「あと、正確にはDBSーP01です」
ここまで読んでくださりありがとうございます。
親知らずを抜いたら血が止まりません……
「各部チェック完了、問題はなし。プラーナエクステンション、スタート」
「補給は要らないのか? ま、あっても異世界の燃料なんて用意できねぇがな」
トレーラーを出た二人は機体の簡単なチェックを行なってからDBSーP01に乗り込んだ。機体に次元転移によるダメージはなく、システム面にも特に異常は見当たらなかった。
借りてきた持ち運び用の小型通信機からロジャーの声が聞こえてくる。ヘルメットをかぶったユウキはモニターに浮かぶゲージがゆっくりと進んでいくのを見ながらゆっくりと息をはき出した。
「さっきの戦闘は逃げ回ってばかりだったので、僕はまだまだ大丈夫です」
「いや、まぁお前が元気なのは良いことなんだが、俺は機体の心配をだな……」
「僕が元気なんですから、当然アームドウェアも動きますよ」
「ん?」
「え?」
なにやら話が噛み合っていないことにお互いが気付き、通信機を向こうとこちらでユウキとロジャーがそれぞれ首をかしげる。
「坊主、その機体なにで動いてんだ?」
「何って、もちろんプラーナエクステンションですが……」
「それはどういう仕組みなんだい? ボクの記憶が正しければ、プラーナというのは生命力のことだよね?」
アレンにとってプラーナはプラーナで、いざ尋ねられると説明に困ってしまう。アレンは首を傾げながら、どうにか言葉を絞り出そうとする。
「確かにそういう言い方も出来るかもしれませんね。プラーナを動力として機体全体に巡らせることで、アームドウェアを己の肉体の延長のように動かせるんです。この世界のアームドウェアはプラーナを使わないんですか?」
「アイメンドールはバッテリー駆動だ!」
「ユーキくんユーキくん! パイロットの生命力が動力ということは、DBSーG01は半永久的に稼働していられるのかい?」
ロジャーが愕然とした表情で声を張り上げるのに対し、一方のアリスは少しうわずった声で瞳を輝かせている。
「確かにプラーナは回復するので理論上は可能です。ちなみに、アームドウェアを操るだけのプラーナを持つ者は少ないので、誰でもいいわけでもないんです」
「そういうものなのか。じゃあボクは動かせないね」
「あと、正確にはDBSーP01ですよ」
訂正されてそうなのかと思う反面、アリス自身は何と間違えていたのか思い出すことができない。
「なぁ坊主。ずっと思っていたんだが、そのDBなんとかってのは型式番号だろ。機体の名前はねぇのか?」
「あるかもしれませんが、分からないんです。ウィス?」
「わたしも知らない。01は01」
ロジャーが寄越したアレンたちとバグズの識別信号のデータを反映させていたウィスは、作業の手を止めずに淡々と答えた。
彼方にいるアレンとドミニクが抑えているおかげで、トレーラーと前線の間にローカスタの機影はない。しかしレーダーに映るローカスタの数はまだまだ多く、二人は徐々に押され始めているようにも見える。
「なら、いま決めてしまおう!」
アリスの嬉々とした声が、通信機を通してユウキたちにも届いてきた。
「ずっと考えていやがったな」
「そうだなぁ……『パルチザン』なんてどうだい?」
思案する仕草が若干わざとらしいアリスは、ロジャーのツッコミをさらりと流す。
「パルチザン……うん、なんかいい響きですね」
「『遊撃兵』という意味だよ。異世界を渡り歩いて戦う君たちにピッタリだろ?」
「僕としては寄り道せず急いで帰りたいんですけど……」
ユウキが頬を引きつらせながら乾いた笑いを浮かべたちょうどその時、モニター上のゲージが消えてパルチザンの眼に明かりが灯った。
「ロジャーさん、準備完了です」
「いいか坊主、機体をぶっ壊して帰れなくなったって、このトレーラーにはもう空いてるベッドはねぇんだからな。絶対に無理はするなよ!」
出撃直前にパルチザンの通信機とトレーラーの回線が繋がり、お互いの様子がそれぞれのモニターに表示された。ユウキは右手をピッと伸ばし、画面の向こうにいるロジャーに敬礼する。
「了解! ーーパルチザン、出ます!」
ゆっくりと足を交互に出し歩くような速さで前進し始めたパルチザンは、やがて地面を強く蹴って加速する。荒野の乾いた土を巻き上げながら、アレンとドミニクが奮闘する前線を目指して駆けていった。
「み、見た? 見たね、見たよね! 走ってたよ!」
アリスは興奮と感動のあまり、我を忘れて声をあげながらロジャーの肩をバシバシと叩く。一方のロジャーは叩かれるに任せたまま、口をポカンと開けてだんだん小さくなっていくパルチザンを見つめていた。
まずそれに気付いたのは後衛のドミニクだった。機体の後方、ローカスタの群れが迫ってくる方角とは反対側から『Unknown(未確認機)』の反応が近付いてくるのをダーニングのレーダーが捉える。
「おっ、ユーキたち来たみたいだな」
「誘導兵器はない。登録は後回しだ」
ドミニクが呼びかけた時、アレンのダーニングのコクピットにもその反応が表示される。アレンは囮と撹乱のためにローカスタの間を走り回っていた。
敵の数が多くなってきたため、使用するとどうしても隙ができてしまうブレードの出番はなく、代わりに持ったハンドガンとシールドのマシンガンだけで応戦していた。
「こちらパルチザン、ユウキ・シンドウです」
「パルチザン?」
聞き覚えのない名前をおうむ返ししたドミニクも、自機に迫るローカスタへの対応で手一杯になりつつあった。
大きな損傷箇所はないものの、ダーニングの左腕が動いていない。右手一本でライフルを構えるダーニングの装甲には、小さな弾痕がいくつも付いている。
「この機体の名前です。さっきアリスさんが付けてくれたんです。それで、お二人には射線を開けていただきたいんです」
「なぁユーキ、手ぶらなのにどうやって攻撃するんだ?」
「マギアクリスタルに記録した術式を発動させます。とは言っても、今は放射型の術しか使えないんですが」
「術? なぁ、それってーー」
「どれぐらい離れればいい?」
まだ聞き足りなさそうなドミニクを遮る形でアレンが口を挟む。ウィスがキーボードに指を走らせると、アレンたちの目の前のモニターに一枚の画像が表示された。
転送された画像ではパルチザンから点線の矢印が伸びていて、二機のダーニングとその周辺のローカスタへ向かっている。
「A六地点まで下がれば安全」
「分かった、任せる」
ウィスが指定したポイントは、今アレンたちがいる場所から更に後退したところにある岩場だった。
ローカスタが追ってこないようにマシンガンを連射して弾幕をはりながら、二人はかなりの速度でダーニングを走らせる。
「『焼き尽くせ、灼熱の大地ーー」
パルチザンは足を止め、まだかなり遠くにいるローカスタに向かって両手を掲げた。ユウキが言葉を紡ぐと、パルチザンの両手の前に紋様の描かれた金色の円が二つ重なって現れる。
「全てを焦がせ、獄炎の咆哮』っ!」