「こっちの方が早い」
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インフルエンザの便りが多すぎて、自分もかかりはしないかと戦々恐々している楠たすくです。
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「なに寝ぼけたことをーー!?」
突然ジルの背後に赤い光の柱が現れる。竜成はハッと空を見上げると、上空から巨大な影が光の柱の中をゆっくりと降下してくる最中だった。
「ボク、失敗って嫌いなんだ。やっぱり一番確実なのは、君が『ただの高校生』をしている間に圧倒的な力で捻り潰す、だよね」
体の芯まで響くようなズンという地響きと共に、巨大なロボットがジルの背後に着地した。全体像を守ることは出来ない。
しかし、柱の付け根と同じところに立っても胸より上が舞台から出るほどの大きさはあった。人と同じ顔がある頭部には、鋭い目付きの肉食恐竜を模した金色の兜をかぶっている。
「こいつはラプトルキング。竜成の敵だから、分類的には一応メタルリザードになるのかな? ボクが設計してボクが作った、ボク専用の最強メタルリザードだよ」
ひょいっと柵から飛び降りて姿を消したジルが、ラプトルキングの手のひらに乗って再び現れる。ラプトルキングは自らの顔の近くまで手を持っていくと、そのままジルをその口の中に放り込んだ。
その時になってようやく、驚愕のあまり呆けた表情で成り行きを見守っていた観光客たちが悲鳴をあげながら本堂から我先にと逃げ出し始めた。
「ちょっとだけ待ってあげようかな。そこで大人しくやられるか、試しに逃げてみるか決めさせてあげるよ。あ、ボクとしては逃げてほしいな。世界遺産を壊すのは気がひけるし、やっぱり狩りは獲物が逃げてくれないと拍子抜けだからね。アハハハハハ!」
「くそっ!」
外部音声で話してくるラプトルキングを睨み返しながら、竜成は拳を柵に叩きつけた。どうすればいいか分からずおろおろとしていた薫は、突然感じた振動にびくりと体を震わせた。
「お、おじいちゃん!? 敵が!」
「分かっとる。薫、お前が皆に指示を出すんじゃ」
取り出したスマートフォンから聞こえてきた祖父の言葉に、薫の混乱が倍増してしまう。その両目の端には、薄っすらと涙が浮かんでいる。
「指示って言ったってーー」
「シンドウ君には、これから送る場所に来るよう伝えるんじゃ。竜成は逆方向に向かわせて時間稼ぎじゃ。いいか、お前が勝利の要じゃぞ、薫」
「……分かった」
通話を切り、双葉博士から送られた地図を確認する。矢印はここから直線距離なら数百メートル先に刺さっている。
「おい薫! 博士は何てーー」
「みんな、私の言う通りに逃げて」
「逃げるってーー」
「いいから! シンドウさんたちは来た道を戻ってください。竜成はあっち! 詳しい道は私が指示するから」
「……分かったよ! 走ればいいんだろ、走れば!」
ウィスは竜成の腕を掴み、今まさに本堂の出入り口へ向かって走り出そうとするのを制止させた。
「ちょっ、ウィスさん!? さっき薫が言ってたこと聞いてーー」
「こっちの方が早い」
ウィスは柵の向こう、ラプトルキングが待ち構えている方を指差しつつ、肩からかけているバッグから手のひら大の石を取り出した。その水色の石を見たユウキがはっとして顔を上げると、ウィスは黙って頷いてみせた。
「竜成、騙されたと思って任せてくれ」
「ユウキさんもかよ。あぁもう、やけくそだ!」
差し出されたユウキの右手を竜成が握る。竜成の右手を薫が、薫の左手をウィスが握る。
「飛ぶタイミングを合わせるんだ。ーー行くぞ!」
ユウキの合図で四人が走り出す。その様子を赤く光るラプトルキングの目が捉えている。
「さっきはああ言ったけど、落ちたら危ないよ。あ、もう諦めちゃったの?」
「『集え、無形の大盾ーー」
揃って柵に足をかけ、四人は勢いそのままに舞台上から空中へ身を踊らせた。
「ーー光壁を成し、迫り来る厄害の前に立て』!」
地面がぐんぐん近づく中、足元に淡い光が集まる。地面に打ち付けられるかと思った瞬間、なんの痛みもなく四人はきれいに着地を決めた。
「ホントに無事だ! どうなってんだ?」
「障壁系の術は衝撃を消す効果があるんだよ」
「早く、竜成はこっち!」
ラプトルキングの股下を抜けると、ユウキとウィスは仁王門の方へ、竜成と薫はその反対に、それぞれが別の方向へ走り出した。
ラプトルキングのコクピットの中で、ジルは逃げる四人を映すモニターを見ながら短く口笛を鳴らしてニヤリと笑う。
「すごいよ竜成、どんなマジック使ったんだい? でも、それだけで逃げられると思ってないよねぇ!」
突き当たりで竜成は音羽の瀧に向かって右へ行き、薫は左折して階段を昇る。木々の梢が重なってその姿を捉えにくくなってきたので、ラプトルキングは竜成を追いかけて森の中を歩き始めた。
思惑通りジルが竜成に食いついたのを見ると、薫は物陰に身を隠してからスマートフォンを取り出した。
「はい」
「シンドウさん、今どこですか」
「もうすぐ、門、だよ」
走りながら喋っているので息は切れ切れ、マイクの近くと襟が擦れているのかガサガサと一定のリズムで雑音が混じっている。
薫はイヤホンをつけると、画面をマップに切り替えた。ユウキの端末の位置情報を表す赤い点が少しずつ動いている。
「来る時に歩いた通りを正面に見て、階段を降りたら左です」
「了解」
「そこは階段を下ってください。あ、次は右の階段です。そのまま真っ直ぐ」
走りながら答えるのは大変らしく、ユウキはいちいち返事をしなくなった。それでも赤い点は着実に双葉博士が指定した場所に向かっている。