オキネコ
「実況ならここでも見れますよ」
彩は鞄からスマートフォンを取り出す。
「アルキスマホアブナイ、ダメ」
「なんで片言なんです?」
「べつに意味はないけど」
彩が突然立ち止まって険しい表情をする。
「どうかしたの?」
そうたずねる璃理に、彩は『都内の路線で猫の侵入による遅延。昨日に続き2日連続』という記事が表示された画面を見せる。璃理は、脚を縛られた猫が線路の上に置き去りにされていた、というニュースを思い出す。
彩は感情がすぐ表に出る方だ。璃理はずっと醒めていて、ほとんどの出来事は心を動かされる前に頭で理解して片付けてしまう。彼女が憤りを覚えるとしたら、大抵、彩を悲しませたり怒らせたりする物事に対してだ。
璃理がふとフェンスを挟んで近くを走るレールの先に目をやると、パーカーのフードを被った男が複雑に絡み合う軌道を歩いて横切ろうとするのが見えた。その男は、背中からナイロンバッグを下ろし、子猫を取り出す。子猫は針金かなにかで口と脚を縛られていた。
璃理はスクールバッグを歩道の脇に置くと、つま先を金網にかけて一気にフェンスを登る。侵入者避けの有刺鉄線が腕と脚に傷をつけるが、意に介さずフェンスを乗り終える。
ターミナル駅を通過した貨物列車がこちらに向かって来るのに気づくと、フードの男は数秒後に列車が通るレールの上に猫を置いていったん線路から離れた。
璃理は線路内の地面に飛び降りると、間髪入れずに走り始める。