「あれ? 嘘だったのかい?」
「(見えない……)」
目を覚ましてまず思ったのがそれだった。首を少し曲げると、自分のものらしき眼鏡がぼんやりと見えた。
薄く霧がかかっているかのようにはっきりしない頭のまま、とりあえず体を起こそうと両腕に力を込めた時、ソファーがギシリと音をたてた。
「おっ、起きたみたいだぜ」
眼鏡をかけて近づいてくる四人の顔を順番に見ながら、この人たちは誰なのだろうかと回らない頭で考える。
やがて急激に働き始めた脳が気を失うまでの記憶を呼び起こし、ユウキは立ち上がって頭を深々と下げた。
「あの、ご迷惑をおかけしました!」
「もう具合はいいのか?」
「はい、もう元通りです」
まず出会ったのが良い人そうであることにユウキは心の中で安堵の溜め息をついた。ふと見ると、ウィスも椅子に座ったままこちらを見ている。
それぞれが自己紹介を済ませた後、アリスが小さく咳払いしてから代表して口を開く。
「起きたばっかりで悪いんだけど、貴方たちのこと話してくれるかな。内容にもよるが、悪いようにはしないと約束しよう」
「分かりました。僕たちは別次元、つまり異世界の人間です」
……
…
テルスでは世界中を巻き込んだ大戦が長く続いていました。あ、テルスというのはあっちの世界というか、僕がいた星の名です。
長きに渡る戦争の影響でテルス自体のプラーナのバランスが崩れ、大きな環境異変が起きました。
結果としてテルスの約七割が生存不可地域になり人口も激減、『国』を維持できるほどの経済力が残っている国もありませんでした。
そこで誕生したのがテルス統一機構(TUO)です。国という境界は無くなって、全世界がTUOという組織の元で一つになりました。
しかし一度破壊された環境は簡単に回復するわけもなく、事態はほとんど改善されませんでした。
そんな頃にTUOで立案されたのがゴルコンダ・プロジェクトという、テルスよりも技術力の低い異世界を侵略し移住するという計画です。
自分たちの過ちの代償を異世界に押し付けるべきではない、と反対する意見も少なからずありましたが、強引に計画を進めようとしたTUO正規軍は僕たち定住派を『反逆者』と呼称し弾圧し始めました。
そこで僕たちはゴルコンダ・プロジェクトの要である新造アームドウェア『DBSーP01』を奪う計画を立てました。
機体の奪取は成功したのですが、味方との合流地点へ向かっている時に敵士官と戦闘になりました。
その最中に敵があらかじめ機体に施した細工によって僕たちはこの世界に転移してしまい、今ここにいる……という流れです。
「あれ、どうしました?」
ユウキは話を終えて五人をぐるりと見渡す。ウィスは相変わらずの無表情だが、他の四人は目が点になって固まっていた。
「異世界なんてファンタジーな話がくれば、そりゃ誰だってこんな反応にもなるぜ」
「うちに回ってくるのは、毎度毎度おかしな話ばっかりだ」
ロジャーが頭をガシガシとかきながら深くため息をつく。アレンもその意見に賛成らしく、ロジャーと同じような困り顔でカップに口をつけた。
「ちょっと待ってほしいな、その『おかしな話』には私からの依頼も入っているのかい?」
「あの、信じてくださるんですか?」
アリスが恐ろしいほどの笑顔を浮かべてロジャーに詰め寄る中、ユウキがおずおずと口を挟む。
「あれ? 嘘だったのかい?」
「本当ですけど、我ながら突拍子も無い話だと思いまして……」
「確かにそうだが、あの機体を見ちまうとな。アイメンドールとは違い過ぎて信じざるを得ないっつうかなんというか……」
「さっきから気になってたんだけど、ウィスちゃんって何者?」
ドミニクの質問と同時に、五人の視線がウィスの方に集中した。
背すじをピンと伸ばし、両手を膝に置いてじっと座っていたウィスは、全員の視線を浴びても全く動ずることなく表情を変えない。
「実は、僕もよく知らないんです。僕が乗り込んだ時には既にコクピット内にいたんです」
「わたしはDBSーP01の生体パーツ」
「パーツって……」
「少佐たちはわたしをそう呼ぶ。実験のための道具なのだと言っていた」
「少佐というのは?」
「さっき話した中に出てきた、僕を嵌めた敵の士官です」
表情を変えず躊躇もなく、自分のことをパーツや道具と言うウィスを見て、アリスは苦しそうに目を伏せる。
「そう……この娘はずっとそう言われてきたんだね」
「道理で受動的過ぎるわけだ」
アレンも先ほどコクピットで銃を向けた時のやりとりを思い出しながら呟いた。
「話を聞きゃあ、嬢ちゃんは元々お前の敵側だったんだろ? 今は命令がないから大人しくしているが、自分の意思でお前の敵に回る可能性だってあるんだぞ。やり方によっちゃ坊主が新しいマスターになることも出来るんじゃねぇのか」
ロジャーの言葉に、一瞬ユウキがムッとした顔になる。
「もし敵になると言うのなら、そのときはテルスに戻ってから戦います。ウィスには周りに流されることのない、自分の意思を持ってほしいんです」
「……ま、そこまで考えてんのなら俺は余計な口出しはしねぇさ」
ロジャーはユウキの目をじっと見た後、納得したように小さく笑いながら頷く。その時、突然リビング内にけたたましい警報が鳴り響いた。
警報が鳴ると、一瞬でアレンたち四人の表情に緊張が走り、ロジャーは大きなモニターの前に座ってコンピューターを操作し始めた。アレンとドミニク、そしてアリスも食い入るようにそのモニターを見ている。
「この警報は何なんですか?」
「敵だ」
モニターから目を離さずにアレンが答えた。彼の表情は相変わらずの仏頂面にも見えるが、その瞳からは激情が溢れ出ている。
「……こりゃこっちには関係ないな。出現地域はマダル基地の方だ」
ロジャーがそう言うとそれぞれは緊張を解いて座席に戻っていく。ロジャーはユウキを手招きしてモニターの前に来させると、キーボードを数回叩いて画面を切り替えた。
「うわっ……これ何ですか?」
映っていたのは、上半身は人型で下半身が虫のように六本脚なロボットだった。
「世界各地で破壊行動をしている無人兵器群『バグズ』だ。さっきのは半径二百キロ以内にバグズが出たって警報だ」
「で、俺たちが『デバッカー』、バグズを狩るフリーランスのアイメンドール乗りってわけさ」
「そういうものに対処するのは軍の仕事ではないんですか?」
ユウキは眉をひそめながら、バグズと呼ばれたロボットの映像を見つめている。形状や装備に差はあるものの、モニターに並ぶロボットは総じて六本脚の人型だった。
「世界連盟が樹立して二十年以上、大きな戦争も起きてなかったから、ずっと軍縮の流れだったんだよ。うちの会社が軍需産業に手を出したのも最近だしね」
「今は少しずつ増強してるんだがな、バグズが出現するようになった二年前は大都市の防衛で手いっぱいだったのさ」
みんなの話を聞いて、ユウキがはてと首を傾げる。
「無人兵器に指示を出している人間を押さえたりはしないんですか?」
「南極にあると思われるバグズの本拠地への攻勢作戦は一度あったらしいね。軍がかなりの戦力をあてて攻め込んだけど作戦は失敗、被害もかなりあったらしいよ」
「その作戦には」
「ドミニク」
いつの間にかこちらを見ていたアレンが一言呼びかけると、ドミニクはすっと口をつぐんだ。相変わらずほぼ無表情だったが、その目に様々な感情がよぎったように思えてユウキもそれ以上の追求するようなことはしない。
「まぁそれ以来、バグズは出たのを叩くっていう防衛重視路線になったってわけさ」
「今日はマダル基地の方に出たみてぇだから、こっちには出なーー」
ロジャーの話を遮って、再び警報が部屋に鳴り響いた。
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございました。