暮色に溶けた邂逅
「……アンタ、大丈夫? すっごいケガしてるみたいだけど」
気が付くと、鈴猫は彼にそう問いかけていた。すると男はわずかに目を大きく開いた。しかしすぐにもとの表情に戻ってふいと顔を背け、眉根を寄せる。
「……関係ない。……おれに……構うな」
「構うなって……そーゆーワケにはいかないでしょ……っ」
突き放すような男の物言いに、怪我人を放置なんかできないよ、と鈴猫はむっとする。見つけてしまったから、声をかけてしまったからには、今更なかったことにするなど彼女には到底できなかった。
これからどうするべきか、と鈴猫は考えながらちらりと視線を頭上に移す。空は茜色から深い藍色に変化し、辺りはもう暗くなりつつある。この男をこのまま置いておくわけにはいかない。
「ねぇ、アンタ動ける?」
鈴猫は心の中で頷き、声をかけながらそれまで掴まれていた手を振りほどいて逆に男の手を掴んだ。彼が驚いて振りほどこうとしたが強く握ってそれを制す。少し固い感触が布越しに伝わってくる。彼の手に巻かれた布は古く汚れていた。包帯を清潔なものに取り換える必要もあるなと考えながら軽く引くと彼は微かに顔を歪ませる。
「いっ……」
「動けない、か……わかった」
鈴猫は頷き、おもむろに男の傘と荷物を持った。続いて彼の脇の下に体を入れ、よっこらしょと言いながら立ち上がる。慣れない重さに一瞬腰に痛みが走ったが、彼も力を入れたらしくあまり苦にはならなかった。
「う……何を……」
「どうせ宿に泊まったりケガの治療したりしないんでしょ? まァ、こんな小さな村に宿なんてないんだけどね……アタシの家、すぐそこだから、泊まって行きなよ」
「おれに、構うな……」
「そんなこと言われても、道に倒れてる人を放っておけるようなアタシじゃないのよ。傷の手当てもしてあげるし、美味しいご飯も作るよ」
男の言葉を軽い調子でいなした鈴猫は、断られても気絶させて家まで運ぶけどね、とにっこりと笑ってみせた。
「……」
男は黙ってしまった。反論しても意味がないと思ったのか、言い返す気力もなかったのか。どちらにしても、鈴猫に言いくるめられたことに変わりはなかった。
彼らが家に着いた頃には、空には星がもう、輝き始めていた。家にたどり着いてもなお拒む男を半ば無理矢理入れ、自分の寝床に寝かせる。
改めて彼の様子を確認した鈴猫は、連れて来てよかったと思った。彼を運んでいた時から気づいていたが、包帯から覗いた肌は紅潮し、身体も普通の人より熱い。目もどこか虚ろで、辛そうに肩で息をしていた。要するに、熱が出ているのだ。きっと、旅の疲れや脚の怪我のせいだ。