「三分で終わらせろ」
ここまで読んでいただいて、ありがとうございます。
親知らずの抜糸が明後日です。
……関係ないですね(笑)
「『焼き尽くせ、灼熱の大地。全てを焦がせ、獄炎の咆哮』っ!」
アレンたちがA六地点に入るのと同時に、パルチザンの両手から青白い光の束が放たれる。光は先頭を走っていたローカスタに直撃し、その上半身を消し飛ばした。
パルチザンが腕を右へずらしていくと、後続のローカスタも次々とエネルギーの流れの中へ飲み込まれていった。
「すっげぇ、魔法かよ! さすが異世……ん? どうして止めたんだ?」
興奮気味だったドミニクの言った通り、青白い光は数機のローカスタを破壊したところで消えてしまい、掲げた手の前にあった金色の円も薄くなりながら収縮していった。
直後、ガラスに無数の亀裂が走ったような乾いた音がしたかと思うと、パルチザンの左腕から粉々に砕けたクリスタルが溢れ落ちた。
「わ、割れた!?」
「どうした!?」
「左腕マギアクリスタル崩壊、右のマギアクリスタルにも亀裂を確認」
珍しく大きな声を出したアレンに対して、ウィスは相変わらず淡々と状況を報告する。
敵がユウキたちの事情などに構うわけもなく、ダーニングを追撃中だったローカスタの中から数機が離脱してパルチザンの方へ向かってきた。
「それは腕にあった青いやつのことだろ? まだ片方あるじゃねぇか」
「術の威力はマギアクリスタルの大きさに比例するんです。割れたクリスタルで術を使っても、大したパワーは出ません……まさかガルティエが細工を?」
「考えるのは後回しにしろ」
左腕の動かないドミニクのダーニングのために、アレンはライフルの弾倉を交換していた。その作業を終えると、二機のダーニングは各々の武器を手に岩陰を飛び出した。
「攻撃の手がないのなら一旦下が」
「わたしが、何とかする」
アレンの声を遮ってウィスが口を開く。特別大きかったというわけではなかったが、それでも彼女の声は一瞬で三人のパイロットたちの耳を奪った。
「何とかって……」
「新しい術式を入力する」
「今から!?」
「どれくらいで終わる?」
「五分」
「三分で終わらせろ。それ以上は抑えられない」
「……善処する」
アレンとの通信を終えるとウィスはすぐにキーボードを叩き始めた。警告を示す甲高い電子音が何度も鳴っていたが、ウィスはそれら全てをねじ伏せながら作業を進めていく。
「無茶だ! 光弾系の術式でもそんな短時間では組みあがらない!」
「なら、組み終わる術式にする」
ユウキがパルチザンを跳躍させた直後、それまでいた場所にグレネードが着弾して地面を大きく吹き飛ばす。
こまめに進路を変えながら荒野を駆けるパルチザンに敵の砲撃は追いついていなかったが、それでもローカスタは銃弾を放ち続けた。
「あれを拾って」
「あれって……六本脚の武器か」
ウィスが指差しているのは、アレンかドミニクのいずれかに破壊されたローカスタに備わっていたであろうガトリングガンだった。
「パルチザンでも異世界の物が使えるのか?」
「使えるようにする。障壁系の術式を組む時間はないから攻撃を受けないで。あと、あまり揺らさないで」
「注文が多いな!」
そう言いながらもユウキは少し笑っている。機体の高い運動性に加えて、ドミニクがミサイルを装備したローカスタを優先的に狙っていたことが大きかった。
ウィスの希望通り、パルチザンは銃弾を躱し続けながら前進していき、ついにガトリングガンを拾い上げた。
「構えて」
「どうすれば撃てるんだ!?」
「いいから構えて。どんな攻撃だったのか、想像して」
ユウキが意を決して右手でガトリングガンを持ちローカスタに向けると、銃身がゆっくりと回転を始める。徐々に回転は速くなっていき、やがて装填されていた銃弾が高速で放たれた。
最初は振動の大きさから的はずれな場所に着弾していたが、ユウキが照準を修正していきついにローカスタに命中、マシンガンよりも大口径の弾丸はローカスタの装甲を容易く貫いた。
「三分十四秒、上出来だ」
「かなり急いだ」
「そのまま右翼からの迎撃にまわれ」
愛想のあまりないアレンの褒め言葉にウィスもあっさりと返したものの、その表情は少し誇らしげにも見える。
一方のユウキは予想だにしなかった結果に困惑気味だったが、何故か使える異世界の武器を原理も分からないまま撃ち続けた。
やがて最後のローカスタを撃墜すると、レーダーから赤い点が全て消えた。
「いや〜、終わった終わった! さっさと戻ってシャワー浴びようぜ」
「申告するデータを揃えるのが先だ」
「それにしても、どうしてこの武器が使えたんだ?」
「道具に干渉して作動させるように、術式を書き換えた」
「すごいな。そんな術式をあの短時間で組めるなんて」
「……機体を駆動させている術式に少し手を加えただけ」
戦闘が終わってもアレンは真面目そのものだが、それでもその声から緊張感は抜けている。感嘆のため息をついたユウキも、体重を預けるようにシートにもたれかかった。
「何をしていたんですか?」
「あぁ、軍に出すデータを揃えてたんだ。デバッカーの報酬はぶっ壊したバグズの数を報告しないと貰えないんだが、不正防止だとか何とかでこれがまた面倒でーー」
「お前ら、ちょっとまずいことになった」
アレンたちが現場での後処理を終えてこれからトレーラーに戻ろうかという時に、ロジャーの険しい顔がモニターに映し出された。
「どうした?」
「新型が乗っ取られた」
アレンたちが戦闘を始める三十分ほど前、アリスが所長を務めるディアナ社のラボまで数kmの所に『ネスト』が着陸した。
この巨大な貨物艇による運搬が、単体での飛行能力を持たないバグズにとって唯一の長距離の移動手段になっている。
ネストから降り立ったバグズは二手に別れた。片方はアレンたちが遭遇したローカスタの群れ、もう一方はラボに向かっていくローカスタと『コックローチ』の混成部隊だった。
コックローチ型は焦げ茶色の装甲のバグズで、ローカスタと同じく上半身は人型の六本脚の無人機である。軽量化されているため細身で装甲が薄く、装備も小口径の機関銃ばかりのコックローチだが、その分ローカスタと比べて高い運動性を持っていた。
ラボで迎え撃つのはディアナ社の警備隊、ダーニングで構成された四機編成の三チーム。
数では劣っているものの、パイロットの実力や充実した武装、連携の熟練度を考慮すれば迎撃は難しくないはずだった。
しかし、なぜか動き出した無人のはずの新型機が突然ダーニングを攻撃し始め、前後から挟撃される形となった警備隊は徐々に劣勢へと追い込まれていった。
ユウキたちは一度トレーラーに戻ったがすぐにまた出発して、機動力で若干劣るパルチザンに合わせてダーニングは少し速度を落としながら三機は荒野を走っていた。
「それにしても、ずいぶん面白い格好になったな。似合ってるぜ」
隣を走る異世界の機体の姿を見てドミニクが笑う。パルチザンは両手に一つずつ、アレンのダーニングが装備していたものと同じシールドを持たされていた。
ダーニングと比べると頭一つ大きなパルチザンにとって、このシールドは手盾と呼ぶにはやや小さい。
「何かを装備して作戦に出るというのは、新鮮と言うか違和感と言うか……」
「違和感? 異世界ってのはそういうもんなのか」
「マギアクリスタルがあれば術を発動させられるので、基本的にアームドウェアに装備は必要ないんです」
「便利だな。さすが魔法」
「魔法ではなく術です。僕としては、そんなものまで準備しているロジャーさんの用意周到さに驚きです」
ユウキが『そんなもの』と言ったのは大口径のランチャーのことである。アレンのダーニングはそれを右肩に担ぎ、左腕には盾を装備している。
ドミニクのダーニングはランチャーを左肩に担ぎ、右手には先ほどと同じライフルを装備していた。ランチャーには実弾ではなく捕獲用ネットが装填されている。