こちら冥府区役所転生課です!
「番号札4番の方、2番窓口までお越しください」
「転生の申請はここでいいんでしょうか?」
「はい、当部署は、転生を希望する方々の申請を受け付けます、転生課でございます」
わたしはここ、冥府区役所の転生課に勤める職員、煉獄逝夜といいます。
念願叶って天下の女性冥府公務員! 将来安定! 土日休日サビ残無し! ボーナスもれなく高額支給! 特権制度を行使した、誰もがうらやむ公務員になりました! あぁ、試験難しかったなあ。しみじみ。
「すみません、ぼく、申請にきたんですけど、話聞いてます?」
「ああっ! 申し訳ありませんっ! 転生申請でしたね」
ここは冥府。冥府っていうのは「現世」と「あの世」と「幻世」の間にある世界のことだよ。
現世つまり現実世界で意識不明になったり、死んじゃった人は一旦この冥府に送られて今後どうするか考えてもらって、
――『天国か地獄送りかまたは、転生させて現世に送り返すからね』――
っていう手続きするのがココ、冥府区役所の仕事なんだ。
でも、なんでも希望を叶えてあげられるわけじゃないよ。現世でどのような行いをしたかによって、叶えられるかどうかが決まるんだ。
わたしの部署はその現世に送り返す担当だったんだけど、最近若年リストラによる自殺や無職引きこもりの孤独死が増えた影響か、現世への転生じゃなくて「幻世」への転生を望む人が増えてるんだ。
「幻世」っていうのは、アニメやゲームのフィクションや過去未来などに存在する異世界のことだね。その異世界はだいたいパターンが決まってて、マニュアルができちゃうほど希望者多数の転生先なんだよ。
「それでは、転生先の希望を仰ってください」
申請に来たこの少年は、現世では高校生だったらしい。いじめで引きこもりになり、学校は退学、親からは虐待を受けた苦の末、自殺したんだそうだ。
「あの、死んだら神様とかがすぐ転生させてくれるんじゃないんですか?」
はぁ? ナニイッテンノ。そんな都合よく転生できたらウチの区役所いらんでしょーが!
「はい。転生には事務手続きが必要です。ですが、どんな希望も叶えられるとは限りません。生前の行いによって決定されます」
「生前の行い?」
少年は首を傾げてハテナ顔。
「取り寄せた資料によると、あなた様は生前、『リア充は皆死ね!』『リア充爆発しろ!』『リア充はこの世のゴキ●リ共だ!!』などという危険思想に染まってどす黒い恨みつらみを膨らませていたようですね」
「う、うううっ」
図星だな、少年。
「それはテロ幇助の疑いがあり、ご希望の転生申請に影響があるかもしれません」
「転生できないの!?」
おろおろと動揺しだす少年。
「ご希望にそえるか保証できかねますが、転生申請は可能です。転生先は幻世をご希望ですか?」
「そ、そうだけど……」
こいつ、毎度のパターンだな。賭けてもいいよ? この少年の転生先は、
「ぼ、ぼくは、中世ファンタジー風VRMMORPGの世界に転生したいんです!!」
ほうら、やっぱり。マニュアル3ページに解説のある転生先ナンバーワンだ。多いんだよねぇ、こーゆーの。
「その転生先では、チート能力も付与してほしいということでしょうか?」
「そ、そう! チートでレベル99で最初から俺TUEEEE! 状態にしてほしいんだ!」
どうして現世で努力しないやつほど、転生先でチートを求めるんだろう?
「現段階の判定では、中世ファンタジー風VRMMORPG世界への転生は可能です」
「やった! ぼくは勇者になれるんだ!」
「いえ、勇者にはなれません。資料から察するに、あなた様の転生は、どぶねずみです」
「なんでどぶねずみなの!? ひどいよ! 勇者にしてよ! 人間キャラがいいよ!」
「ではお聞きしますが、現世であなたは、人並みの存在価値がありましたか?」
「う」
言葉をつまらせた!
「人として価値がない方が、人間に転生できるとは限りません」
「そ、そんなあ」
なんでなんだろう? この手のタイプはアニメやゲームの画面を見るのは得意なのに、自分自身の置かれた立場は見えてないってことなのかな?
「いかがいたしますか? 再考頂き、改めて申請することもできますが、どうされますか?」
少年は暗い顔をして、
「よく、考えてから、また来ます……」
「左様ですか。では改めてお待ちしております」
肩を落としてとぼとぼと帰っていく少年。気持ちはわかるんだけどさあ、ウチにも立場があるんだよ。転生先に変なの送っちゃって、クレームがすごいんだ。「どうして上から目線で冷めた物言いする無能な奴ばっか送り込んでくるんだ!! それとチート能力はダメだろ! 現世のネトゲでも禁止されてるだろ! 幻世の異世界でもダメってこと、ちゃんと伝えろよ!!」って。一人でもチート能力者がいたら、その世界のバランスが崩壊しちゃうもんね。転生希望者はそこんとこ考えてほしいよもう。
あ、わたしの公務員資格はちゃんと勉強して取ったものだからね! チートなんてしてないよ!
さて、次、次。
「番号札5番の方、2番窓口までお越しください」
窓口にやってきたのは……どう見ても、イカの姿をした宇宙人。
「fdsjtpawegufwjopwrwuerえwりふぉえ」
「言語翻訳機をご用意いたしますのでお待ちください」
言語翻訳機のスイッチを入れてダイヤルをセット。
「(ここで転生できると聞いたのだが?)」
手なのか足なのかわからん触手をクネクネさせて言うイカ。
「はい、仰るとおり、転生を受け付けております。転生には生前の行いによって決まりますがよろしいですか?」
なんでイカ相手に事務対応せにゃならんのだ?
「(生前の行いか。ロクなもんではなかったな)」
ふうむ。なにかありそうね、このイカ。
「(俺はイカ星防衛宇宙軍の士官だったんだ。わがイカ星は、俺が生まれる前からタコ星との星間戦争していて、ずっと戦いの日々だった)」
なんか、重い話ね。イカなのに。
「(多くの仲間が死んでいったよ。ポッポヤキ、ノシスルメ、イカリング……みんないい奴だった)」
イカ料理かい! でも、おしいそうだなあ。
「(来る日も来る日も戦いに明け暮れた。戦うのは怖くなかったが、人としての感情が薄れて、ケダモノになってしまう恐怖は常に感じていたな)」
イカだろ! 人じゃねーだろ!
「(終わりの見えない戦争だった。でも、この戦争が終わったら故郷で待ってる恋人と結婚する約束をしていたんだ)」
死亡フラグじゃん! ベッタベタな死亡フラグじゃん!
「(そんなある日のことだ。その恋人から手紙が来たんだ。『好きな人ができました。結婚します。私のことは忘れてください』と)」
うわぁぁん! きっついなあ!
「(俺にはもう、戦いしかなかった。心が空虚になっていった。無心でただ戦いだけの日々。だがその虚を衝かれ、気がついたらここの冥府とやらに来ていた)」
フラグ回収! やっぱり! つらいなあ!
「大変なご苦労をされたのですね。お話を伺う限り、転生は可能です。幻世への転生がご希望でよろしいですね」
「(ああそうだ。もう戦争はこりごりだ。戦いのない、平和な異世界に転生したい)」
「どんな転生先をご希望ですか?」
「(……どんな世界でも転生できるんだよな?)」
このイカ、なんか体を紅らめてモジモジしてるぞ。
「はい。条件にもよりますが、可能です」
「(じゃ、じゃあ、このマンガ雑誌の世界に、転生したい!)」
イカは触手に持ったマンガ雑誌を見せてくれた。かわいい人間の女の子が描かれてるマンガ雑誌だ。誌名がイカ語で読めないな。
翻訳機をかざしてっと。ええと、この雑誌の名前は……
―『まんがタイムさららチャラット』―
どっひぇーっ!! 萌え4コマ雑誌じゃん!!
「(こ、このマンガの世界に行きたいんだ! 戦いとは無縁な、ほのぼのとした日常が続く萌えな世界に!)」
イカが萌えの世界に行きたいなんて……いったい、どーゆー絵柄を想像すりゃいいんだ!?
「かしこまりました。申請手続きいたします。少々お待ちください」
端末に打ち込むと、申請結果がすぐに出た。この手の案件審査だけは早いんだよな、ウチは。
「転生許可が下りました。ご希望の世界へ転生できます」
「(おお! やったでゲソ! 嬉しいじゃなイカ!)」
触手をぶんぶん振り回して喜び舞い踊るイカ。しっかし、どーすんだろ? 萌え4コマにイカ星人だよ? どんなマンガになるんだよ? まあ、萌え4コマ世界でどーにかしてくれるでしょ。萌えられりゃなんでもいいみたいだし。
「それでは、転生許可証は3日後発行になりますので、当日当区役所までお越しください」
「(ありがとう! 転生先でもがんばるぞい!)」
「がんばってください。ご活躍、影ながら応援しております」
5時の定時チャイムが鳴った。ふう~、疲れた。ほんと、死ぬことを軽く考えてる奴が増えて大変だよまったく。死んだあとのことより、生きてる今のことちゃんと考えろっつーの! 今の人生はたった一度きりしかないんだからさ。
あ、そういえばチュタヤで借りてたDVDでまだ観てないのあったな。確か、黒澤明監督の『生きる』って白黒映画。生きる意味とは何か? っていう話なんだってさ。上司から「観ておけ!」ってウルサイんだよね。
さて帰るか。命~ 短し~ 恋せよ~ 乙女~♪