001 嚆矢濫觴
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「あれ?珍しいですね。西島先輩がここにくるなんて。私はてっきり幽霊になったのかと思ってましたよ。」
こことは、剣道部の部室である。部員が二人しかいないこの部はもはや形だけのものだった。幸いにも体育で剣道の授業があるので剣道場は壊されはしないのだが。現在部長である西島和俊は幽霊部員と化していた。それゆえ、姫野珠希は驚きを隠せない。
「相変わらずだな。まぁいいけど。珠希ってさCLOやってるんだろ?」
CLO、正式名称cross load online。今や有名なVRMMORPGの一つである。VR技術の生みの親でもある【クロス】によるメイン作品で自由な世界と果てしなく難しいダンジョンが売りのゲームである。そんなコアなゲーマー、ゲー廃に大人気のゲームにおいて珠希はCLOのトッププレイヤーの一人として現実世界でも有名だった。VR技術が発達した現在、仮想世界と現実世界は密接になっている中であまり売れ行きのよくなかったVRMMORPGというジャンルにMMORPGで名を馳せたクロスが、VRの世界でも誰もが取り込まれるような世界を作ってくれると期待する者は多かった。
「やってますけど‥それがどうかしました?」
今の若者のほとんどはCLOではないにしろ何かしらの仮想世界を用いたゲームをしている。それは古風な家柄の珠希も例外ではない。本人からすれば実家は古風だとは思えないらしいが‥。
「俺とパーティー組んでくれ。」
あまりにも突拍子なさすぎて思わず笑いそうになるのを堪えて珠希は尋ねる。
「もしかして先輩、友達いないんですか?」
「うるさいな。そういう珠希こそ友達とかいるのかよ。」
「私は先輩と違って作らないだけですから。先輩と違って。」
嫌味たらしく二回言ってくる。
「私は暇ではないのですが、先輩と組んでみるのもありかなとか思っちゃってます。既に放課後になってから2時間は経過してますけど、いつダイブしますか?」
「今から。」
「いつダイブしますか?」
「今から。」
「はぁ‥。先輩はそんなだから彼女の一人も出来ないんですよ?シャワーくらい浴びさせてもいいとは思わないんですか?と言っても私は別に今からでも構いませんけどね?じゃあ、フルダイブ。」
和俊も慌ててCLOにダイブする。
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現代的だがどことなく中世の欧州を思わせる街並みが広がる。ここは、百層からなるCLOの五十層目、水と緑の街“安らぎの庭”だ。ここは現在CLOにおける最先端の階層であり、最も広い居住スペースをもった街でもある。もちろん家を持つにはそれなりのG、要するにゲーム内資金が必要なわけで、つまるところこんなところに住めるのは最先端を走るプレイヤー、もしくは大規模なギルドのどちらかというわけだ。珠希は、最先端にいる数少ないソロプレイヤーの一人である。彼のギルドもあるのだが、メンバーが一人なのでソロと変わりがないのだ。珠希の作ったギルドは参加条件がものすごく厳しい。CLOにレベルの制限はない。また、職業の選択も自由、本人と職業にそれぞれレベルがあり、今は100前後のプレイヤーが一番多い。その中で200を超えているプレイヤーは珠希の他には大規模ギルドのマスターや幹部数名くらいだ。ちなみに和俊は200にはいかないが194と高ランクプレイヤーだ。
「お前プレイヤーネーム“タマキ”って、リアル割れしちゃうんじゃねぇの?」
和俊、“カズヤ”をチャットで自宅に呼んで招き入れた第一声がこれである。公共スペースじゃないだけましだろう。
「馬鹿ですねぇ、先輩は。リアル割れが恐れられている今日、リアルネーム使う馬鹿なんてどこにいますか?」
そこにいるとは言えない。
「いないでしょう?つまり、誰も私の名前を見てもリアルネームだとは思わないし、基本私はソロプレイですから、リアル割れするような他人はいませんよ?まぁ、最も今この時点で先輩にリアル割れされちゃったので、大人しく大人らしく冷静に先輩を処分しないといけませんがね?」
現実とほぼ変わらないアバターで笑顔を貼り付けながら言われると身震いしてしまう。タマキなら本当にしそうでさらに恐怖にかられる。
「まぁ、そんな冗談はさておき、さっさと本題に入りましょうよ。先輩はなんで私をパーティーに誘ったんですか?」
横道に逸れてたのがさもカズヤの様に振る舞うタマキにつっこまず、カズヤは話し始めた。
「いや何、そろそろソロプレイやめてギルドに入ろうかなと思っただけさ。“刻限の妖図書館”にね。」
「物好きもいたもんですねぇ。一人しかいないギルドに入ろうなんて、私が女の子だったら先輩絶対嫌われてますよ?何こいつキモッみたいな感じで。」
そう言いながらもメニューウインドウから決闘を申し込んだタマキは狙撃銃“夜空”を取り出す。
「ギルドへの参加条件は知ってますよね?決闘中に一回でも私に攻撃を通すことができれば参加できます。あっ、口撃ではないので気をつけてくださいね?といっても先輩じゃ私を言葉で叩くなんて無理でしたね。」
ほんとに目の前のこいつは人をイラつかせるのが上手い。けれども、今は冷静でいなければならない。仮にも相手はトッププレイヤー。気を抜いていたら速攻でやられる。それにこういうピリピリした空間は嫌いじゃない。俺は、右手のハンドガン“ハッピーラッキー”の撃鉄を下ろしながら、左手に日本刀“白縫”を構える。
「へぇ、一剣一銃ですか。面白いですね。それじゃ移動するので、1番から30番の中から好きな番号をどうぞ。ステージに移動した瞬間からゲームスタートです。」
「‥9番。」
「では、ゲームスタート。」
空間が変わる。廃工場のようなステージだ。
タァン
目の前を銃弾が横切る。慌てて、音を立てずに移動する。物影に隠れているのになぜ目の前に銃弾が通ったんだ?
タァン
無機質なボルトアクションライフルの銃声が工場内に響き渡る。間一髪避けて、カズヤは気づいた。タマキが跳弾を利用していることに。多分あいつは、俺の間合いにまずいない。となると間合いを詰めなきゃならん。リボルバー式の“ハッピーラッキー”をしまって、代わりに弾を炎に変える“クラウンクラウン”を取り出し、さっきの跳弾から計算したタマキの位置まで“クラウンクラウン”を後ろに放ち、高速で移動する。間合いに入ると同時に“ハッピーラッキー”に入れ替えて、放つ。
「なかなか面白いものもってますね。私も近接に変えないとなぁ。」
タマキは“夜空”を置いて、日本刀を2振り取り出した。そして、接敵してくる。ただの接近一つとっても単純に速い。速度を落とせたらと、“ハッピーラッキー”を放つ。タマキはそれを避けるのではなく、刀で弾いて速度を緩めることなく接近してきた。二刀の連撃を何とか受けていると、目の前にいるタマキは嬉しそうに笑っていた。
~語句の説明~
・VR
Virtual Reality、仮想現実のこと。
・MMORPG
Massively Multiplayer Online Role-Playing Game、大規模多人数同時参加型オンラインロールプレイングゲーム。
~この世界の補足~
・刻限の妖図書館
珠希が設立したぼっちギルド。