how to be happy~そして物語は幕開ける~
『出会いと決意の巻』って感じです。
恋愛モードになかなか入れない……何故だ。
住宅街を抜けた小路をまっすぐ。
赤い屋根と煙突が見えたら、そこが私、東雲 美思の働くカフェ『kou』だ。
カラリン、と可愛らしいベルの音が鳴って来客を告げた。
私はテーブルのセッティングをしていた手を止めて、入口へ向かう。
「いらっしゃいませ」
「やあ、美思ちゃん。こんにちは」
やって来たのは『kou』の常連である佐伯さん。
それも週に1度か2度来てくださるとびっきりの常連さんだ。
彼は私の姿を目に入れると、眼鏡の奥の瞳を細めて、優しい笑みを浮かべた。
渋い色合いのカジュアルなジャケットと清潔に整えられた白髪の上にちょこんとのった丸っこいフォルムの帽子のセンスがとても素敵だ。
67歳には見えない心の若々しさと、年相応の穏やかさを併せ持つ彼は(私にとって)魅力的な老紳士である。
いつ見ても素敵です、と営業用とは違う笑顔をついつい口元に浮かべながら指定席へご案内。
店全体が見渡せるその席は彼のために出来るだけ空けておくように心がけている。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「そうだな、昼はもう済ませたからデザートか……美思ちゃんのお勧めを頼めるかな?」
「かしこまりました!」
ゆるり、と円らな瞳でのぞき込むように首を傾げられてキュンときた。
いつも思うけれど、若い頃はきっとモテモテだっただろうなぁ佐伯さん。
なんというか、仕草からモテオーラが出ております。あ、今ももちろん素敵だけど。
「と、言うわけですので。佐伯さん好みのデザートを! ありったけの心を込めて!」
カウンター越しにハートマークがつく勢いでニッコリと笑うと、この店のオーナーであり料理人である三原 和久さん(48)はひくっ、と口角を引きつらせた。
「……毎回思うけどさ、ミーちゃん、佐伯のじーさんのこと好きすぎじゃなーい?」
「えー、だって素敵じゃないですか?」
何を当たり前のことを仰る。
真顔で首を傾げた私に、和久さんは声を潜めた。
「ミーちゃんって、年上好き?」
「年上って言うか、うん。……まあ、そーですねー」
「パ、……パパより年上なんて許しませんからね!」
「パパうざーい」
「は、反抗期?!」
「言っときますけどライクですよ、ライク。ラブじゃないですー」
てゆーか、何故にいきなりパパキャラですか。
ふん、って感じで仕事に取り掛かる和久さんに苦笑を零した。
年上、って言われてもね……
精神年齢は23歳である東雲 美思にだいぶ偏るけれど、純粋に前世で生きた年数(26)と合わせると50歳近くなりますよ?……というか和久さんと同じ年齢ですね!
なんて、言うわけにもいかず。
和久さんも十分素敵ですよ、ちゃんとお仕事をしてくれれば。的なフォローをしておいた。
さて、お察し方もいるかもしれないけれど。
私には前世の記憶ってやつがある。
しかも、現在生きてるこの世界は前世でプレイしたことのある『乙女ゲームの世界』であるというオプションつき。
さらに言うならば、主人公の姉である東雲 美思はどのルートを選択しても死亡確定の大物悪役キャラである。
1歳半の時にこの記憶を手に入れた私は思った。
『逃げよう、全力で』
だって、死にたくないもの。
そうして紆余曲折の末、15歳の時に元お妾さん、現正妻の実母を欺き、実家と縁を切った。
その後は、前々から養子にしてもらうことをお願いしていた東雲さんというご夫婦に引き取られ普通の公立高校に進学。
卒業後は4年制大学に進んで、栄養学の勉強をした。
就職どうしようかな、って思っていた時期に当時はバイトだった私を正社員として雇っていただき、こちらのお店で働かせていただくことになり……で、今ここ。
正社員、とか硬い言い方にはなるけれどアットホームで緩い職場ですよ。ええ。
このお店、こう見えてそこそこ儲かってるし、給料も一人で細々生きていけるくらいには十分に貰ってます。
「え、真理子さん帰ってこられるんですか?」
「うん。海外出張はもう終わりなんだってよー」
閉店した店内の掃除をしていると和久さんから嬉しい報告が。
真理子さんは、和久さんの奥さんでバリバリのキャリアウーマンだ。お仕事の話はあまり聞いたことはないけれど、とにかく忙しい人で、ここ3ヶ月ほど国外へ居たのだ。
奥さん大好きな和久さんはヘラヘラとだらしなく笑いながら、明日の仕込みをしている。
もちろん私にとっても大変お世話になっている大好きな人なので、すごく嬉しい。
「おかえりなさいパーティーしましょうね!」
「だぁなー」
ふんふんと鼻歌交じりに、テーブルを拭きあげる。
はい、本日のお仕事終了!
やったー、も伸びをしていると「あ、」と和久さんが声をあげた。
「そーいやね」
「はい」
「明日から来るよ、新人」
「う、お、……あえええ?」
いやー、おじさん言うのうっかり忘れてた!とウインクした彼の頭は多分7割がた帰ってくる奥さんのことで占められている。
手を空に突き上げたままの間抜けなポーズで固まっていた私は、ハッとしてカウンターを乗り越える勢いでキッチンを覗き込んだ。
「それは! おおお、女の子、ですか!」
「残念、男」
「くそぉぉ」
軽く握った拳をカウンターに叩きつける。
「こら、女の子がそんな言葉使わない」
「じゃあ……おじ様ですか?」
「じゃあ、って。……残念、爽やか好青年」
「ちぇー」
そこは喜ぶところじゃないの?と和久さんは笑った。
いや、いいと思いますよ。爽やか好青年。
ただそれ以上に女の子の同僚が欲しかったなっていう。
頬杖をついてボソリも本音をこぼすと「なんで?」と首を傾げられた。
なんで、って……。少し考えて口を開いた。
「私って、美人じゃないですか」
悪役キャラだから、ちょっとキツめの顔立ちだけれど。
艶やかな黒髪をのポニーテール、焦げ茶の猫瞳。
色白で、薄い唇は紅でも塗ったかのように真っ赤だ。
顔の真ん中にのったツン、とした鼻が冷たい印象を与える。
個人的にはもはや見慣れた顔だけど客観的に、美人と評される顔だろう。
さすが登場人物なだけはあるといえる。
いつの間に作ったのだろう。
カフェオレボールに入れられたホットチョコレートをこちらに差し出しながら、和久さんが苦笑した。
「……自分で言っちゃうのが、ミーちゃんだよね」
「言いますよ、言わせてくださいよ、それくらい!この顔のせいでいろいろ苦労してきたんですから!」
「例えば?」
「同世代に対して、ちょっと人見知りなだけなのにクールな一匹狼キャラが定着しちゃうし……」
要するにぼっちだったわけです、ばかやろう。
高校生時代は影で『白薔薇の君』と呼ばれていた。泣きたい。
「うんうん、ほかには?」
「『東雲さんの隣に並びたくないよねー』って女の子には敬遠されるし」
つまり、これが女の子の同僚が欲しい理由でもある。
あわよくば、仲良くなりたいな、なんて。
「っ、それでそれで?」
「知らない男の子に『僕のこと踏んでください!』って告白されるし」
「っく、っ………うははは!散々だなーそりゃ!!」
「笑い事じゃないですから?!」
うあー、ちょっと思い出しただけなのに出るわ出るわ黒歴史。
友達と呼べる人が両手で足りてしまうこの悲しさをどう表現すればいいんだろう。
ていうか、和久さん。まだ笑いますか?そんなに面白いですか?
荒んだ瞳で見上げると、ますます笑われた。
もう、帰ろう。
なんか自分で自分の古傷抉って大ダメージだ。
「っく、くく。きをつけてなー」
無言で立ち上がった私を見た和久さんは肩を揺らしながら、ひらひらと手を振ったけど、つーんと無視してやった。
事件が起こったのは、次の日のこと。
例の爽やか好青年の新人がやって来たのだ。
いや、それ自体は昨日の時点で分かっていたことなんだけど。
問題は、
「伊坂 圭太です。よろしくお願いします」
彼が攻略対象者だって事だ!
DNAを疑う鮮やかな赤の髪の毛と琥珀色の瞳。
はにかむ様に笑う口元からは白い歯が覗いている。
歯磨き粉のCMがぴったりな、絵にかいたような爽やか好青年。
顔も名前も間違いなく、伊坂 圭太だ。
動いてる。生だ。本物だ。
彼は確か、陽菜ちゃんの同級生ポジションにいたはず。
ルートしては最も簡単だが、爽やかキャラの王道をいく彼はかなりの人気を博していた。
ちなみに、彼のルートでは美思は海外留学という名の学園追放エンドを迎える。まあ、向こうで事故にあって亡くなるんだけどね。
どうあがいても安定のデッドエンド。
「……ミーちゃーん?」
「ん?」
おっと、考えるのに夢中になってた。
ええと、何だったけ。ああ、そうだ。攻略対象者が目の前に現れたんだった。
名前に反応して顔を上げると、振り返った和久さんが呆れたように笑った。
「ん?じゃないだろー。ほら、いい加減出てきてご挨拶しなさい。……悪いな、伊坂くん。ミーちゃん人見知りなんだよ」
「わた、私はここで……」
「ダメダメ。これから一緒に働く仲間だろー」
眠たそうなタレ目を細くして笑いながら、和久さんは背中に隠れる私をぐいぐいと前に押し出した。なんだこの親子的やりとり。幼稚園行くのに渋る駄々っ子か、私。
なんだか気恥ずかしい気分になりながら、しぶしぶ顔を上げた。
伊坂くんの琥珀色の瞳がこちらを捉えて、見開く。
つやつやと不思議な輝きのあるそこには不機嫌そうな私の顔が映されていた。
いや、別に不機嫌なわけじゃないんです。この顔、緊張してるんです。と内心で言い訳するも、私の表情筋は職務を放棄していた。
ぱちり、と彼が1つ瞬き。そして、爽やかに笑う。
「よろしくお願いします」
ゲームと同じ、声優さんの声。
その事実に肩をびくりと揺らした。
主人公である陽菜ちゃんは既に21歳。
ゲームで言うなら既にスピンオフの状態だ。つまり、何が起きてもおかしくない。だってこの先の展開は誰も知らないのだ。
分かってる。
私がそうであるように、彼らもきっとこの世界で生きていることは分かってる、んだけど。
声とか、見た目とか。
そういうところが、どうしても邪魔をする。
彼らと関わることで、東雲 美思がバッドエンドを迎えるんじゃないかって怖くなる。
人間みんないつかは死ぬけれど、私はハッピーエンドで死にたいのだ。
それとももう、逃げてちゃ駄目だよ、ってことなんだろうか。
心のどこかで受け入れきれないナニカをそろそろ受け入れる時が来たんだろうか。
人間は必要な時に必要な人と出会うのだ、という誰かの言葉を思い出した。
つまりは、そう言うことなのだろうか。
ほう、と息を1つ吐く。
微かに震える右手を伊坂くんに差し出すと、和久さんが「おお!」と驚きの声をあげた。
「……東雲 美思、です。よろしくお願いします」
一歩前進。
世界から逃げてばかりだった私が、多分初めて前を向いた瞬間のお話。
伊坂くんとあまり絡めませんでしたね。反省。
佐伯さんは、実は重要人物だったりしますよ。
第3弾ではジャンル『恋愛』にもっと添えるようにいたしますので、少々お待ちを。
読んでくださり、ありがとうございました!