三国志外史 第四章『継がれゆく魂』&終章
第四章 『継がれゆく魂』
場所は周瑜の寝所。布団の中で半身を起したまま日記を眺めている。そこに扉が叩かれ、
周瑜 どうぞ。
小喬が現れる。
小喬 まだ起きていらしたのですか。お身体に障りますよ。
周瑜 寝過ぎちゃったのよ。全然眠くないの。
小喬 あらそれは・・・。
周瑜 日記よ。読み書きすれば眠くなるかもって思って。
小喬 周瑜様は毎日日記を付けておられるのですよね。
周瑜 まぁね。前に話したっけ、孫策に出会う前の記憶が無いって。
小喬 ええ、以前に。
周瑜 あの頃はいつも怖くて不安でね、そんなとき彼に勧められたの。日記を付けてみればって。
小喬 孫策様が?
周瑜 そんな不安なら自分の過去を目に見える形にしろって。それならまた記憶を失くしても困らないだろって。
小喬 孫策様・・・。
周瑜 あの時は思わず殴っちゃったけど、今となっては彼なりの気遣いだったのね。ほんとあの人は不器用っていうか、なんていうか。
小喬 書き始めてどうでした。
周瑜 他にやることもなかったしね。一ヶ月くらい経ったときぐらいかな。日記を付ければ付けるほど自分の存在が確かになっていくっていうか、浮いてた足がやっと地面についたというか・・・やっと自分は此処にいるんだって感じるようなったの。
小喬 人間は過去の集合体、と言いますものね。
周瑜 どうしても彼に恩返しがしたかった。だから必死で勉強した。孫子とか軍略書を文字通り朝から晩まで読んだわ。
小喬 伺っておりますわ。特に周瑜様が編み出した四交代制でしたか。一日を四つに区切って間断なく攻める。誰も落とせないと言われた鉄壁の城塞を三日と経たずに降伏させたのはもはや語り草です。
周瑜 そんな大したことじゃないのよ。私の国には一日中開いている店があってね。たぶん無意識に真似しただけなんだと思う。
小喬 周瑜様のお国・・・もしかして記憶が?
周瑜 少しだけね。
小喬 どのようなお国なんですか、どうぞ私に教えてくださいな。
周瑜 馬鹿みたいに平和なとこよ。争いとはとんと無縁で、ちょっと盗みをするだけで大騒ぎになっちゃうの。
小喬 それは素晴らし国ですね。
周瑜 どうだろ。私にとっては延々と同じことを繰り返すだけ。まるで砂漠の景色のように退屈で、喉ばかりが渇く場所だった。そこでね、私はある物語に出会ったの。
小喬 物語、ですか?
周瑜 その先にあるのは素敵な世界。独創的でありきたりで、浪漫が溢れていて楽しくて・・・私が欲しかった世界は常に本の中にあった。特に好きだったのは、昔とある大陸で繰り広げられた本当の物語。三国志っていうの。
小喬 さんごくし?
周瑜 大陸にある三つの国と、それぞれの信念を抱いた英雄たちが天下を競う物語。
小喬 三つの国・・・なんだか聞いたようなお話ですね。
周瑜 ええ、本当に。
笑い合う、二人。
周瑜 小喬、私もうすぐ死ぬわ。
小喬 ・・・そうですか。
周瑜 あら、もの凄く薄い反応。
小喬 最近あちこちに駆け廻っているとお聞きしまして、それでもしかしたら、と。
周瑜 なんだ、小喬には敵わないわね。
小喬 私、周瑜様とは離れたくありません。
周瑜 私もよ。でもこればかりはね。
小喬 そういえば昔、孫策様がこんなことを言っていました。
周瑜 え、なになに?
小喬 あるとき訊ねたのです、どうして周瑜様を抱かないのかって。
周瑜 だぁっ?
小喬 それであの御方はこう仰ったのです。あれは俺には勿体ない女だって。
周瑜 え? え?
小喬 こうも言っておりました。あいつは俺様なんかが触れて良い女じゃない。あれにはもっと相応しい男がいるはずだって。
周瑜 な、なに言ってんのよアイツ・・・。
小喬 まあ、口ではああ言っていましたが、けっこう我慢してたみたいですよ。
周瑜 本当に男って馬鹿ばっかりね。
小喬 本当に。だからこそ、愛おしくなるのかもしれませんね。
周瑜 どうだか。
小喬 さぁ、周瑜様。今日の所はもうお休みしましょう。明日もあるのですから・・・。
SE『警笛』。
小喬 これはっ?
周瑜 まさか侵入者っ?
舞台溶暗。
M一一 『ブリッジ』
場所は城内。見回りをしている呂蒙と兵士。薄くBGM『大陸随一の舞』が流れている。
呂蒙 よし、このへんも異常はなさそうだな。
兵士 なぁ呂蒙。さっきからずっと疑問だったんだけどさ。
呂蒙 ん?
兵士 お前、孫権様付けの補佐官だろ。なんでこんな所で一緒に見回りやってんだよ。
呂蒙 補佐官って言ってもまだ見習いだよ。警備の人手も足りないっていうから志願したんだ。傍には黄蓋様たちもいるから心配はいらんだろ。
兵士 ふぅん、そういうもんかねぇ。
呂蒙 そういうもん。
兵士 分からんなぁ、人気の旅芸人の舞が観れるんだぜ。俺だったら絶対そっち行くけど。
呂蒙 俺は動くことしか能がないからな。
兵士 相変わらずお堅いねぇ。まぁ、これも全部昨晩のせいだしな。
呂蒙 昨晩ねぇ・・・結局怪しい奴は捕まらなかったんだろ。
兵士 蔵の近くにいたから泥棒じゃないかって話だったけど。盗まれたものは一つもないらしいぜ。
呂蒙 盗まれてない? それは妙な話だな。
兵士 盗む前に見つかったんじゃないか?
呂蒙 で、その賊の近くにあった蔵って・・・。
兵士 確か楽器の蔵、だったかな。
呂蒙 楽器・・・。
兵士 この城の楽器は相当良い物らしいからな。きっと売り飛ばせばかなりの値で・・・っておい大丈夫か。顔色悪いぞ。
呂蒙 なぁ、確か今回の旅芸人って子の城に在る楽器を使ってるんだよな。
兵士 ああ。連中の持ってきた楽器に仕込みがある可能性があるからな。
呂蒙 拙い!
呂蒙退場。
兵士 おいっ、何処に行くんだよ。呂蒙!
兵士退場。
M⒓ 『大陸随一の舞』
場所は玉座の間へ。数人の踊り手による華麗な舞がある。やがて舞が終わり――
孫権 見事だ、実に見事な舞であった。
座長 有難うございます。
孫権 かような美しき舞はこれまで見たことがない。
座長 そのお言葉、我々には勿体のう御座います。
孫権 謙遜するな、もっと誇って良いぞ。
座長 でしたら孫権様、最後にもう一曲だけ舞っても宜しいでしょうか。
孫権 何、まだあるのか。
座長 出来ましたら、孫権様もご一緒に。
孫権 ほう?
座長 ・・・これは孫権様の為だけの特別な舞で御座います。
孫権 む、よく聞こえなかったな。ぬし、もっと近う寄れ。
呂蒙、登場。
呂蒙 その舞、ちょっと待ったぁ!
孫権 呂蒙?
座長 ちっ。
周瑜 孫権様!
座長、笛から刃を抜き、孫権へと走る。しかしその刃は、割り込んだ周瑜に刺さる。騒然となる場の中、文官たちの姿が消える。
孫権 周瑜っ!
黄蓋 お前ら全員動くな!
陸遜 周瑜様っ!
周瑜 ・・・孫権様、謀反に御座います。首謀者はおそらく・・・。
黄蓋 くそっ、アイツらもういねぇ。トンズラこきやがった!
周瑜 黄蓋殿、おそらく連中は混乱に乗じて逃亡を図る気でしょう、お急ぎ兵をまとめて追いかけてください。
黄蓋 ああ、任せろ。
周瑜 陸遜は黄蓋殿と共に・・・っ。
咳き込む周瑜。
陸遜 喋らないでください! 今すぐに医者を・・・。
周瑜 ・・・良いから行きなさい。
陸遜 でも!
周瑜 行きなさい! ことは・・・一刻を争います!
黄蓋 陸遜、大都督の命だ。
陸遜 ・・・はい。
黄蓋 呂蒙、お前も来い!
呂蒙 は!
陸遜、黄蓋、呂蒙退場。場は周瑜と孫権だけになる。
周瑜 そう、これで良いんです。
孫権 良いわけないじゃない。
周瑜 もともと私の命は長くはありませんでしたから・・・病で朽ちるよりは箔つくというもの。
孫権 なんでアンタはそんな平気な顔してられるのよ、馬鹿じゃないの。
周瑜 ふふ。馬鹿、ですか。
孫権 そうよ、貴女は馬鹿よ。
周瑜 良いですか、王よ。陸遜に都督の仕事を引き継がせてください。彼ならば問題ないでしょう。
孫権 ・・・。
周瑜 呂蒙もきっと立派な武将に育つでしょう。文官たちの策略を見抜いた彼の眼力は素晴らしいものです。
孫権 ・・・嫌よ! どうしてっ、どうして父様も兄様も、そして貴女までも! あたしが好きな人は皆どこかへ行ってしまう。もう嫌よ、そんな嫌な思いをするならあたしは・・・。
周瑜 孫仲謀!
M⒔ 『受け継がれる魂 (歌なし)』
周瑜 『これは私たちの魂です。孫策から受け継ぎ、そして貴女へと私が託す呉の魂』
孫権 『魂?』
周瑜 『そう。孫策は先代の孫堅様より、そして孫堅様もまた誰かから・・・そうやって呉の魂は受け継がれてきたのです。今度は貴女の番。ほら聞こえるでしょう、貴女の為に動く皆の声が』
SE『兵たちの雄叫び』
孫権 『すごい、なんて力強い・・・』
周瑜 『大地が震えるよう』
孫権 『でもあたしには・・・』
周瑜 『貴女でなくては駄目なのよ』
孫権 『何で!』
周瑜 『何より孫策が見出した貴女ですから・・・ついでにもう一つ。これから先には幾つもの辛い試練が待ち受けています。ですがその都度、多くの力が集うでしょう。そしてその先に・・・』
周瑜、懐から手紙を出す。于吉が後ろから現れる。
周瑜 『良いですか、すべては赤壁です。この手紙はその時まで開けてはなりません』
孫権 『分かった、分かったから! お願いだからこれ以上喋らないでよ・・・あたし頑張るから! 頑張って国を護っていくから!』
周瑜 『ああ、頑張ると仰ってくれますか・・・これで思い残すことはありません』
孫権 『周瑜!』
周瑜 『行ってください。貴女にはまだ大切なお勤めがあるのですから』
孫権 『いい、すぐに医者が来るからね。それまで絶対に死んじゃ駄目なんだからね!』
孫権退場。
于吉 気は済んだかい。
周瑜 ええ。
于吉 本当に。
周瑜 そんなわけないでしょ、思いなんて残しまくり・・・だけど時間なんでしょう。
于吉 残念ながらね。
周瑜 打てる手は打った。伝えるべきは伝えた。・・・あとは皆次第。
于吉 君は強いなぁ。
周瑜 え?
于吉 いや、強くなったというべきか。これでも君を見続けていたからね。
周瑜 それってどういう・・・。
于吉 君がこの時代に来た時からさ。あの頃はまるで生まれたての小鹿のようだったのに。
周瑜 ちょっと、そんな前から見てたのっ?
于吉 君を観察するのは最高に楽しかったよ。
周瑜 ・・・悪趣味なのは恰好だけじゃないのね。
于吉 はっはっは、他にやることもなかったんでね。
周瑜 で、どうやったら帰れるの。
于吉 おお、そうだった。
于吉の合図で、扉が開く。舞台奥より照明が光るイメージ。
于吉 この扉の向こうが君の元いた時代だよ。お別れだ。
周瑜 ねえ、やっぱり戻ったらここでの出来事は・・・。
于吉 無論、綺麗サッパリ。
周瑜 だよね。こういうのはお約束だものね。
于吉 君がいたのは外史の世界。決して正史ではない。
周瑜 何よ、いまさら。
于吉 君の頑張りはどうしたって、正史に反映されることはない。
周瑜 だから?
于吉 悲しくはならないのかい。
周瑜 いえ、それはないわ。だって、私の魂は間違いなく皆の中にあるんだから。
周瑜退場。
M⒕ 『終結の舞』
于吉 『そう、いくら外史で頑張っても正史に影響することなんてないのさ。だけどね、君には教えなかったけど外史には、外史にしか出来ないことがあるんだよ』
照明変化。終章へ。
終章 『帰還』
場所は学校の図書室をイメージ。机と椅子があり、少女(周瑜)が突っ伏して眠っている。そんな彼女を少年(孫策)が揺り起こす。
少女 ・・・あれ。
少年 あれ、じゃねぇよ。このまま起きないかと思った。
少女 ここは?
少年 勘弁してくれよ。まだ寝惚けてんのか? それとも記憶喪失にでもなった?
少女 ああ、ここ学校。
少年 そう。そしてここはその学校の図書室。
少女 ・・・長い夢を見てたわ。
少年 だろうな、もう夕方だ。
少女 ううん。なんだか現実感があって、本当に何年も暮らしていたような・・・。
少年 へぇ、どんな夢?
少女 分からない。
少年 ま、そんなモンだよな夢ってヤツはさ。そんなモンついででなんだけど、もう下校時間だからそろそろ閉めたいんだよね。
少女 何を?
少年 鍵だよ、図書室の鍵。あんた本当に大丈夫?
少女 そんな言い方しなくたっていいでしょ。すぐに出るわよ。
少年 ・・・。
少女 何よ。
少年 それって三国志だろ。
少女 うん。
少年 時々あんたのこと見かけるんだけど、いつもそれ読んでるよな。好きなの?
少女 うん。
少年 だったら家で読めば良くね?
少女 分かってないのね。この本は絶版で貸し出し禁止なのよ。そして家には当然文庫版があるわ。というより持ち歩いてるわ、ほら。
少年 いや、そういうことじゃなくてさ。今朝のニュース観てないの?
少女 ニュース?
少年 そうそう。てっきり知ってるかと思ってさ。
少女 もったいぶらないで教えてよ。
少年 聞いて驚くなよ。なんと、あの周瑜の日記が見つかったんだってさ。
少女 日記?
少年 しかも筆跡からして周瑜は女じゃないかって、歴史的大発見らしいぜ。
少女 ・・・。
少年 ・・・あれ?
少女 ・・・。
少年 ちょ、え、なんで? もしかして腹痛いとか?
少女 違うのよ。なんか、すごく胸の奥がきゅってなって・・・私にもよく分かんない。
少年 その反応予想外なんだけど。もしかして俺のせい?
少女 そうよ、全部あんたのせいなんだから。
少年 分かったよ、俺が悪かったからさ。なんか飲み物奢ってやるから機嫌直してくれよ、な?
少女 飲み物より本がいい。
少年 ええっ?
照明変化。于吉が現れる。後ろでは二人揃って退場していく姿がある。
于吉 皆さん御覧になりましたか。外史が正史に対して唯一できること。それは覆すこと。歴史っていうのはさっきみたいにちょっとした発見がある度にこうやって覆る・・・実に曖昧なモノなのです。だからこそ浪漫があるとも言えますがね。
さて、あのあと呉はどうなってしまったのか。気になるところではありますが、今回はこれにて終幕。続きはまた別の機会と致しましょう。
さぁ、また新たな物語が始まりますよ。皆さんの物語にも幸多からんことを。
M⒖ 『魂は受け継がれる』
『呉伝外史 ~受け継がれる魂~』 完
どうもここまで読んで頂き、有難うございます。
卵黄です。
果たして、改行が辛い今作を読んで下さった幾人の人がこの『あとがき』まで辿りつけたのか。そして『あとがき』まで付き合って下さったあなたはとても我慢強く、素晴らしい御方です。直接お会いして握手したいくらいです。ありがとうございます。
さて話は本編に移りますが、今作は三国志の設定を舞台にしたオリジナル作品です。とてもカオスな作品です。でもカオスであればあるほど、『外史』としての魅力は溢れるのだと私は思います。皆様はどうお思いになられたでしょうか、御感想を頂けると今後の執筆活動の参考なるかと思います。是非ともこれからもよろしくお願いいたします。
長くなり過ぎてもアレですので、今回はこれにて。また次の作品でお会い致しましょう!
さよなら~!




