その2 不可思議な見舞客
リハビリを始めて3か月あまりが過ぎた。
枯れ枝のような腕や足にも少しずつ筋肉が戻り、松葉杖なしでも病院内を歩き回れるようになった。
「リハビリの一環にもなりますから、無理しない程度に毎日歩いてくださいね」
リハビリの先生にそう言われたこともあり、俺は毎日病院内を散歩することにしていた。
行動範囲が狭く、風景も代わり映えしないのだが、1世紀先というものはたとえ普通の光景であっても興味が湧くものである。
見るもの聞くもの、すべて珍しくて仕方ない。
「これもジェネレーションギャップって言うのかな」
まさかこんな未来を拝める日が来るなんて思ってもみなかった。
「さて、屋上には行ったことが無かったな」
どうすれば行けるのだろうか。そこかしこにいる道案内ロボットに聞けばわかるだろうか。
探しに行こう、と振り返ったところで足が止まった。
「っと、あっぶなー」
「あ、すいません。気づかなくて」
鼻先3センチ。すぐ目の前に人が立っていた。どうやらぼんやりしすぎて人の気配に気付けなかったらしい。
一歩下がってよく見てみると、そこには俺と同じくらいの背丈をした男が立っていた。
制服なのだろうか。暗い色のズボンに、ブレザーのような上着を合わせている。
すっと通った鼻筋に、切れ長の大きな目。中性的な、整った顔立ちをしていて、平凡な顔をした自分が恥ずかしくなるくらいだ。
どうやら年も俺と近いらしい。もちろん元の時代の俺の、だが。
「…もしかして、ヒトミジョウジさん?」
「え、ああまあ。そうだけど」
急に名前を呼ばれて訝しさに顔をしかめた。この時代で俺を知っているなんて、不審すぎる。
俺を知っている人はもれなくこの世を去ってしまっている。
仮に生きていたとしても、会うつもりはない。100年のも歳月を寝て過ごしていた俺は、18歳で時を止めているのだ。すでに違う時を歩んでいる人たちと、一体どんな顔をして会えばいいのかわからない。
「はじめまして。あなたの後見人になった松戸征介の代理で会いに来ました。息子のエイトです。よろしく」
「よ、よろしく」
エイト、と名乗った少年は、滑らかな動作で右手を差し出し握手を求めてきた。反射的にその手を握ると、口の両端を持ち上げて恐ろしいほど綺麗にほほ笑んだ。
「お見舞い持ってきたんです。お土産話も」
病室、案内してくれません?ゆっくり話したいんで。
そう請われて、戸惑う。同年代に見えるからといって、初めて会ったばかりのこいつを自分のパーソナルスペースともいえる病室に案内してもいいのだろうか。
逡巡する俺の心境を悟ったのか、エイトは言葉を重ねた。
「ああ、もしかして警戒してます?安心してください。身元は確かですよ、俺」
左手にしたブレスレットのような機械を操作すると、ホログラム化されたカードが浮かび上がる。
「身分証です。どうぞ」
指をくるりと回すと、ホログラムは空中で回転して俺にも見えるようになった。
“都立第一高校 2-A 松戸八 父:征介(コンキスタカンパニー代表) 母:志波”
「コンキスタ、カンパニー…?そこの代表が俺の後見人…?どういう、ことだ?」
「その辺も話したら長くなるんですよね…。あんまり大っぴらにする話でもないですし」
「ああ、だから病室」
「そうそう、話が通じる相手で助かります」
少年はもう一度綺麗な笑みを浮かべた。その笑顔を見て思う。
彼の笑顔には心がない。まるでただ口角を上げるという“行為”を行っているだけ。
綺麗だけれど、怖くもある。
「俺の病室は、こっち」
こいつはどうして俺に会いに来たんだろう。
凪いだ波が、少しずつ荒れていくように。不穏が俺の心を揺らしていた。