「なにか誤解があるようですね」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
年甲斐もなく、朝5時までゲームやってしまった楠たすくです。
我ながらプレイが脳筋で笑ってしまいました。
ご意見ご感想、ブクマに評価、ワンダースワンからPS4まで、何でもお待ちしております!
その部屋には窓がなかった。等間隔に配置された天井のライトは灯してあるものの、せいぜい「薄暗いと言うほどではない」くらいの光量しかない。
棚や時計、デスクや椅子など、上品で落ち着いたデザインのものが並んでいる。派手さはないものの明らかに高級な調度品が配されているにも関わらず、絵画をはじめとする美術品の類は見当たらない。
「やはりあのような者にあそこを使わせるのはーー」
「くどいぞ」
デスクに右手を乗せ、身振り手振りを混じえて熱がこもった口調で語る男を、椅子に腰掛けている老人が制する。その一言だけで、男は続きを言えなくなってしまった。
それでも男が声をあげるのは、彼が抱いている老人への尊崇そんすうの念ゆえだろう。
「し、しかし、あの者は必ず貴方の道を穢けがします!」
「お前が言うことも分かる。だが、ここに見つけられるだけの腕を持つ者だ。その才気、にべも無く捨てるには惜しい」
つい先ほど部屋を出ていった男を思い出す。大胆不敵、傲岸不遜ごうがんふそん、無礼、不敬……列挙すればきりがない。しかし、横柄おうへいな物言いの背後に、それを裏付けるだけのものを持っていたことも確かだった。
「いざという時は、私が……」
「それで良い、ギスティロ」
「全てはドクトルτタウの悲願のために!」
直立不動の姿勢で言うと、ギスティロは部屋を出ていった。その様子を満足気に見守っていた老人、ドクトルτは、デスク上のモニターに映された図面を見て一人ほくそ笑んだ。
一面の黒。次元転移特有の、天地が目紛めまぐるしく反転し続けるかのような違和感が一瞬のうちに過ぎ去った後、コクピットの全天モニターは闇に覆われていた。
次元転移にもかなり慣れたユウキは、もうほとんど身体に不調を感じない。落ち着いて光の感度を調整すると、周りにぼんやりと壁らしきものが見えた。
「くっ!」
どこか閉鎖された空間にいるのだろう、と考えた瞬間、モニターが真っ白になった。あまりの眩しさに思わず腕で顔を覆う。だんだんと明るさが自動で調整されていき、やっと落ち着いたところで再びモニターに目を向ける。
「あぁ……」
その見覚えがある空間に、なるほど、とユウキは納得した。無機質なアスファルトの壁面、そこから伸びた赤や黄色のアーム。大野エネルギー研究所、その隠し作業場で間違いなかった。
「同じ世界に次元転移する場合は、前にいた座標にまた転移するものなのか?」
「分からない。でも、その可能性が高い」
二人がパルチザンから下りると、ちょうど双葉博士がドアを開けて作業場に現れたところだった。竜成と薫の姿はない。
「やぁおかえり。そろそろ来る頃だと思っとったよ」
「なぜ?」
「勘じゃよ、勘」
機械いじりをしている時の双葉博士は嬉々として若者にも負けぬほどの活力を溢れ出させるが、普段は今のようにニコニコと笑って好々爺こうこうや然ぜんとしている。
前に来たときはそのような表情を見せる機会がほとんどなかったので、ユウキは少し新鮮に感じていた。
「お久しぶりです、博士」
「うむ。元気そうでなによりじゃ」
「博士は僕たちが転移してきてすぐに来てくださいましたけど、早過ぎませんか?」
ユウキが素朴な疑問を投げかけると、双葉博士は懐から取り出した携帯端末の画面を見せてくれた。元から設定されていたであろうどこかの風景の壁紙に、時刻や明日の天気などが大きく表示されている。
その画面の一番上、様々な記号が並んでいる欄に赤いマークが点滅していた。
「お前さんらが行った後、この作業場の床に重量センサーを取り付けたんじゃ。人が歩いたくらいでは反応したりせんが、tトンレベルで圧力がかかると自動でわしのところに連絡が来るようになっとる」
「まさか、それも勘ですか?」
「科学者というのは己の勘を実証していくものじゃ。一応、お前さんたちが最初に現れた研究所裏にも、カメラを増やしておったがの。そっちはハズレだったようじゃな」
防犯用に使えるから良いがの、と双葉博士は笑う。一旦ドミニクからの手土産を取りにコクピットへ戻った後、ユウキとウィスは双葉博士に連れられてエレベーターに乗りこんだ。
「さっき連絡しておいたから、薫たちもじきに顔を出すじゃろ」
「今日は研究所に来ていなかったんですね」
「四六時中ここに張り付いとるわけじゃないわい。仮にも学生じゃからな」
一般向けの展示ブースの方へ到着すると、ちょうど竜成と薫が遠くから手を振りながら小走りでこちらへ向かってきた。
「ウィスさーん!」
テンションが上がっている薫が勢いそのままにウィスに飛びついた。突然の熱烈な歓迎に驚いたようで、ウィスの目がいつもより少し大きく見開いている。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの表情に戻った。
「こら薫、廊下を走るんじゃない」
「いいじゃない。もう館内には誰もいないんだから」
双葉博士も本気で注意しているわけではないのだが、ウィスを抱きしめて頬ずりするのに忙しい薫は小言をあまり聞いていない。ウィスは相変わらずの無表情で薫にされるがままになっているが、嫌がっているわけではないように見える。
「竜成も元気そうでなによりだよ」
「お久しぶりっす、ユウキさん。俺たちもあれ、やってみます?」
「いや、やめとこう。男二人だと暑苦しいというか見苦しいというか……」
ウィスと薫を指差す竜成にユウキがげんなりした様子で答えると、二人は同時に吹き出した。
「あれからもう二週間くらい経ってるから、てっきり自分の世界に帰れたんだと思ってたぜ」
「残念ながらまだふらふらしてるよ。また前の所に戻っちゃって、今はここだ」
「ユウキさんの世界から最初の世界に行って、それからこっちに来て、また最初の世界に行って、でこっちに戻ってきた、と」
「えっと、うん? ……うん、それで合ってる」
指折り数えつつ、我ながら随分入り組んだ状況になってきたなと思う。竜成が言った二週間というワードも少し気にはなったが、悩んでも仕方ないと深く考えるのは止めた。
「あれからメタルリザードは出たのか?」
「一回だけ出たぜ。装甲がやたら硬い上に尻尾にハンマーが付いてるやつでさ。モデルはアンキロサウルスかユーオプロケファルスあたりだと思うんだよな。実はサイカニアってパターンも……ってユウキさん、大丈夫か?」
「ごめんごめん。後半は何を言ってるのか全然分からなくてさ」
ハハハと苦笑いするユウキに、竜成は驚嘆の眼差しを向けている。
「もしかしてユウキさん、恐竜に興味ない人なのか?」
「興味も何も、テルスにはあんな生物はいないからね。ということは、この間のボルケンなんとかに似たキョーリューもいたってことか」
「そういうこと! 竜脚類っていう分類のーー」
「ほれ竜成、こんなところで講義を始めるんじゃない。立ち話しとらんで、家でゆっくりすればいいじゃろ」
双葉博士がこのまま放置すれば数時間でも語り続けそうな竜成をたしなめた。自分も聞き入りそうだったユウキは、ドミニクからの土産の存在を思い出して持っていた紙袋を双葉博士に手渡す。すると、それに気付いた薫が瞳を輝かせながら駆け寄ってきた。
「それ、ラディレですよね!」
「ラディレ? なんだそりゃ」
「ま、竜成が知ってるわけないわよね。ちょっと前に日本初上陸したばっかりの、すっごく有名なお菓子のお店なの。とっても混んでて、人気商品は全っ然買えないのよ」
「無駄に小さい『つ』が多いな。あれだろ、一箱千円くらいする高級なやつ。俺は牛丼二杯の方がいいや」
あっけらかんと言う竜成に、薫は勝ち誇った顔でチッチッチッと人差し指を振ってみせた。
「倍よ、倍。しかもこれ、開店記念で発売された日本限定販売の新作なんだから! シンドウさんったら、シンジュクなんていつの間に行って……シンドウさん?」
ユウキがやけに難しい顔になっているのを見て、心配そうに薫が尋ねる。ふと我に返ったユウキは何でもないんだと手を振った。
「それは、ここに来る前の世界の人がお土産にって持たせてくれたものなんだ。その人も新作だとは言ってたけど、買ったのは、確かオーなんとか」
「ラディレ オーランド店」
「……だと言ってた」
「アメリカじゃな。なかなか興味深い話じゃ」
ウィスの助け船にユウキがホッとしているところに双葉博士も会話に入ってくる。
「多少の違いこそあれ、お前さんたちが行き来している二つの世界はかなり近いようじゃな。いや、もしかすると似た世界はもっとあるのかもしれん」
「アメリカとシンジュクって多少か?」
「世界が異なる点を考えれば、一万キロなぞ少々の差じゃろ」
「次元穿孔システムの補助パーツを失ったことで、ごく近距離の次元転移しか出来なくなっているのだとしたら……」
竜成と一緒になって議論を交わす祖父やそれに聞き入るユウキの姿を見て、薫はミイラ取りがミイラになったとため息を漏らす。
薫に咎められてはたと現実に引き戻された男たちは、やっと研究所を後にした。行き先は大野エネルギー研究所からほど近い、双葉博士の自宅。その夜はウィスは薫と、ユウキは竜成と夜遅くまで話し込んでいた。
「ショッピングに行くわよ!」
翌朝、双葉家のリビングで薫が宣言した。「突然どうしたのだろう」と考えながら、ユウキは薫の母親がよそってくれたご飯をせっせと運んでいた。
「ごめんなさいね、お客様を働かせちゃって。うちの子ったら、気が利かなくて」
「いえ、突然押しかけてご迷惑をおかけしているので、これくらいさせてください。薫さんのおかげでウィスも楽しんでいますし」
「あらそう? それなら良いんだけど。ウィスさんもたくさん召し上がってね」
話しかけられたウィスは、目の前に並ぶ純和風な朝食に目を輝かせながらこくこくと頷いた。
「で、なんでいきなり買い物なんだよ」
ユウキの心中を代弁した竜成の前に置かれた茶碗のご飯は、他のものより大盛りによそわれている。
「ウィスさんがあんまり服もって……きてないみたいだから、いいお店を紹介しようかなぁと思って。シンジュクの案内もしてあげたかったしね」
「シンジュク? あぁ、そういえば昨日話に出たな」
なんとなく意図を察した竜成が話を合わせる。薫の母親にはユウキとウィスのことを、外国に住む双葉博士の知り合いの教え子たちだと説明してあった。
ダイノ粒子やゴウダイナーに関わっていない一般人な彼女を事態に巻き込まないようにするためだったのだが、竜成と薫は使う単語にも気をつけつつ会話しなければならなくっている。
「僕もシンジュクには興味があったから、嬉しいです」
空気を読んでユウキも加わり、薫の母親にも聞こえるように少し大きめの声で話す。ちらりと隣を見ると、ウィスはフォークで紅鮭と格闘するのに夢中なようで、これならボロを出すこともないなとユウキも一安心する。
「ワシが出掛ける時に合わせるなら駅まで送ってやろう」
「いいの? ありがとう、おじいちゃん」
朝食を済ませてから、四人は双葉博士の運転するバンに乗り込んだ。ユウキとウィスはいつもの軍服だが、上着は置いてきたので少々お固い雰囲気ぐらいの枠内に収まっている。
竜成は普段からファッションに気を使う方ではないのだろう、白のパーカーにジーンズというラフな格好をしている。
「ずいぶん決めてきたな。どうしたんだよ」
「べ、別にどうもしないわよ。今日はこういう気分だっただけよ」
竜成から問われた薫が、なぜか顔を赤らめながらしどろもどろと答える。フリルが印象的なブラウスの胸元には水色のリボンが添えられている。真っ赤なホットパンツから大胆に脚を出し、いつもは下ろしている髪を今日は高めで結ってポニーテールにしている。
「薫の服、いい」
「ありがとうウィスさん。かわいいの、選びましょうね。ウィスさんはスタイルもいいから何を着ても似合いそうですよね」
「ワシはまたパルチザンを見せてもらうぞ。昨日はあまりじっくり調べる時間もなかったからの」
女性陣が後部座席でキャッキャと楽しそうに話している。賑やかかつ華やかな彼女たちとはまた違う方向に、双葉博士のテンションが上がっていた。
「余計なことして壊すなよ、博士」
「ふん、そういうのを釈迦に説法というんじゃ」
「そうだよ竜成。どこの世界でも、本職の技術者はすごいから」
「そういうことじゃ。勝手に改造したりはせんから、存分に羽を伸ばしてくるんじゃな」
念のため、今は特に不具合はないことやアリスによって増設されたテールバインダーとホイールのことを伝えていると、やがてバンは駅に到着した。
薫が下車する直前に「シンドウ君たちの分じゃ」と言って数枚のお札を握らせると、双葉博士は研究所に向けて車を出発させた。
一度の乗り換えを挟み、電車に揺られること一時間。進むに連れてどんどん高層ビルが増えていく車窓からの景色に、ユウキの目はずっと釘付けだった。
シンジュク駅の改札を抜けると、眼前に広がる一面の人工建築物に、ユウキだけでなくウィスもせわしなく周囲を見渡している。
「ラボと違う」
「そうだな。どちらかといえばオーランドに近いか」
「おーいユウキさん。そんなにきょろきょろしてたらお上りさん丸出しだぜ」
「オノボリ?」
薫に先導で通りを歩く。スマートフォンで道を確認しながら歩くこと十数分、かなりの賑わいをみせる店の通りを挟んだ反対側で四人は立ち止まった。
「あれは……」
店から出てくる客の手にあるもの、その色とりどりの華やかな紙袋には見覚えがあった。ふと視線をずらすと、ショーウィンドウの上にアルファベットで「ラディレ」と表記されている。
通りを渡りショーウィンドウを覗き込むと、目立つ所に限定や新作と書かれた商品が置かれている。その中身は、昨晩双葉博士の家で皆で食べたドミニクからのプレゼントと全く同じものだった。
「ね? 本当に一緒だったでしょ」
「確かに……双葉さん、よくこんなとこ知ってたね」
「学校の女の子たちの間で話題になったことがあったんです」
「薫もガールズトークなんて出来たのか」
余計な一言のせいで薫から何度も小突かれる竜成を尻目に見ながら、ユウキはショーウィンドウに近づいた。〇がいくつも付いた値札を見ながら、これを買うのにどれくらいの仕事が必要なのかと考える。
次に会った時にはきちんとお礼を言わないといけないな、と考える一方で、心の中のもう一人の自分から「早くテルスに戻るんだろう」と指摘が入る。
そんな葛藤を知ってか知らずか、もしくはいつも通りか、ウィスは黙ってユウキの隣に並んで立っていた。
「何か買いますか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。別世界に同じ物があるって不思議だなと思ってね。じゃあ本来の目的地に行こうか。双葉さんとウィスの服を買うんだろ?」
「何言ってるんですか、シンドウさんの分もですよ」
「そ、そうだったのか?」
完全に傍観者の気分で油断していたユウキは少し驚いて、ふと自分の服装に視線を落とす。
整備兵の制服でも上着は着てないので、軍服感はだいぶ薄れている。しかし、周りと比べてみると確かに違和感があるように思えてきた。
アレンたちの世界のように戦いに従事している人間が多い所であればまだ目立たないのかもしれないが、ここのように至って平和な場所には適さないのかもしれない、とユウキも納得する。
ラディレから薫が行こうと思っていた店までは徒歩でもそれほどかからないらしく、四人は街を散策しながらそのまま歩くことにした。
「みんな違う服」
すれ違う道行く人々を目で追っていたウィスが呟く。ここまで多種多様ではないものの、当然テルスにも私服は存在する。
しかし、施設にずっといたであろうウィスにとっては、皆同一の制服ではなく様々な服装の人々は物珍しいのだろうと、ユウキは心の中で想像していた。
「着いたよ、ここです」
アーケード街に並んでいる洋服店を何軒も通り過ぎて薫が立ち止まったのは、それほど大きくはないものの明るい雰囲気な店だった。
ショーウィンドウからちらりと中を覗くと、淡い色使いが特徴の様々な格好をした数体のマネキンが立っている。
「えっと双葉さん、ここって女性物しか置いていないんじゃ……」
「そうですよ。男性物はもう少し先に何軒かあります。はい竜成、これはシンドウさんの分の軍資金ね。じゃ、行きますよウィスさん!」
薫に手を引かれてウィスが店内に連れ込まれていき、取り残されたユウキと竜成は薫から言われた通りに歩いてみることにした。しばらくすると、通りの両側に男物の服が置かれた店が現れる。
店先に展示してある上着の値札を見てユウキは愕然とした。さっき見たラディレのお菓子よりも〇が一つ多い。ふと隣を見ると、竜成も値札をめくりながら何とも微妙な表情をしている。
「何か探してるアイテーー」
「いえ見てただけです!」
人当たりの良い笑顔を貼り付けた男性店員を振り切って、ユウキと竜成は店を飛び出した。
「桁が……」
「道理で女って金がない金がないって騒ぐわけだぜ」
二人は揃ってため息を漏らす。ファッションにほとんど興味のない二人には、服にあれだけの金額をかける気には到底ならなかった。
一応隣の店にも入ってみたのだが、置かれている洋服のジャンルこそ異なるものの、値段の差はあまりなかった。二人は相談の結果、もう少し先にある量販店へ行ってみることにした。
「竜成、あれ……」
ユウキが指差した先では、どこか幼さを残した金髪の少年が男たちに連れられて狭い路地に入っていくところだった。
言っていることが分からないからか、それとも男たちの下衆な雰囲気を感じたからか、少年の青い瞳には困惑の色が見てとれる。
「ったく、いい歳した大人が揃って何しようってんだ」
そう言いながらも、彼らが少年に何をするつもりなのか竜成もユウキも理解してる。ちらりと目配せをしてから二人は路地裏に向かった。
陽の光もほとんど入らないような薄暗いビルの隙間で、男たちは下卑た笑いを浮かべながら少年を取り囲んでいる。
「こんな所に案内って、あんたら土地勘ないの?」
竜成が煽るように言うと、男たちがギラついた目付きで振り返る。
「あぁん? 俺たちはこの優しい外人さんから電車賃をちょーっと借りるとこなんだ。失せな」
「まだあったのかよ、そんな古典的な言い回し……」
「借りると言うなら、返すあてはあるのか」
「いやいやユウキさん、今のは金を巻き上げる時の常套句だから」
真面目な調子で問いかけるユウキに、竜成が少し呆れ顔でツッコミを入れる。そのやり取りを余裕と受け取ったのか、男たち全員に苛立ちの表情が浮かぶ。
「竜成、僕がいくよ」
「あぁ大丈夫大丈夫。あれくらいなら、お客さんの手を煩わせるまでもないから」
「舐めんじゃねぇぞコラァ!」
「またテンプレな台詞を……語彙が貧相すぎるぜ!」
悪い笑顔をニヤリと浮かべて竜成がユウキの前に出る。男が二人、竜成に向かって足早に近付いてきた。しかしそこは狭い裏路地、二人並んで進むことは出来ない。
竜成は大振りのパンチを左手で弾くと、男の顔面に素早く右の突きを叩き込む。男がよろけた一瞬に、男の胸部を蹴りつける。突然倒れ込んできた仲間を受け止めきれずに、後ろの男は仲間に潰されるように尻餅をついた。
「何すんだオラァ!」
「先に手を出したのはあんたらだろ」
雄叫びをあげながら男の一人が突然走り出す。勢いをつけ、倒れたままの仲間を飛び越えて竜成たちの方へ来たのだが、着地の瞬間に竜成の左突きを顎に貰ってしまった。
続けざまにフック気味の右も顎に入り、男はきれいに膝から崩れ落ちる。
「あんたは来るのか?」
竜成が残った一人に声をかける。最後の男は仲間を助け起こすと、舌打ちを一つ残して去っていった。
「ありがとう。君、強いね」
得意だといえるほどの成績を英語で取っていない竜成は、これからどうしようかと心の中で冷や汗をかいていた。そんなときに青い目の少年が日本語で挨拶してきたので、今では隣にいるユウキが気付くほど安堵の表情を浮かべている。
「無事で良かったぜ。次からは変なのに絡まれないようにしろよ」
「分かった、気をつけるよ」
金髪を揺らして少年がペコリと頭を下げる。歳はおそらく竜成と同じか少し下に見える。
吸い込まれそうな青い瞳に整った容姿、海外のモデルだと紹介されれば誰もが即座に納得するだろう。日本語も聞いていて全く違和感がないほど流暢にこなしている。
「俺は竜成。で、この人はユウキさん。君は?」
「ジル・フォレッツ、ジルでいいよ」
「ジルはどっかに行く途中だったのか?」
竜成の問いにジルは首を横に振る。
「予定より早く用事が片付いたから、ちょっとぶらぶら散歩してたんだ」
「なぁジル、もし時間あるなら一緒に買い物いかないか?」
「ショッピング?」
「そうそう。服を買いに行くとこだったんだけど、俺たち二人ともファッションとかよく分からなくてさ。暇なら選ぶの手伝ってくんない? 助けると思って、な」
白のカーディガンを羽織っているせいか、ストライプが入ったピンクのシャツも派手すぎる印象は受けない。モスグリーンのくるぶし丈パンツに至っては、ファッションに疎い竜成にはそれを選ぶという発想がまず出てこないだろう。
竜成が両手を合わせながらニッと笑いかけると、ジルは頬に指を当てて少し悩んだ後、自分の腕時計をちらりと確認した。
「うん、夕方までなら構わないよ」
「よっし! ユウキさんもいいか?」
「君たちがいいなら僕は構わないよ。よろしく、ジル」
ユウキが微笑むと、ジルも人懐こい笑顔を浮かべた。
それから三人は連れ立って量販店へ向かった。道行く人、主に女性がチラチラとこちらを見ている。視線の先が自分ではないことを竜成は理解していたが、それでもやはり悪い気はしない。
反対にユウキは周囲からの注目が監視のように感じられて、無駄に警戒心を強めていた。
店に入るとジルは先頭を切って店内を歩き回り、あちこちの棚の前を行ったり来たりし始めた。その表情は先程までと比べてもいきいきとしている。ジルはめぼしいものを見つけると、後をついて回るユウキと竜成に次々と渡していく。
「ちょっ、ジル! 一式あればいいから!」
竜成に呼び止められたジルは、何のことかと数秒ほど考えているようだった。やがて竜成の言わんとしていることを理解して、こくこくと頷いてみせる。
「全部は買わないよ。いいのは試着用に確保しとくんだよ」
「試着って……これ全部か!?」
「当然、これ全部だよ。どれが似合うかは、やっぱり合わせてみないと分からないからね」
自分たちから頼んだ手前、二人とも意気揚々と試着室へ向かうジルを止めることは出来なかった。
~~~~~
「ジルのこと、考えてるのか?」
窓に流れる景色から目を離さずにウィスがこくりと頷く。一目惚れ? いや、まさかな……などと考えていると、ウィスが不意に口を開いた。
「思い出してた」
「……何を?」
「ジルの目。見たことがあった」
知っている人物の中に青い瞳の者がいたのだろうか、とユウキも記憶を掘り起こしてみる。
「少佐だった」
「少佐って、ガルティエ少佐か?」
再びウィスが縦に首を振った。しかし、資料で見たガルティエの目は宝石のような赤だった。そう言おうとして、ユウキは口をつぐむ。
「それは……どんな時だ」
「勲章をたくさん付けた人と話していた時」
それ以上ウィスは何も言わなかった。直接の面識のないユウキには、ガルティエがどんな目をしていたのか想像すらできない。しかし、ジルの目つきがウィスの中で引っかかったのは確かなのだろう。
元の位置にすっと戻ったユウキは、薫に「昔のことを思い出してたみたいだ」と小声で伝える。薫はホッとした様子だったが、ユウキは口を一文字に結んでいるウィスの横顔をずっと気にかけていた。
「じゃ、行ってきまーす!」
「楽しんでくるんじゃぞ」
翌朝、いつもより一時間早く竜成と薫は既に出かける用意を整えて玄関にいた。二泊三日の修学旅行へ向かう二人は、学校からバスと新幹線を使って京都へ行くことになっている。
口では「もっと他の場所が良かった」と言っていた竜成も、いざ当日になってみるとテンションが高い。
「シンドウさん、あっちに着いたら連絡ください。ウィスさん、また明日!」
「また明日、一〇時に」
普段の通学用かばんではなくボストンバッグを下げた薫が手をブンブン振ると、ウィスは手を小さく挙げてひらひらと振ってみせた。
次元穿孔システムが作動するまでまだ数日あるという話をしたところ、せっかくなので観光に行ってみてはどうかと双葉博士に勧められたユウキは、ウィスと共に一日遅れで竜成たちの後を追うことになった。
「ほら。それ貸せ」
「えっ、大丈夫だよ」
「いいから。筋トレの代わりだ」
玄関が閉まる直前、竜成が薫からボストンバッグを半ば強制的に奪うと、自分のボストンバッグをかけていない方の肩に担いでいた。見送りにと起きてきていたユウキたちは、朝の支度を済ませるために各々の部屋へ帰っていった。
「パルチザンも京都へ持っていくんですか?」
場所は秘密の作業場、そのコントロールルーム。二度寝から起きて研究所へやってきたユウキは、双葉博士から翌日の予定を知らされて思わず聞き返した。
「うむ。今日はそのための準備をする予定じゃ。取り外し可能な移動用モジュールの設置作業じゃ」
「何なりとお手伝いさせていただきます」
「では早速、工作の時間じゃ」
双葉博士がニヤリと笑いながらいくつかのボタンを押した。壁面のアームが同時に動き始め、パルチザンの全身にあれこれとパーツを取り付けていく。
「えっと、博士。これは一体……」
「設計図自体は何日か前に出来上がっておったんじゃがな、これでも一応そこそこ忙しい身での。今週末にでも試作して実験しようと思っとった装備じゃ。光学迷彩、と言って理解出来るかの?」
「こう、がく?」
眉間にしわを寄せてユウキが首をひねる。ウィスに目を向けてみたが、同じように首を傾げていた。
「お前さんたちの世界のようなファンタジーな所には存在せんじゃろうな。ボルケンβを回収していった空飛ぶメタルリザードがおったじゃろう」
「あの鳥みたいなやつですね」
「うむ。あのロボットは空中で姿を消したじゃろう。あれは光だけでなく音も遮断する特殊フィールドでロボットを包んでおるんじゃ。当然、ダイノエナジーの消費量も膨大じゃがの。あれと同等のフィールドを形成する装置を今からパルチザンに装着するんじゃ」
「おぉ!」
ユウキは素直に感動しているが、ウィスの方はまだ腑に落ちないといった顔をしている。
「両腕からのダイノエナジーで間に合うの?」
「良いところに気付いたのウィスくん。当然、足らん」
すっぱりと言い切る双葉博士に、輝いていたユウキの顔が一瞬にして凍りついた。
「そこで、こいつじゃ」
双葉博士が別の図面を表示させた。大型スラスターの上下に二機のタンクが設置してあるその装備は、図面によると、その装置はパルチザンの両腕に装着される予定になっている。
「あの、博士。これは戦闘中に邪魔になるのでは?」
「これは長距離移動用ブースターじゃからの。使い切りとまでは言わんが、基本的には到着後にパージするもんなんじゃ」
「これだけの装備を用意してまでパルチザンを京都へ運ぶ理由は何なんですか?」
双葉博士の話を聞いたユウキが、怪訝そうな表情を浮かべ尋ねる。
「博士は前に、パルチザンはなるべく人目に付かないようにした方がいいと仰っていたと思うんですが」
「この装備はまだ試作段階での。その稼働実験というのが一点。もう一つの理由は、万が一の場合に護衛を頼みたいのじゃ」
双葉博士は深刻な面持ちでそう言うと、「護衛」という何やら不穏な単語にユウキの表情が引き締まった。
「竜成たちを狙う組織があるということですか? まさかドクトルτが?」
「そこまでは分かっておらん。ある筋から、竜成の身辺に不穏な動きあり、という情報が入っての。パルチザンは保険といったところじゃな」
「そんな状況で旅行に行かせて良かったんですか」
「ゴウダイナーのパイロットなんぞしておるが、竜成も薫もただの高校生じゃ。大人として、せめて日常くらいは守ってやりたくての」
「分かりました、出来る限りのことはします。ウィスもそれでいいか?」
ウィスが力強く頷く。昨日の何か思い悩んでいるような表情は消えていて、ユウキは内心ホッとしていた。
翌日のまだ薄暗い早朝、密かに開いた研究所の発進ゲートから現れたパルチザンのシルエットは、人型とはかけ離れたものに変わっていた。
計四機のエネルギータンクに挟まれたその姿は、人形の両腕をもいだ子どもが代わりにロケットの玩具を取り付けたように、見た目のバランスが悪い。
「こちらシンドウ、いつでも出られます」
「そんなに緊張せんでよいぞ。何かあると決まったわけではないからの」
「そうですね。分かりました、楽しんできます」
双葉博士がカウントダウンを始めたのを聞いて、ユウキは真ん中のペダルをわずかに踏み込んだ。両腕のブースターに火が入り、巻き上がる風で周囲の草木が揺れ始める。
続いてトリガーに指をかけた。いつもならば機関銃が発射されるのだが、今は光学迷彩のスイッチに切り替わっている。
両肩に取り付けられた装置の周りから徐々にパルチザンが消えていき、ものの十秒でその姿は完全に消えてしまった。周囲の物はブースターから吹き出す炎にあおられている。
しかし、透過したパルチザンがいる空間だけが切り取ったように凪いでいるように見えて、少し違和感のある光景が広がっている。
「これからすごいGがかかるぞ。ちゃんと呼吸するんだぞ」
「分かった」
「目的地は?」
「確認済み」
「ナビゲーション頼む。ーー行くぞ」
ペダルをさらに踏み込む。機体の振動が一気に大きくなり、シートにのめり込んでいるのではないかと錯覚してしまうほどに体が押さえつけられた。
あまりのGに思わず目を瞑ったが、だんだん慣れてきてユウキは薄っすらと目を開けてみる。夜の闇に包まれた街に灯った数えきれないほどの光が、ゆっくりと眼下を流れていた。
「……行きましたか」
「うむ、無事飛び立ったぞ。ブースターの調整も完璧じゃ」
いつの間にか、双葉博士以外には誰もいないはずの司令室にもう一つ人影が浮かんでいた。司令室の明かりはほとんど点いておらず、双葉博士がいるデスクの周りだけがモニターの光でぼんやりと照らされている。
双葉博士は発進ゲートを閉じる作業をしながら、振り返ることもなく声の主と会話を続けた。
「本当に、彼らで大丈夫なんですか?」
「前回の戦闘データは見せたじゃろう。人格的にも信頼できる青年じゃ」
「アレさえ間に合っていれば……」
鋭い眼光が特徴的な黒髪の男で、歳はユウキと同じくらいだろうか。彼がギリッと歯を食いしばっているのを見て、双葉博士は困ったようにやれやれと頭を振った。
しかしその表情は呆れているようなものではなく、むしろ微笑んでいるように見える。
「パルチザンから得られたデータと今日の実験結果を反映させれば、燃料に気兼ねすることなく運用できるようになるはずじゃ。君の出番はもうすぐじゃよ」
「はい教授。作業に戻ります」
「うむ。あまり根を詰め過ぎんようにするんじゃぞ」
司令室を出ていく男を見送ってから、双葉博士はモニターに向き直る。画面にはパルチザンの位置情報やエネルギー残量、そして新たなロボットの設計図が映し出されていた。
「お、いたいた。ユウキさーん!」
駅から出てきた制服姿の竜成がユウキとウィスを見つけて手を振る。人混みの向こうからユウキが手を振り返すのを見て、竜成は薫を連れて二人の所まで小走りでやってきた。
「おはようございます、シンドウさん、ウィスさん。結構待ちましたか?」
「双葉さんたちは団体行動だったんだから、気にしないで」
「散歩してた」
既にウィスの手には道中で買ったらしき「緑茶」と書かれた小さな土産袋が下がっている。荷物になるからと言ってウィスから袋を受け取った薫は、それを自分のバッグの中にしまった。
「博士が言ってたんだけど、パルチザンで来たんだろ? どこに置いてあるんだ?」
「学校だよ。博士の知り合いがそこの偉い人なんだけど、今日はソーリツキネンとかなんとかで誰もいないらしいんだ。そこの校庭に置かせてもらってるよ」
周囲に気を配りながら、竜成がユウキに耳打ちした。同じようにユウキも辺りをきょろきょろと見渡してから小声で答える。
「いくら誰もいないって言ったって、ロボットが置いてあったら騒ぎになるだろ」
「それも大丈夫。コーガクメーサイを作動してあるから」
「迷彩? あぁ、そういや最近、博士がなんか作ってたっけ」
「二人で何こそこそ話してるの。早く行こっ」
既に少し先まで歩いていた薫に呼ばれて、ユウキと竜成はその後を追いかけた。平日なのでそれほど多くはないが、それでも通りには観光客らしき人たちがあちらこちらに見られる。
だんだん増えていくお土産屋さんに目を引かれながら人の流れに乗って歩いていくと、やがて朱色に塗られた門が姿を現した。
「派手」
「感想が見たままだな。ここは宮殿、なのか?」
巨大な門に施された装飾にユウキはほうと息を漏らした。目の前の建造物が何なのかはよく分かっていなかったが、ウィスもユウキと共に興味深そうに門を見上げている。
「えっと、ここは神様を祀っている所でーー」
「適当なこと言っちゃダメでしょ。ここはお寺なんだから仏様……あ、観音様だって」
「何が違うんだよ。だいたい、異世界に仏教なんてあるか分かんねぇだろ」
その辺りのことに関心が全くないらしく、竜成はパックリと口を開けた狛犬を覗き込みながら思いつきで話す。一方真面目な薫は、事前にどこかで入手したであろうパンフレットを目で追いかけている。
「たしかに神と言われた方が、僕としてはイメージしやすいね」
「……な?」
「ふ、双葉さんの正確な情報もありがたいよ。知らないことばかりだから勉強になるし」
勝ち誇った様子の竜成がニヤリと笑いながら振り向けば、薫は目を細めて拗ねた表情を返す。慌ててフォローを入れるユウキだったが、その時には既に竜成が門をくぐって先まで行っていた。
「早く行こうぜ。目的地はもっと先だろ」
「この坂を上るの?」
「そうッスよ。舞台までは十分くらいかかるって書いてあったかな」
「舞台?」
竜成の言葉に興味が引かれたのか、ウィスが思いのほか早足で参道を歩いていく。ユウキたちもウィスを見失わない程度のペースを維持しつつ、立ち並ぶ御堂を鑑賞しながら境内を進んでいった。
「あれが舞台か」
「正確には本堂ですけどね。伝統的な劇なんかを奉納してたみたいですね」
「すごい柱だな。パルチザン並みに高い」
根元に立つと、ほぼ垂直に見上げなければ柱の先を見ることができない。立ち並ぶ柱の高さと本数に、ユウキは感嘆の表情を浮かべている。
「あっちにも人がいる」
「音羽の滝ですね。後で行きましょう」
本堂に入ってから少し歩き、再び外に出てきた。朱色の門をくぐってからここに来るまでに見えた御堂、竜成たちと合流した駅の周りに建っていたビル群、緑が深まりつつある周囲の山々まで、街中を一望できるような景色が広がっている。
「これは、圧巻だな」
「清水の舞台から飛び降りるってのはここだよな?」
縁から下を覗き込むと、高さのせいかさっき柱を仰ぎ見た場所がはるか下のように感じられる。ユウキの隣に来て下を見た竜成は、背中にざわざわくるような身震いを一つして縁から離れた。
「なぜ飛び降りるの?」
「それはあくまで表現で、かなりの覚悟を決めて何かをするときに使うんです」
薫に尋ねながらユウキたちと同じく下を覗いたウィスは、ものの数秒で顔を引っ込めてしまった。相変わらずの無表情を装っているものの、よく見るといつもより三割増しで表情が固い気もする。
「もちろん実際に飛び降りた人もいるけどね。死亡率二〇パーセント未満らしいから、意外と生きてるよね」
聞き覚えのある声に振り返れば、数日前シンジュクを一緒にまわった金髪の少年が立っていた。
「ジル!?」
「こんにちは竜成。皆さんも」
「お前、何でこんなとこにいるんだ? 明日には帰るって、この間言ってただろ」
少し驚いているものの、嬉しそうに竜成がジルの方へ歩み寄る。前に会った時と同じようにジルは微笑んでいるのだが、ユウキは何故かそれに違和感を覚えて、小さく首を傾げた。
「昨日出国したよ。で、また来たんだ。君に会いに、ね」
「竜成ダメ!」
今まで聞いたことのないウィスの大声にユウキが反応した。とっさに制服の襟首を掴み、竜成を引き寄せる。直後、ヒュッと空気を裂く音と共に何かが竜成の鼻先を通り過ぎた。
「あれ、残念」
「……へ?」
いつの間にかジルの手には警棒が握られている。竜成は呆然としながら、太陽を反射して鈍く光る警棒の先端とまるで貼りつけたかのようなジルの笑顔へ交互に目をやった。
「まさか気取られるとは。ウィスさんはなかなか鋭いね」
「どういうことだ、ジル!」
「どうもこうも、見た通りだよ。ボクは君に会いに、殺しに来た。それだけ」
竜成がジルを睨みつける。薫はまだ状況を飲み込みきれていないのか、竜成の後ろで立ちすくみながらウィスの袖をぎゅっと握っている。
騒ぎに気付いた観光客が、何事かとこちらを遠巻きに見つめている。そんな中でも、つい数日前に一緒に服を選んでいるときと同じ口調で、同じ笑顔で、ジルは言葉を続ける。
「君は戦士としての自覚が無いんだよ。緊張感の欠如、とも言えるね」
「お前、ギスティロの仲間なのか」
「仲間? ハハハハ、まさか」
腹を抱えて笑いながらも、ジルの瞳はギラギラと輝いている。そこに人懐こいあの笑顔はもう貼り付いていない。
「どうやら想像力も足りないらしいね。ボクは天才なんだ、あんな凡夫と並べないでくれるかな。ま、ドクトルτはさすがだったけどね。ボクの才能にすぐ気が付いたよ」
「奴を知ってるのか!」
「少し前に会いに行ったんだ。ボクにかかれば、あんなのは隠してるうちに入らないからね」
ジルは警棒を無造作に放り投げるとゆっくり歩きだした。ユウキと竜成は、ジルが少しでも近づこうとする素振りを見せたら応戦しようと身構える。
しかしジルは一定の距離を保ったまま、ユウキたちを避けて迂回するように舞台の縁まで歩を進めていった。
「奴はどこにいる!」
「頭使いなよ。そんなの、教えるわけないじゃん」
小馬鹿にするように笑いながら、ジルは身軽に柵の上へ飛び乗るとくるりと振り返った。周囲のざわめきの中に、小さく悲鳴が混じる。
「ドクトルは言ったんだ。君を倒せば、あの施設を今までの研究データごと全部ボクにくれるってね。だから、大人しく殺されてよ」
「なに寝ぼけたことをーー!?」
突然ジルの背後に赤い光の柱が現れる。竜成はハッと空を見上げると、上空から巨大な影が光の柱の中をゆっくりと降下してくる最中だった。
「ボク、失敗って嫌いなんだ。やっぱり一番確実なのは、君が『ただの高校生』をしている間に圧倒的な力で捻り潰す、だよね」
体の芯まで響くようなズンという地響きと共に、巨大なロボットがジルの背後に着地した。全体像を守ることは出来ない。
しかし、柱の付け根と同じところに立っても胸より上が舞台から出るほどの大きさはあった。人と同じ顔がある頭部には、鋭い目付きの肉食恐竜を模した金色の兜をかぶっている。
「こいつはラプトルキング。竜成の敵だから、分類的には一応メタルリザードになるのかな? ボクが設計してボクが作った、ボク専用の最強メタルリザードだよ」
ひょいっと柵から飛び降りて姿を消したジルが、ラプトルキングの手のひらに乗って再び現れる。ラプトルキングは自らの顔の近くまで手を持っていくと、そのままジルをその口の中に放り込んだ。
その時になってようやく、驚愕のあまり呆けた表情で成り行きを見守っていた観光客たちが悲鳴をあげながら本堂から我先にと逃げ出し始めた。
「ちょっとだけ待ってあげようかな。そこで大人しくやられるか、試しに逃げてみるか決めさせてあげるよ。あ、ボクとしては逃げてほしいな。世界遺産を壊すのは気がひけるし、やっぱり狩りは獲物が逃げてくれないと拍子抜けだからね。アハハハハハ!」
「くそっ!」
外部音声で話してくるラプトルキングを睨み返しながら、竜成は拳を柵に叩きつけた。どうすればいいか分からずおろおろとしていた薫は、突然感じた振動にびくりと体を震わせた。
「お、おじいちゃん!? 敵が!」
「分かっとる。薫、お前が皆に指示を出すんじゃ」
取り出したスマートフォンから聞こえてきた祖父の言葉に、薫の混乱が倍増してしまう。その両目の端には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「指示って言ったってーー」
「シンドウ君には、これから送る場所に来るよう伝えるんじゃ。竜成は逆方向に向かわせて時間稼ぎじゃ。いいか、お前が勝利の要じゃぞ、薫」
「……分かった」
通話を切り、双葉博士から送られた地図を確認する。矢印はここから直線距離なら数百メートル先に刺さっている。
「おい薫! 博士は何てーー」
「みんな、私の言う通りに逃げて」
「逃げるってーー」
「いいから! シンドウさんたちは来た道を戻ってください。竜成はあっち! 詳しい道は私が指示するから」
「……分かったよ! 走ればいいんだろ、走れば!」
ウィスは竜成の腕を掴み、今まさに本堂の出入り口へ向かって走り出そうとするのを制止させた。
「ちょっ、ウィスさん!? さっき薫が言ってたこと聞いてーー」
「こっちの方が早い」
ウィスは柵の向こう、ラプトルキングが待ち構えている方を指差しつつ、肩からかけているバッグから手のひら大の石を取り出した。その水色の石を見たユウキがはっとして顔を上げると、ウィスは黙って頷いてみせた。
「竜成、騙されたと思って任せてくれ」
「ユウキさんもかよ。あぁもう、やけくそだ!」
差し出されたユウキの右手を竜成が握る。竜成の右手を薫が、薫の左手をウィスが握る。
「飛ぶタイミングを合わせるんだ。ーー行くぞ!」
ユウキの合図で四人が走り出す。その様子を赤く光るラプトルキングの目が捉えている。
「さっきはああ言ったけど、落ちたら危ないよ。あ、もう諦めちゃったの?」
「『集え、無形の大盾ーー」
揃って柵に足をかけ、四人は勢いそのままに舞台上から空中へ身を踊らせた。
「ーー光壁を成し、迫り来る厄害の前に立て』!」
地面がぐんぐん近づく中、足元に淡い光が集まる。地面に打ち付けられるかと思った瞬間、なんの痛みもなく四人はきれいに着地を決めた。
「ホントに無事だ! どうなってんだ?」
「障壁系の術は衝撃を消す効果があるんだよ」
「早く、竜成はこっち!」
ラプトルキングの股下を抜けると、ユウキとウィスは仁王門の方へ、竜成と薫はその反対に、それぞれが別の方向へ走り出した。
ラプトルキングのコクピットの中で、ジルは逃げる四人を映すモニターを見ながら短く口笛を鳴らしてニヤリと笑う。
「すごいよ竜成、どんなマジック使ったんだい? でも、それだけで逃げられると思ってないよねぇ!」
突き当たりで竜成は音羽の瀧に向かって右へ行き、薫は左折して階段を昇る。木々の梢が重なってその姿を捉えにくくなってきたので、ラプトルキングは竜成を追いかけて森の中を歩き始めた。
思惑通りジルが竜成に食いついたのを見ると、薫は物陰に身を隠してからスマートフォンを取り出した。
「はい」
「シンドウさん、今どこですか」
「もうすぐ、門、だよ」
走りながら喋っているので息は切れ切れ、マイクの近くと襟が擦れているのかガサガサと一定のリズムで雑音が混じっている。
薫はイヤホンをつけると、画面をマップに切り替えた。ユウキの端末の位置情報を表す赤い点が少しずつ動いている。
「来る時に歩いた通りを正面に見て、階段を降りたら左です」
「了解」
「そこは階段を下ってください。あ、次は右の階段です。そのまま真っ直ぐ」
走りながら答えるのは大変らしく、ユウキはいちいち返事をしなくなった。それでも赤い点は着実に双葉博士が指定した場所に向かっている。
「もうすぐ左手に広い敷地が見えると思うんですが……」
「あぁ、来たよ」
ユウキの言葉を「着いた」という意味かと思った薫だったが、直後に響いたジェット音で間違っていることに気づいた。すぐにユウキとの通話を切り、ショートカットに入っている竜成の番号にかけ直す。
「なんだよ、この、忙しい時に」
「パルチザンが来たわ。もう少し頑張って」
「簡単に、言うなよ。こっちは、巨人と、鬼ごっこ中、だぞ!」
息を切らしているものの、スピーカー越しの竜成の声からは精神的な余裕がさっきまでよりも感じられるような気がして、薫は聞こえないようにそっと息を吐いた。
「まだ元気じゃない。階段を過ぎたら右ね」
「ったく、とんだ修学旅行だぜ!」
地面を滑るようにブレーキをかけ、鋭角になっているカーブを右に曲がる。ちらりと見上げると枝の隙間からラプトルキングの顔がこちらを向いているように見えて、竜成は再び走り出した。
轟音を響かせて突然空中に姿を表したパルチザンはジェットを噴射させながら、ゆっくりと車が全くない駐車場に降り立った。
ラプトルキングから逃げてきた人たちに顔を見られないよう、ユウキとウィスは素早くコクピットに潜り込む。
「こちらシンドウ、搭乗しました」
「ブースターを遠隔操作できるようにしておいて正解だったようじゃな。このまま敵を清水に置いておくわけにはいかん。わしの言う通りに飛ぶんじゃ」
双葉博士の声に耳を傾けながら、パルチザンの起動準備を進めていく。
「了解です。ウィス、ダイノエナジーの残量は?」
「あと十三パーセント」
「少ないな。プラーナエクステンションはとりあえず緊急モードだ。すぐに出るぞ」
真ん中のペダルを一気に踏み込む。パルチザンを指差していた野次馬たちは、突然生じた強風から顔を守ろうと両手を掲げている。
ユウキは装置を作動させてパルチザンの姿を消すと、ラプトルキングの位置を確認して方向転換して更にブースターを吹かせた。
「な~んか面倒くさくなってきたなぁ」
木々をなぎ倒しながら竜成を追いかけていたラプトルキングが、突然ぴたりと立ち止まった。次の瞬間、ラプトルキングの頭部、恐竜の目の部分から赤紫の光線が放たれる。
光線は竜成がいる所のすぐ近く、先ほど通り過ぎた階段の周り直径五メートルほどを吹き飛ばした。背後から襲ってきた衝撃波に押されて、竜成はバランスを崩して危うく転びそうになった。
「ねぇ竜成、これ、威力最大で街に撃っていい?」
「はぁっ!?」
外部音声でジルが気怠げに話しかけてくる。ズシャっと砂を踏んで立ち止まった竜成は、木の幹の裏に身を寄せてラプトルキングの様子を伺う。
「こっちは大きいんだから森の中歩くの大変なんだよ。それなのにずっと影に隠れて逃げ回って、なんかズルくない?」
「何言ってんだアイツ」
「さっき撃った所まで来てよ竜成。じゃないとボク、駅とか撃っちゃうかも。あ、たしか薫さんはまだ敷地内にいるよね? この辺の木を引っこ抜いて、片っ端から御堂に投げてみようかな~。じゃあ十までね。一、二……」
「っ! あんの野郎……!」
ゆっくりと溜めながら、ジルがカウントを進める。竜成は意を決して一歩一歩来た道を戻っていく。
「ダメだよ竜成! 竜ーー」
竜成は薫の制止を聞かずに通話を切った。光線が撃ち抜いたところから陽が差し込んで、黒く焦げた地面を照らし出している。
「七(セぇ~ット)、八(ユイ~ット)……全く、全然分かってないな~竜成は。ヒーローだったらここは十の直前に出て来なきゃ。お約束だよ、様式美なんだよ」
「知るか、そんなもん。俺は『ただの高校生』なんだろ」
木陰に覆われた森で、スポットライトのように指す陽の光の中に竜成が立つ。モニター越しに竜成の姿を見たジルは、コクピットで一人歪んだ笑みを浮かべながらレバーを握り直した。
「君に恨みはないけど、飽きちゃったからもう終わりだよ。最後だから決めていいよ。光線に消し飛ばされるか、それとも踏み潰されるかね」
「ちっ、どっちも御免だ」
「そんなワガママだめだよ。一緒に買い物したのはホントに楽しかったよ。じゃあね、竜成!」
ラプトルキングがゆっくりと右足を上げる。次の瞬間、金属と金属が衝突する甲高い音が辺りに響いた。直後にパルチザンが突然空中に現れ、ラプトルキングがくの字に体勢を崩した。
「なんだコイツっ!」
「やれ、ウィス!」
「パージ」
ユウキの合図でウィスがボタンを押すと、ラプトルキングにぶつかってもなお噴射を続ける長距離移動用ブースターがパルチザンから分離した。ブースターに押されて飛んでいくラプトルキングは、そのまま山頂の向こうへ消えていった。
「プラーナエクステンションを通常モードで再スタート。敵を追撃する、双葉さんにそう連絡しておいてくれ」
「分かった」
テールバインダーを展開して、跳躍の補助になる程度にスラスターを吹かす。モニターに竜成の姿が映っているのを確認すると、パルチザンは地面を蹴って大きく跳び上がり山間を目指した。
「くそっ! 何だよこれ!」
急に襲ってきた衝撃と直後に生じた凄まじいGに、ジルは数秒ほど混乱に陥った。しかしすぐにラプトルキングは右手でブースターを払い落として、山間部に着地した。
「完璧な計画だったのに! さっきのロボット、あれは……」
衝撃を感じた直後、視界の外れに灰色のロボットが映った気がする。山を越えて現れたパルチザンの姿、特にその大きさを見て、ジルは報告書にあったロボットのことを思い出した。
「ねぇユーキさん。それ、ホントに研究所のロボットじゃないんですか?」
「流石にバレてるな。この間ギスティロって人にもそう言っただろ」
ジルに言葉を返しながら「パルチザンと自分たちの存在を隠すように」と言っていた双葉博士の言葉が頭をよぎる。しかしよく考えてみると、ジルとは一緒に買い物をしただけで名前以上のことは知られていない。
ジルの口ぶりからギスティロなどと上手く連携が取れているとは思えなかったので、ジルであれば名前だけなら問題ないなと結論づけた。
「ユーキさんに構っている時間はないんだ。そんな小さいロボットはさっさと潰すからね」
ジルが「小さい」というだけあって、ラプトルキングは目測でパルチザンの倍近く大きい。ゴウダイナーと比べるとやや細身な印象を受ける。
全体のバランスを考えると手足は長め、おまけに尻尾を生やしていたりと、二本足で立っているものの完全に人型とは言い難いフォルムをしている。
全身は金色の装甲で覆われており、先端が円錐型になった身の丈と同じくらいのランスを手にしている。
「これでもだいぶ頭にきてるんだ。竜成ほどじゃないけどね……舐めてると、墜とすぞ」
スッとユウキの双眸が細くなり、声のトーンが下がる。グリップを握る手にも力が入り、親指をゆっくりとトリガーにかけたり離したりを繰り返す。
「僕がボルケンβとやりあったこと、知っているだろ」
「ふんっ! ボクのラプトルキングを、あんなポンコツと一緒にするな!」
ラプトルキングが木々を薙ぎ倒しながら山の斜面を駆け上がり、パルチザンとの距離を詰めにかかる。その巨体に反してラプトルキングの敏捷性は高い。
歩幅の大きさも相まって一気にパルチザンへ肉薄すると、高々と掲げたランスを勢いよく振り下ろす。飛び退いたパルチザンが元いた場所にあった木々は圧し潰され、尾根に巨大な窪みが出来てしまった。
パルチザンが跳躍しながらマギアマグナムを構え、立て続けに三発連続で光弾を放つ。ラプトルキングの尻尾が鞭のようにしなって光弾のうち二発を弾き、残る一発は薙ぎ払われたランスによって防がれてしまった。
「その銃、ダイノニウム合金を無力化させるってヤツだよね? この前の戦闘の時は出てこなかったし、いらないかなぁって思ったんだけど、念のため対策しておいて良かったよ」
「その対策、全身にしてあるわけじゃないよな。もししてあるなら、わざわざ防ぐ必要がない」
「たしかにその通りだよ。特殊加工はラプトルキングの尻尾とランスにしかやってない。だって、それだけで十分だからね!」
ラプトルキングの目が光り、直後に赤紫色の光線が降ってきた。山の斜面を駆け下りるように移動するパルチザンを光線が追ってくる。
走りながら機関銃で光弾を撃ってみたが、やはりほとんどがラプトルキングの尻尾に防がれてしまった。
「そんな豆鉄砲だったら、ちょっと被弾してもどうってことないね。それでも黙って当てさせてあげるほどボクは優しくないよ!」
ラプトルキングがランスを連続で突いてくる。ユウキはなんとか躱していたが、切っ先が地面を穿って次々に大穴を作っていく。
横目でクレーターを見るとゾッとする。右へ左へ避け続け、時にはテールバインダーを展開して飛び上がりながら的を絞らせないよう移動しながら、ラプトルキングの背面に回り込もうとする。
「甘い、甘いよユーキさん!」
パルチザンが背後を取っても、光弾は尻尾に阻まれてしまう。突然、防御に徹していた尻尾がパルチザンに向かって伸びてきた。
直撃こそ避けたものの、尻尾が左腕の機関銃をかすった。その衝撃でパルチザンは空中でバランスを崩し、あわや墜落しそうになりながらもなんとか着地に成功した。
「まだやる? ボクとしては竜成さえ始末できればそれでいいから、大人しく通してくれるならユーキさんは見逃してあげるよ」
「飲むと思うか?」
「やっぱりダメか~。早くしないと竜成がどっか行っちゃうんだけど……あ、また脅せばいいのか。街を焼き払う、とか言えばすぐ出てくるだろうしね。アハハハハハ!」
「シンドウ君、あと三十秒もたせるんじゃ」
ジルの高笑いにユウキがチッと舌打ちしたとき、通信機から双葉博士の声が突然聴こえてきた。
「三十秒、ですか?」
尋ねながらパルチザンを走らせ、山を越えようとするラプトルキングに再び攻勢をかける。
「今そっちに武器を送ったんじゃ。メタルリザードを確実に討つための『爪』じゃよ。ウィス君、頼んでおいたものはどうなっておる?」
「もう出来た」
「素晴らしい! ウィス君は優秀なプログラマーじゃの」
ウィスが静かなのはいつものことなのだが、それにしても大人し過ぎるということはユウキも感じていた。二人の会話を聞いて合点がいったユウキは時間稼ぎに集中する。
ジルのランス捌きはどちらかといえば単調で、武器の大きさにも慣れてきたユウキは連続の突きをギリギリのところで躱し続けた。
「いい加減、当たーーぐぁっ!」
攻撃が見切られつつあることに焦って闇雲にランスを振り回していたジルを、突然の衝撃が襲った。
モニターから目を離してはおらず、確かにパルチザンは攻撃する素振りをみせていなかった。レーダーに目をやると、自機を表す青い点に敵機の赤い点が重なって紫色になっている。
「上かっ!?」
ジルが振り仰ぐと、上空に翼竜型のロボットがいた。ラプトルキングとロボットは一本のワイヤーで繋がっているように見える。
ユウキも驚いていた。何の前触れもなく、翼を広げた真っ白なロボットが空中に姿を現した。ロボットはすぐさま三本爪のアンカーを射出してラプトルキングの頭部を鷲掴みにすると、もう一方のアンカーで握っていたものをパルチザン目掛けて放り投げた。
「何だか知らないけど、取らせないよ!」
地面に落ちたのは真っ黒なシールドだった。無理に動いたせいで|恐竜の左目(光線の発射口)にアンカーが食い込んだが、構わずにラプトルキングは照準をパルチザンに向ける。
パルチザンがシールドを拾い上げるのとラプトルキングが光線を放つのは、同時だった。
「展開」
ウィスの合図でシールドから青白い光の粒子が溢れ出る。直撃を受けたかに見えたが、光線はパルチザンに届く前に空中に霧散した。
「今の、まさか障壁の術か?」
「そう。シールドに術式を書き込んだマギアクリスタルが設置してある。クリスタルが小さいから、展開できるのはシールドを構えた一方向だけ」
「分かった、覚えとく」
肘から先を覆うように装着された縦長の五角形のシールドは、拳側に向いた尖った方から二門の機関銃の銃口が覗かせている。
モニターにはStanding-byの文字が表示されていたが、ウィスと双葉博士の準備の周到さにユウキが関心している間にReadyへ変わった。
「無事に渡ったようじゃな。発条式突貫槍複合盾、名付けて『ピーシングネイル』じゃ」
「これならアイメンドールでもメタルリザードを討てるんですね!」
パルチザンがシールドを、銃口を向けていることに気が付いたジルは、力づくでアンカーを振り解いた。パルチザンの射撃の方が僅かに遅く、放たれた小型の光弾はまたもランスに防がれてしまった。
「博士、この口径では命中しても決定打になりません!」
「さっき『爪』だと言ったじゃろ。ピーシングネイルの向きを変えるんじゃ。トランスヴァインとの接続は済んでおる」
「……こうか!」
ユウキはパルチザンを走らせながら意識を集中してみる。双葉博士の言った通り、左腕に固定された時点でシールドは既にパルチザンと繋がっているようで、左手に今までとは異なる感覚があるのが分かった。シールドの向きが反転し、今度は平らな辺の方が拳側にくる。
「トリガーを引いて。一回だけ」
シールドの中央から釘の先端のように鋭い金属が頭を出していたのだが、トリガーを引くと釘はシールドの中に引っ込んでしまった。
「もう一度トリガーを引けば、またピーシングネイルが飛び出す」
「なるほど、この距離で使っても意味がないのか」
「そう。密着して射って」
ユウキは短く息を吐くと、一旦手を開いて小指から順にグリップを握り直した。ジルの呼吸を読むように、ラプトルキングの攻撃に意識を傾ける。
ジルは上空から放たれたアンカーをバックステップで避けると、そのまま空を見上げてロボットに照準を合わせた。狙いすまして放ったはずの光線は、飛竜型ロボットに難なく躱されてしまった。
「一気に詰める!」
ラプトルキングの注意が空に向いている間に、パルチザンが斜面を駆ける。ラプトルキングが暴れて多くの木が倒されたせいで森は開けて、パルチザンにとっては走りやすくなっていた。
パルチザンに気付いたジルがとっさにランスを構えたが、それより一瞬早くユウキが真ん中のペダルを踏み込んだ。テールバインダーがほぼ垂直に展開して、縦に並んだスラスターが火を噴く。
一気に加速したパルチザンは、ランスが振り下ろされた時には既にラプトルキングの懐に飛び込んでいた。
「貫けぇぇ!」
真上にあるラプトルキングの右手へ、殴りつけるようにシールドをぶつけ、トリガーを引く。飛び出したピーシングネイルがダイノニウム合金の装甲を貫き、跳ね上がったラプトルキングの右手は内側から爆発して吹き飛んだ。
パルチザンはシールドを構え直し、今度はラプトルキングの太ももにピーシングネイルを射ち込む。右足を破壊されたラプトルキングはもはや立っていることも出来ず地面にひれ伏した。
パルチザンは四つん這いになっているラプトルキングの背に飛び乗るとマギアマグナムを構え、その左肩に銃口を突きつけ光弾を放つ。腕の支えまで無くしてしまったラプトルキングはバランスを崩し、ゆっくりとうつ伏せに倒れ込んだ。
「このプラーナの感覚は……光弾?」
「ピーシングネイルが命中すると、自動で展開するように術式を組んだ。『装甲に穴を開けるだけでは決定打にならないから』って、双葉博士からの依頼」
「なるほど」
ラプトルキングの尻尾が鞭のようにしなってパルチザンを襲う。不意打ち気味の一撃をシールドで受け流すと、ユウキはラプトルキングの背面、尻尾の付け根付近をマギアマグナムで撃ち抜いた。
「少し特殊な状況だけど、一応僕も軍に籍を置く身でね。相手が素人でも、敵を撃つのを躊躇ったりしない」
ターゲットスコープを合わせながら、眼鏡の奥でユウキの目が冷たく光る。次の瞬間、ラプトルキングの頭部が胴体から離れて、そのままジェットを噴射して空へと昇っていった。
「くそっ、くそっ! こんなところでやられるか! ボクは、ボクは天才なはずだろ!」
光学迷彩で隠れていたヒメルρが姿を現した。飛んできたラプトルキングの頭部をかすめ取るように捕まえると、ヒメルρはそのまま東に向かって飛んでいった。
「竜成の所へ行け、急げ!」
突然、聞き慣れない声がパルチザンのコクピットに響いた。知らない男の声にユウキは一瞬警戒心を強める。しかし、ひどく焦った調子に加えて竜成たちのことも心配だったので、すぐにパルチザンを山の向こうへと向かわせた。
竜成と薫は既に一緒にいて、境内の影からパルチザンに向かって手を振っている。ちょうど双葉博士からも通信が入ったので、竜成と薫は無事だということとラプトルキングを撃破したことを伝えた。
「合流したら二人をパルチザンに乗せてやってほしいんじゃ」
「ここから移動するんですか?」
パルチザンを砂利が敷かれている開けたところに着地させながら尋ねると、双葉博士から否定の言葉が返ってきた。
「研究所に戻ってもらうんじゃ。狭いじゃろうが、ほんの少しの時間だけ我慢してくれんか」
「それは構いませんが……竜成、こっちだ!」
ハッチを開いて竜成と薫に呼びかける。話は双葉博士から伝わっていたようで、二人はすぐに差し出されたパルチザンの手に乗った。
ユウキがパルチザンの手をコクピットの高さまで動かすと、ハッチをくぐって竜成と薫がコクピットに入ってきた。
「お邪魔します……で、いいのかしら?」
「ユウキさんユウキさん! さっきの、あのガンッて攻撃、どうなってんだよ!」
ゴウダイナーにも乗ったことのない薫は、おそるおそるパルチザンのコクピットに足を踏み入れた。対称的に、竜成は興奮気味にユウキに質問を投げかける。
「僕も詳しくは……ウィスは知ってたのか?」
「発条の弾性力とダイノニウム合金の形状記憶能力を活用した刺突武器」
続きを期待するユウキ、竜成、薫の三人だったが、ウィスからそれ以上の説明が出てこない。竜成は黙ってスマートフォンを取り出すと、双葉博士に話の流れを説明した。
「セラトストライクに使われておるダイノニウム合金は、ダイノエナジーに反応して形状が変化するよう加工されておったことはもう話したかの」
「あぁ。ゴウダイナーの修理中に聞いたぜ」
コホンと小さく咳払いをしてから、双葉博士がやや興奮気味に話を再開させる。
「内蔵したばねの軸にダイノエナジーを流して縮め、敵に接近したところでエナジーを切る。こうすると弾性力でピーシングネイルが射出される、というわけじゃ。光弾の術を低威力拡散状態で発射することでより破壊力を高めておるんじゃが、まぁその話はいいかの」
「全部言っちゃってるじゃない」
薫が呆れた顔でハァとため息をつく。
「それより博士、なんで俺たちをパルチザンに乗せたんだ?」
「……こっちに戻るためじゃ」
双葉博士が答えた瞬間、コクピットが衝撃で揺れて機体がわずかに傾いた。竜成はとっさに手を壁について体を支え、薫はウィスが腰掛けているシートにしがみついる。
「このまま運ぶ。少し揺れるぞ」
通信機から聞こえてきた先ほどの焦った声の主は、シールドを運んできた白い翼竜型ロボットのパイロットなのだろう。
ふとモニターに目をやると、戦闘中に何度か見たアンカーがパルチザンの両腕を掴んでいる。とりあえず敵ではないことに安堵していると、境内や周囲の木々がだんだんと下へ流れていく。
やがて上昇が止まり、今度は急な加速で体がシートに押し付けられた。竜成たちと合流した駅や一緒に歩いた土産物の店が並ぶ通りなど、京都の景色がぐんぐん後方へ過ぎ去っていった。
「二人とも、すまんの。もう一体を倒したら、すぐにでも京都へーー」
「まだいるのか!?」
楽しい旅行気分から一転してテンションが急降下していた竜成たちだったが、双葉博士からの通信を聞くなりすぐに表情が真剣なものへ変わった。
「つい数分前に国連軍から連絡が入ったんじゃ。研究所から北へ約十キロの地点にメタルリザードらしいものを発見したそうじゃ」
「おじいちゃん、そのメタルリザードって、もしかして人型で金色?」
「そう聞いておる。シンドウ君が撃破したラプトルキングとやらの同型機と見て間違いないじゃろう」
「ジルの野郎、せこい手ばっか使いやがって!」
竜成は無意識に握った拳を叩きつけそうになったが、寸前にここがパルチザンのコクピットだと思い出して手を止める。しかしその目に宿る怒りの色は、収まるどころかさらに鋭くなっているようだった。
「報告ではまだ動き出しておらんらしい。今までのメタルリザードと違って、操者が乗り込む必要がある設計なのかもしれんの」
「博士、ゴウダイナーの準備しといてくれよ」
「もう暖機しとる。なるべく急ぐんじゃぞ」
「それはこのロボット次第よ。パイロットって誰なの?」
「……その話はまた後で時間を取るとしようかの。わしは作業に戻らねばならんからな」
妙な間の後、双葉博士との通信は一方的に切られてしまった。心の中で「ウソだな」「ウソね」と言いながら竜成と薫はお互いを見やり、二人揃って無言で頷いた。
「ユウキさんは博士から何か聞いてない?」
「いや、僕もこの機体を見たのはさっきが初めてだ」
「ウィスさんは?」
薫の問いに、ウィスは首を横に振って答える。
「今回は何も聞かされてないまま巻き込まれたって感じだぜ」
「博士は二人に旅行を楽しんでほしかったんだよ。余計な心配をしながらじゃなく、心からね」
少し不満気な竜成を、博士の側に噛んでいたユウキは苦笑いしながらなだめる。
「あと一分で着く」
眼下に見えていた都心の高層ビル群が住宅街に取って代わられる。そこからさらに進み、もうほとんど山の中と言っても過言ではない所まで来ると、ようやく見慣れた大野エネルギー研究所の建物が肉眼でも確認できた。
「光学迷彩装置はまだ使えるな?」
謎の男から通信が入った。ここから見ると下方になるのだが、国連軍のヘリコプターが三機、研究所の周りや上空を飛んでいるのが見える。
ヘリコプターは警戒しているだけなようで、まだジルは来ていないのだと、竜成と薫はホッと息をついた。
「大丈夫です。エネルギー残量も問題ありません」
「十秒後に投下する。離れたらすぐに姿を消して、そのまま一番ゲートに降りろ」
「了解。ここまで運んでくださってありがとうございました」
「なぁ、あんたは戦わないのか? このロボットだって、まさか運搬用ってわけじゃないんだろ?」
「……投下」
竜成の質問に答えることなく通信は切れた。パルチザンは重力に引かれるまま落下していたが、投下されて数秒後にテールバインダーを展開。
速度と位置を調整して、指示通り一番ゲートに着地した。無事に着いたことを双葉博士に伝えるとゲートが動き始め、完全に閉じきったことを確認してからユウキは光学迷彩装置のスイッチを切った。
一番ゲートはゴウダイナーが出撃するための通路なので、パルチザンが通るには十分過ぎるほどに広い。
左のペダルを踏み込んでホイールを出し、滑るように走りながら奥へと進んでいく。やがて格納庫に到着すると静かに主を待つゴウダイナーの足下に双葉博士が立っていた。
「せっかくの修学旅行に水を差してしまってすまんの」
「ま、仕方ねぇよ。メタルリザードが出たら俺とゴウダイナーの出番だ。それより博士ーー」
制服のまま双葉博士からヘルメットを受け取った竜成は、数歩進んでからくるりと振り返る。
「後で聞かせてもらうぜ。あのロボットも含めて、今回のこと全部な」
「分かっておる。気をつけるんじゃぞ」
「絶対に怪我とかしないでね。一七時までに旅館へ戻らないとすっごく怒られるんだから、早く終わらせてよ」
「へいへい。行ってくるぜ」
竜成は手をひらひらと振りながらエレベーターに向かった。エレベーターはゴウダイナーの頭部まで直通になっていて、そこからコクピットに乗り込むことができる。
「ウィス、僕らも出ようか。二機でやった方が早い」
「おっとユウキさん、ここは俺とゴウダイナーだけでやらせてくれ」
ユウキが昇降機に手をかけた時、竜成の声が格納庫に響く。出撃準備は双葉博士の手で済ませてあり、竜成はコクピットに入るとすぐにゴウダイナーをゲートに向かって歩かせた。
「俺たちを騙してくれたこと、汚ねぇ手を使って散々走らせてくれたこと、なによりも修学旅行を台無しにしてくれたこと。この借りは利子つきで、耳揃えてきっちり返してもらうぜ!」
「……と言ってますが、どうしますか博士?」
「大丈夫だとは思うんじゃが、念のため待機しておいてもらえるかの」
「了解です」
ゴウダイナーがゲートから出た後で再びパルチザンに乗り込むと、ユウキとウィスは中継される外の様子をモニターで確認する。
ゴウダイナーが現れるとすぐにラプトルキングも動き出した。連合軍のヘリコプターは少し離れたところへ退避し、そこで滞空したまま成り行きを見守っていた。
「ちっ、まさかボクが出遅れるなんて……」
「よぉジル、さっきは世話になったな」
このラプトルキングも金色の装甲で、ランスを装備している点まで先ほどのものと全くの同じだった。ラプトルキングはゴウダイナーよりもわずかに小さい。
相対して見比べてみると、ラプトルキングは華奢な印象を受ける。ゴウダイナーは左手を前に構えをとったが、ラプトルキングは距離をとって周囲を警戒しているようだった。
「他のロボットはいないのか。あの翼竜と、小さいやつはどうしたんだよ」
「どっちも研究所のロボットじゃないからな。もうどっか行っちまったぜ」
「このボクと一対一で戦おうなんて、竜成はバカなんだね!」
森の向こうにいたラプトルキングが、だんと地面を蹴って飛び上がった。ランスを構え、勢いそのままにゴウダイナーに襲いかかる。振り下ろされたランスを、ゴウダイナーは両腕を交差させて受け止めた。
「ダイノ、ビィーーッム!」
ゴウダイナーの胸部にある恐竜の両目から黄色く輝くビームが放たれる。しかし、ラプトルキングは素早く横に跳び退いてビームを躱した。
ビームを出し続けたまま向きを変えて逃げるラプトルキングを追いかけるも、ラプトルキングを捉えることが出来ない。
「そんな遅い攻撃じゃボクを捕まえられないよ!」
ビームが止むと一転、距離を詰めたラプトルキングの連続突きがゴウダイナーを襲う。竜成はジルの攻撃を読み、左手の甲でランスを弾いてその切っ尖を逸らす。
「今の攻撃を捌ききるなんて、竜成もやるね」
「別に大したことはない」
ゴウダイナーのコクピットの中で、拳を固めて右腕を引き、左手を前に突き出すように構えた竜成がさらりと答えた。
「ふんっ、強がりだね!」
ラプトルキングがゴウダイナーに突っ込んできた。ジルは攻撃の手をさらに増やしたが、その全てを竜成はあしらっていく。
一旦距離を取ったラプトルキングは再び正面から突っ込んでいき、急にゴウダイナーの左側に回り込んだ。ジルのフェイントと同時にゴウダイナーは前に出していた左足を引き、打ち下ろすように右腕を振るう。
反射的にランスを掲げてゴウダイナーの拳を受け止めたが、パワーで劣るラプトルキングは押し負けて地面に片膝をついた。
「攻撃は直線的だし、フェイントは気配がだだ漏れ。お前、喧嘩もしたことないだろ。いくらメタルリザードのスペックが高くても、中身が素人じゃーー」
「っ! うるさい!」
ゴウダイナーの拳をなんとか弾き返すと、ラプトルキングは仕切り直すようにゴウダイナーから距離をとる。
荒れた呼吸を整えなかればと考えた瞬間、ジルの背中をぞわりとした嫌な感覚が走った。顔を上げると、既にゴウダイナーが右手を引いた構えに戻っている。
「マァグナムストレェート!」
高速で回転する巨拳がラプトルキングに迫る。とっさに左へ跳ぶと、ゴウダイナーの右腕がラプトルキングの顔の横をかすめていった。
「当たらなければ、どうってことはーー!?」
見れば、今のゴウダイナーには片腕しかない。ジルはすぐさまラプトルキングを起こし、ゴウダイナーに向かって駆け出した。
「そういうのは……」
背後から殴られたような衝撃があり、ラプトルキングが突然バランスを崩す。訳も分からないままなんとか態勢を立て直そうとしたジルは、ゴウダイナーの胸からこちらを睨む恐竜の目がギラリと光るのが見えた。
「ーー躱してから言え」
ビームはラプトルキングが構えたランスに直撃した。防いだと思いジルがニヤリと笑った次の瞬間、ラプトルキングの右腕はランスごと消し飛んだ。
一瞬のことにジルが茫然とする中、ゴウダイナーの回し蹴りをまともに食らってラプトルキングは吹き飛ばされた。
「クソっ! クソぉっ! ボクがやられるわけないんだぁぁ!」
各部の異常を伝える警告音にジルが毒づく。帰ってきた右腕を受け止めながらゆっくりと近づいてくるゴウダイナーに向けられたラプトルキングの頭部が赤紫色に光った。
光線が放たれる瞬間、ゴウダイナーは左腕にセラトストライクを展開して、やがて光線は吸収されてやがて消えた。
「ぐっ、まだだ! まだボクは負けてない!」
ラプトルキングは失った右腕から火花を散らしていて、満身創痍ながらもまだ倒れずにいた。ラプトルキングにとどめを刺すため、ゴウダイナーが歩を進める。
「竜成!」
薫からの通信とほぼ同時に竜成はその影に気がついた。一瞬遅れて新たなメタルリザードの反応がモニターに表示されて、ゴウダイナーは跳び退いてラプトルキングとの距離をとる。
二体の間に降り立ったのは人型のロボットだった。全高はゴウダイナーよりも僅かに高い。
紅の装甲で覆われた異様に長い腕と、手首あたりから生えている銀の鉤爪が特徴的なロボットは、ラプトルキングを背中に庇うようにゴウダイナーに相対した。
「御機嫌よう、大野竜成」
「その声、ギスティロか!?」
竜成は思わず大声を出した。これまでギスティロは恐竜を模したメタルリザードしか使ってこなかった。ギスティロと反目しているジルはともかく、ギスティロ本人も人型のメタルリザードで現れたのは驚きだった。
「クラーレδです。遠隔操作ではなく、直接乗り込んで操縦するのも悪くないですね」
「……仲間を助けに来たのか」
竜成の顔からジルを相手していた時の余裕は消え、クラーレδの僅かな動きすら見逃さないよう警戒する。
「ふむ、なにか誤解があるようですね」
クラーレδはくるりと振り返ってラプトルキングの方に向き直ると、無造作に右腕を振るう。次の瞬間ラプトルキングの上半身がどさりと地面に落ち、腹部と下半身は爆炎に包まれた。
「どうしてーー」
「おっと、手出し無用でお願いします」
鉤爪の切っ先をゴウダイナーに向けて牽制しながら、クラーレδはラプトルキングの頭部を鷲掴みにして持ち上げる。
「何、すんだ……」
「これ以上、貴方を放置するわけにいきませんからね。まさか、凡夫と見下げた者の助けを期待していたのですか? 貴方もなかなか甘いですねジル・フォレッツ。貴方の言葉を借りれば、想像力が足りませんよ」
「こいつ、盗聴器を仕込んでーーぐわっ!」
「ドクトルの名を穢す輩は、私が許しません」
クラーレδが拳に力を加えると、ラプトルキングの頭部が少しひしゃげた。押し潰されてスピーカーが壊れたのか、もうジルの声は聞こえない。
「大野竜成、この度は申し訳ありませんでした」
「……は?」
思ってもみなかった言葉がギスティロの口から飛び出して、竜成は呆気にとられてしまった。
「ドクトルτは覇道を往く方、あのような卑劣かつ非道な行いは断じてお許しにならない。しかし、ドクトルτに忠誠を尽くす我々と異なるとはいえ、ジル・フォレッツがこちらの人間であるのもまた事実ですからね。身内の恥は身内で注がねばなりません」
ギスティロの言葉で、竜成はラプトルキングが民間人を人質にとろうとしたことを思い出す。
よく考えてみると、ギスティロをはじめ他の国に現れたメタルリザードが攻撃したのは、大野エネルギー研究所以外は国連軍に関係する施設だけだった。
「今回は貴方への謝罪と彼の始末で来たので、勝負はまたいずれーー」
気がつくと既にクラーレδは赤い光に包まれて宙に浮かんでいる。気を削がれた竜成はヒメルρが姿を消した方角をじっと見ていたが、やがて軽く頭を振ってからゴウダイナーを一番ゲートに向かって歩かせた。




