轢死少女
灰色の渇いた砂利に横たわり、少女は夏の空を仰いでいた。
17年間自分を生かしていた熱が、体からとめどなく流れ落ちていくのを感じながら。
「さわったら痛いかな……?」
傷口を探ろうと手を伸ばし、少女はため息を洩らす。下半身が巨大な金属の匣に押しつぶされ、直接触れることすらできない。なるほど、私の体は今そういうことになっているのね。
残された力で首と目を動かして辺りを見回す。替えたばかりの眼鏡は傷つき外れかけていたが、ぼやけた視界の先にスミレ色の子猫が見えた。おびえて全身の毛を逆立てた子猫は、それでも少女が自分を救ったことがわかるのか、おぼつかない足取りで近づくと彼女の顔に鼻先をこすりつけてきた。
少女は微かに笑う。
「まあいいか、少なくとも無駄死に、ではなかったわけだし」
幼い頃に受けた訓練がこんな形で役に立つとは思っていなかったが、少女の心は穏やかだった。どう足掻いたところで自分はもう助からない。だったら痛みや恐怖を頭の奥に閉じ込めて、静かに、眠るように死のう。私の死に顔が彩のトラウマにならないように……。
「璃理さん!」
自分の名前を呼ぶ少女の声で、谷崎璃理は、もう一度目を開く。
彩……。唇と舌は微かに動くものの、声はかすれ、親友の顔を見るために頭を動かすこともできない。
陽ノ原彩は鞄の中を無茶苦茶にかき回し、助けを呼ぶために電話を探しながら、「璃理さん!璃理さん!」と一つ年上の友人の名前を繰り返し叫ぶ。
彩、ごめんね、私は猫を助けたかった、というよりキミの前でかっこつけたかっただけなんだよ……。死を前にして心残りがあるとすれば、それは親友の陽ノ原彩のことだけだ。
まだ心臓の鼓動が続く間に、彼女に何をつたえて死のう?璃理は少し迷ってから、「彩、笑って」と言った。本当はその後に「私はキミと会えてすごく幸せだったから」とつけ加えたかったのだが。
陽ノ原彩は冷たくなっていく友達の手を掴み、見開いた大きな目にいっぱいの涙を溜めて、全力で笑顔を作ろうとした。
ノイズに飲まれるように擦れていく意識の中で、谷崎璃理が最後に考えたのは、どうせ死ぬなら眼鏡なんか買わずに、彩とおいしいもの食べに行くんだったな、それに、その機会は何度もあったのだから、一度くらい彼女にキスしておけばよかったな、ということだった。