不気味な男
その日鈴猫が帰路についたのは、秋空が茜色に染まる時刻だった。太陽は傾き、沈みかけている。地を這うように伸びている自分の影を見ながら鈴猫は歩いていた。
「あーっ、今日もつっかれたァ……でも、廉もばァちゃんも喜んでくれたし、但じいから美味しい柿ご馳走してもらったし。うん、いい一日だった!」
ニヒヒと笑い、一度楽しそうに彼女は跳ねた。………その時。鈴猫は視界の中に見慣れぬものをとらえた。
「ん? あれは……?」
何かが道の端に落ちている。……いや、正確には誰かが横たわっていると言った方がいいだろう。
ゆっくりと近づくと、それは上半身を木に預けている一人の見知らぬ男だった。ゆったりと着られた黒い着物。バサバサした漆黒の髪。その傍らには大きな赤い番傘と荷物が置かれているので旅人なのだろうと推測できる。だが、男には一つ不自然なところがあった。
「……病人?」
肌を見せないように身体全体が包帯で巻かれていたのだ。着物から出ている手や足は保護するためだと言われれば頷けるが、固く閉じられた目と口の部分だけが見えるようにしっかりと顔にも巻かれているのは、あまりにも異様で不気味に思える。
普通なら、気味悪がって誰も近寄ろうとはしないだろう。だが鈴猫は気に止めることもなく、そっと男に手を伸ばした。
「……生きてる……よね?」
包帯に覆われた顔に触れようとした、その時。男の肩がわずかに動いた。
「――っ触るな!!」
低めの、激しく動揺した声が男から響いた。それと共に、突然手を掴まれる。思いがけないその握力に鈴猫は思わずびくりと身体を震わせた。
「うあっ!?」
「……触る、なッ……」
髪と同じ漆黒の、細めな目が鈴猫を睨んだ。まるで全てを拒むかのような、暗く鋭い瞳。
――……なんて、哀しい瞳なんだろう……
彼の眼を見て、ふと彼女は思う。しかしすぐに男の姿へと目を移した。彼の外見や瞳よりも、自分が警戒されていることよりも、今は彼の体の様子が気になった。
よくよく見れば、彼は肩で息をしていた。鈴猫の手を掴んでいる手を覆う包帯も汗で冷たく湿っていて、包帯越しに震えているのがわかる。そして最後に、地面に投げ出すように伸ばされた左脚の包帯が赤黒く染まっているのが、鈴猫の視界に入った。