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笑うLILY

ローファーの靴底が砂利を蹴り、レールを避けながらいくつもの軌道を踏み越えていく。侵入者の姿をカメラが捉えていないのか、後ろから近づく無人の貨物列車が減速する気配はない。璃理は構わず列車と交差する軌道に飛び込み、子猫を拾い上げようとする。

その無謀な行動を凍りついたような表情で見守りながら、彩は、自分が心から愛している人の心の奥にある、苦しくて目をそむけたくなるような部分を思い出す。


よくある話だが、2人が通っていた中学にも数人のグループから日常的に暴力を受けている少年がいた。ある日、何の前触れもなく璃理はそのグループを挑発し、少年に集中していた度の過ぎる悪ふざけの矛先が彼女自身にも向かうようにした。

彼女はグループの行動が犯罪と言える程度にまでエスカレートするのを待ち、人間と、教育行政を執行するAIのどちらが的確に問題に対処するかという社会実験的な問いかけをネットワークに対して行った。

アルゴリズムに意思決定のイニシアチブを与えたいAI主義者と、それを渡したくない人間主義者の間で、加害者たちと学校での暴力を看過した教師への対応そのものが、主義イズムの正当性を社会に向けてアピールする手段として加速していった。


教師と加害グループの親たちは、手に負えなくなった事態を収束させるために璃理に和解を求めた。延々と続く着地点の見えない話し合いの中で、彼らは、一見融通の利かない堅物に見える少女が、眼鏡の奥ではこの状況を楽しんでいるのではないかと疑い始めた。

加害者のリーダーだった少年の父親は、璃理の両親が他界していることを引き合いに出し「普通の家のことは君にはわからないだろうが……」と、問題が解決しない根本的な原因は璃理の人格にあるのだと非難した。璃理はターゲットをその男に定め、さらに時間をかけて男を苛立たせ自分に向かって手を上げるように仕向けた。璃理は避けられる拳をわざと顔面で受け、腫れ上がる目を抑えながら「家でも奥さんや息子さんに同じことをしているんですか?」と聞いた。男とその妻の表情から、今の指摘が図星だということがわかった。


翌日、彩が目の回りの痣について尋ねると、璃理は笑いながら経緯を説明した。彩にはどこが可笑しいのか全く理解できなかったし、璃理の行動は正しいというより破滅的で痛ましいと思った。

なおも笑う璃理から彩は目を背けたが、指先が無意識に璃理の手に触れていた。彩が唇を噛み、涙を浮かべているのに気づいて璃理はやっと我に返った。

本当の自分は正しい人間ではないし、他人の痛みや苦しみに共感する気持ちも持っていない。心の底では自分と自分を取り巻く世界を憎み、両方を傷つけることで快楽を得ようとするサディストでありマゾヒストでもある。でも、そんな安い快楽はたった一人の大切な人を心配させてまで得る価値のあるものだろうか?


数ヶ月後。彩は璃理にどうして囲碁と剣道を始めたのか尋ねた。璃理は笑いながら「囲碁は時間をかけて相手を追い詰めるのが楽しいから」「剣道は合法的に棒で人を殴れるから」と答えた。もちろん冗談だ。

彩は真顔になって「そういうの、囲碁と剣道だけにしてくださいね」と言った。彩は、璃理の穏やかで大人びた仮面の下にある激しい性格が、他人を傷つけるだけでなく、いつか取り返しがつかないほど璃理本人を傷つけるのではないかと怖れていた。

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