりに手応えのある奴だったので、つい……いたぶり飽きたので次で仕留めます」


「だってよ……やるしかないな」


「わかったよ……もったいない気がするけどな」


「命に比べりゃーー安いもんさ!!」


 ギルは真上に銃を構えると、一発の銃弾を放った。真上にはハードタイプのスーツケースが降ってきていて、見事に鍵の部分に的中させると、バッと開き、中身の紙切れの群れがひらひらと宙を舞った。


「さぁ、こっからが本番だ」


 廃墟と化したこの街では、銃声が当たり前かの様に鳴り響く。


 銃弾の雨は鳴り止まない。


 それは、悲しいほどに鳴り止むことはない……。

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