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その7 不幸の反対

「待ってくれ、話が見えない」

言われた言葉が、すぐには頭に浸透していかない。なぜ外国に逃げることが彼女を救えることになるんだろう。

「そうでした、あなたは知らないんですね。この国は今鎖国にも似た状況になっているんです。特別な許可がなければ外国に行くことも、外国から帰ってくることもできません。もちろんそれに文句を言う人はいませんよ。…通信技術の発展で、その必要がなくなりましたからね」

「なんでそんなことを」

「政府はクスリの存在を知られたくないんです、どの国にも。研究段階から他の国にはいろいろと言われていましたから。クスリの研究に成功し、あまつさえそれが一般に流通していると知れたら、大きな問題になることは必至。政府はそれを避けたいんです」

まあ、大昔から何かと縁のあるあの大国には、もう感づかれていると思いますけどね。

エイトは吐き捨てるようにつぶやいた。

「俺はこの国に感情を取り戻したい。そのために、外国に亡命して真実を外側から伝える必要があるんです」

「…でも、そうだとしてもこの国はこの形で安定しているんだろう?確かに俺の生きていた100年前は皆感情を持っていた。でもだからこそ争いは起きたし、今の比じゃないくらい人は死んでいた。それを考えたら、今の方が何倍も」

“幸せ”。

そう言おうとして、俺は言葉を失くした。

果たして本当にそうなのだろうか。感情を失ったこの国の人々は、舞台の上の役者のようだ。幸せな脚本を、言われたままなぞる、ただの偶像。

それで人は、生きているといえるのだろうか。

それで本当に“不幸ではない”と言い切れるのか。

「…教えてくれ。俺はどうしたらいい」

静かに問いかけると、エイトは俺の端末に連絡先を送ってきた。

「それは政府の重役の連絡先です。あなたはそこに連絡を取り、『外国に移住したい』と願い出てください。あなたは一般人ですが、政府が心の底から恐れる過去の人間です。いつ爆発するかわからない爆弾は、手元から離しておきたいと思うはずです。許可が下りたら、俺に連絡をください。俺とヒトミさんの身分証明をすり替えて入れ変わります。キラリは人の目が少ないときを狙って俺が連れ出して連れていきます。そのあとは“松戸八”になりきって、見ていてください。この国が、どう変わっていくのかを」

「そんな簡単に、うまくいくもんなのか。すり替えって」

あまりにも簡単に彼が言うものだから不安になる。こいつ本当に真面目に考えているのか?

「住民票の改ざんに、端末のハッキング。他にもこまごまとしたことは色々とやらなきゃいけませんが、たぶん問題はないでしょう。こう見えても俺は優秀なんですよ。キラリにはだいぶ見劣りしますけど。…むしろ難しいのは出国許可の方です。ヒトミさんが頼めばたぶん大丈夫だと思うんですけどね。なんせ、いつ何を起こすかわからない過去からの招かざる客人ですから。政府の方でも、あなたをどうするかで議論が起きているらしいですよ」

「そう、なのか。外国にほっぽりだした方が好都合、ということだな」

面倒事はすべて他人任せ。嫌な国民性だけは、100年前と変わらないんだな。

嘲るような感情が、俺の口角を嫌な角度で釣り上げた。

「…わかった。お前に協力しよう」

エイトの瞳から、一筋涙が零れ落ちた。


エイトの申し出に頷いたのはどうしてか、と聞かれれば、それはただ純粋に興味としか答えようがない。

この国に操られた人形が人として生まれ変わるとき、何が起こるのか。

それが見たかった。ただそれだけだ。


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