「何時だっけ……」
ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。
いろんな意見があると思うけど、僕はDouble Decker 好きです(笑)
「いいかい君たち! これは妄想なんかじゃない、女の勘だよ!」
「理系に全振りタイプなのに勘って……」
「あ、笑ったね。笑ったねドミニク! 見てなよ、明日からボクの情報網をフル活用して証明してあげるからね!」
「分かった分かった。俺たちはそろそろ撤収するから、さっさと寝ろよ。嬢ちゃん、坊主を部屋まで送って……嬢ちゃん?」
いつも静かだからとあまり気にはしていなかったのだが、よく見てみればウィスのまぶたは閉じられていた。すぅすぅと寝息をたてているウィスは、まだ三分の一ほど中身が残ったグラスを持っている。
うつらうつら舟を漕いでいて今にも溢れそうになっているグラスをウィスの手から取ったロジャーは、ふと気になって注がれている液体のにおいを嗅いでみた。
「……おいドミニク。嬢ちゃんの歳、知ってるか」
「いんや、聞いてない」
「アレン?」
あまり期待せずに聞いてみると、予想通りアレンは黙って首を振っていた。
「おそらく未成年だろう」
「俺もそう思ったから聞いてんだよ……」
念のため、もう一度嗅いでみる。やはり今回も自分のグラスの中身と同じ、柔らかな樽の香りが鼻に抜ける。当然ながら自分たちがウィスのグラスにそれを注いだわけではないのだが、それでも「やってしまった……」とロジャーは頭を抱えた。
結局ロジャーたちは、酔いは回っているものの一応覚醒しているアリスにウィスのことを任せることにして、緊張感の欠片もない顔でただニマニマと笑っているユウキを彼の部屋まで送り届けた。
何を言っても要領を得ない反応しか返ってこないユウキに、念のため用意してあった栄養ドリンクを飲ませてからそのままベッドに放り込む。
「しっかし、酒飲んで他人を介抱するなんて、いつぶりだ?」
「さぁな。俺たちだけで飲んでた時は、こうはならなかったからな」
三人とも顔は少し赤くなっているものの、言動はしっかりしていて酩酊している様子はない。息抜きをしたはずなのに何故か前よりも疲れている感じのするロジャーを見て、ドミニクが「歳だな」と笑った。
「どうするおやっさん。飲み直すなら付き合うぜ」
「いや、止めとく。坊主と嬢ちゃんの見送りに寝過ごすとマズいだろ」
「確かにな〜。じゃ、今夜は大人しく解散ってことで」
そう言うとドミニクは角を曲がり、ひらひらと手を振りながら歩いていく。続いてロジャーも鍵を取り出して自分の部屋へと向かった。
彼らは気が付かなかったのだが、ロジャーが持つまだ半分ほど中身が残る酒瓶を、最後尾のアレンが少し物足りなさそうに見つめていた。
早朝、体が軋むような感覚と共にユウキは目を覚ました。「ベッドで」寝ていたと言っても間違いはないだが、正確に表現すれば「羽毛布団を枕にしながら、ベッドの縁にしがみつくような体勢で」寝ていた。
体を起こして腰を軽くひねっただけで、自分でも少し心配になるほど骨が鳴った。
「何時だっけ……」
次元穿孔システムが今日の午前中に発動することは聞かされていた。しかし詳しい時間が思い出せない。そもそも詳しい時間を聞いたかどうかも怪しい。
ユウキはもう一度確認しようとウィスの部屋へ電話をかけてみたが、応答はなかった。午前中というからにはこんな早い時間ではないだろう、とは思うものの、やはりどうしても気になってしまってユウキは部屋を出た。
目的地は格納庫。さすがにこの時間はドアが施錠されているので、夜番をしている警備員に中へ入れさせてもらえないかと頼む。
すでに何度か会ったことがある人で、ユウキがパルチザンのパイロットであることも認識されているのだが、当然ながら通してはもらえない。
「少し確認したいことがあるだけなんです。十分、いえ五分で済みますから」
そうユウキが平身低頭している間に、警備員の一人が所長に連絡を取ってくれた。その後はすんなりと許可が下り、警備員たちから「五分だけだぞ」と念を押されて、ユウキは格納庫へ入る。
規則だからとついて来た警備員にはパルチザンの足元で待ってもらい、ユウキは急いでコクピットに潜り込んだ。
操縦席の周りにある端末からは次元穿孔システムに関する情報を得られなかった。ウィスの定位置である後部シートを方を覗くと、モニターには転移までの残り時間が映っている。
「なんだ、これ?」
点滅している文字がユウキの目に留まった。カウントダウンの下で"No Insertion"と小さく表示されている。
「未挿入? 何が……」
もう少し確認しようとユウキがモニターに手を伸ばした時、外で待ってくれている警備員からそろそろ時間だと告げられた。詳しく調べるのは断念して、ユウキは大人しく警備員に従って機体をおりた。
「それは、わたしが乗っていなかったから」
格納庫を出たユウキは警備員から所長の執務室へ顔を出すようにと言われた。一瞬どこの話をしているのか分からなかったが、すぐにそれがアリスの部屋のことだと思い至る。
警備員たちにお礼を言ってから別れ、その足で昨晩行われた酒宴の会場へと向かう。ノックを三回すると、四回目を叩く前に「どうぞ」と返事があった。
「やぁおはようユーキくん。連絡がきた時は驚いたよ」
「おはようございます。ご迷惑をおかけしてすみません……色々と」
視線の先、アリスの膝の上にちょこんと座っているウィスの姿を見て、ユウキは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
酔い明けの早朝に|ふと感じた一抹の不安(全くの取り越し苦労)を解消するためにユウキが|懸命(無駄)に奔走していたことなど知る由もなく、ウィスはすました顔でアリスに髪を結ってもらっていた。
「いいんだよ、ボクも楽しんでいるからね。それで、ユーキくんはこんな朝から格納庫で何をしていたんだい?」
責めたり問いただすような口ぶりではなく、一応の確認という口ぶりでアリスが尋ねる。ユウキが事の顛末を説明していると、ふいにウィスが自分がいなかったからだと告げた。