「いや、そこは多少気にした方がいいと思うぜ」
アレンは空になったマシンガンの弾倉を交換しながら、レーダーに表示された赤い点がだんだんと近づいてきているのを見て小さく舌打ちした。
もともと柔らかな表情をする方ではないが、今のアレンの瞳は普段よりも険しい。
「今日は一段とうじゃうじゃしてやがるなぁ」
深緑色の人型機動兵器『ダーニング』が地面を滑るように走っていた。脚部のホイールを逆回転させて、敵に背を向けることなく後退している。
軽い調子で話すこのパイロットはドミニク。眉目秀麗な顔立ちで、一つにくくった少し長めの金髪がヘッドギアから飛び出している。
彼の機体が岩陰からライフルを二連射した直後、爆音とともにレーダーから赤い点が一つ消えた。
「あぁ、多いな」
アレンは短く返事すると、ドミニクが既に隠れている大岩の影へ機体を滑り込ませた。二人を攻め立てるように敵は銃弾をばら撒き続け、大岩に無数の弾痕を刻み込んでいく。
「先に出る。フォロー頼む」
「よし行ってこい!」
敵の斉射が収まった一瞬にアレンがスロットルを踏み込む。機体は赤茶色の砂煙を上げながら地面を滑走していった。
さかのぼること数時間前。
黒い岩石がところどころに点在する以外は何もない荒野。道路すらないその平原をトレーラーが土ぼこりをあげて走っていた。
トレーラーには二台の巨大なコンテナ車が連結されており、その目指す先には着陸したばかりのヘリコプターがある。
ロジャーはトレーラーをヘリコプターの手前で停止させると、運転席から顔を出した。
あちこちが汚れたつなぎ姿で、丸太のように太い両腕に日焼けした真っ黒な肌、見た目も表情もかなり厳つい。
一方、ヘリコプターから現れたのは白衣をまとった小柄な女性だった。髪はショートで明るめの茶色。白衣のサイズの問題か、もしくは身長のせいなのか、白衣の裾は彼女の膝すらも隠している。
その自信に満ち満ちた勝ち気な表情には、初対面の相手に対する緊張感などというものは微塵も存在しない。ついでに言えばボディーラインの起伏も乏しい。
「初めまして、アリス・セレーネです。よろしく」
「ロジャー・ベックだ」
「今回の件、引き受けてくれて感謝しています」
アリスはオイルが付いていることなど気にする様子もなくロジャーの右手を取ってがっちりと握った。
「俺は連れてきただけで、あいつらには詳しいことをまだ話しちゃいない。口説き落とせるかどうかはお前さん次第だ」
「所長! 本当に戻っていいんですか?」
ヘリコプターから顔を出した黒いスーツ姿の女性は、握手をする二人、正確にはアリスに聞こえるよう、ローターの音に負けないほどの大声を張り上げた。
「はい、私はトレーラーに乗せてもらって帰ります。アンナは手続きの用意をしておいてください」
「分かりました。何かありましたら連絡してください!」
アンナが機中に姿を消した後に飛び立ったヘリコプターがもと来た方角へ向かうのを見送ってから、ロジャーはアリスをトレーラーへと連れていった。
「お前さん、あんなこと言って良かったのか?」
「何か問題があったかな?」
「あいつらが引き受けなかったら、あんたのとこには行かないぞ」
「大丈夫さ。ボクの機体を見れば、彼らも一目惚れ間違いなしだよ」
「……口調、変わり過ぎじゃないか?」
ニッコリと笑うアリスに、ロジャーは珍妙な動物でも見ているかのような視線を向ける。
「こっちが素なんだけど、部下の前ではなかなか出せなくてね」
倍近く年上のロジャーを相手に、アリスはケラケラと笑った。二人が乗り込んだトレーラーには八畳ほどのリビングが設けられていて、小さなテーブルを囲むようにL字型のソファーが置いてある。
部屋の隅にある机には小さなモニターや様々な機器が置かれていて、さながら小型の通信室のようになっていた。そんなリビングで、ドミニクは窓にへばりついて外を見ていた。
「おやっさん、さっきのヘリって何……お〜! リアルで女の子を久しぶりに見たぜ!」
「こんな色気の欠片もないボクを女の子扱いする人間がまだいたとは……もっと色々見てみるかい?」
「おぉ! 見る見る!」
艶かしくわざとらしく身を屈めてみせたアリスに、ドミニクもノリを合わせる。そもそも、出るところが出ていないアリスがこのようなポーズをしても何も起こらない。
そんな二人の冗談混じりのやり取りに、ロジャーはこめかみを押さえつつ大きなため息をついた。
「で、どちら様?」
「依頼主だ。アレンはどこだ?」
「相変わらずシュミレーターの中だよ」
「またか。説明するから呼んできてくれ」
アレンがやってきた時には既に三人はテーブルを囲んで席についていた。全員の前にコーヒーが並んだところで、ロジャーは咳払いを一つ入れてから口を開いた。
「こちらは今回の依頼主、セレーネさんだ。ディアナ社アイメンドール開発部主任、と言えば分かるな」
「ディアナ社……あっ、ダーニングの所か」
「アリスと呼んでください。我が社のIDをご愛用いただき、ありがとうございます」
「依頼の内容は?」
アリスの三割増しの笑顔に目を輝かせながら鼻の下を伸ばすドミニクと対照的に、アレンは仏頂面を崩さない。
アリス自身も長々と営業スマイルを続けるつもりはなく、すぐに元の勝ち気な笑みに戻ってしまった。
「一週間後に行われるコンペティションのことは知っているね?」
「いや」
「おいおい、ちょっと前に話しただろ。軍の次期採用機を決めるやつだ」
そうだったかと首を傾げるアレンに、ドミニクはそうだったぜと頷いてみせる。ロジャーはため息をつきながら、アリスに話を進めるよう促した。
「前回のコンペティションでソール重工に負けてしまって以来、はっきり言って我が社はID事業で押されているんだ。まぁ個人的には会社の業績なんて知ったことではないんだけど」
「いや、そこは多少気にした方がいいと思うぜ」
ドミニクにツッコまれたアリスは、小さくコホンと咳払いを入れてから話を続ける。
「業績はどうでもいいけど、ボクの機体が負けたってのは気にしてるよ。とにかく、諸々の理由から今回は失敗するわけにいかないんだ。そこで君たち二人に、新型のパイロットとしてコンペに出てくれるようお願いしに来たのさ」
「マジか!?」
「本当さ。コンペに出した機体をそのまま成功報酬にしよう。うちの新型アイメンドール、その初期ロットだ」
アリスの言葉にドミニクは素直に驚きを顔に出す。相変わらず無表情に見えるアレンも、その瞳にわずかな関心の色が見てとれる。
「テストパイロットはいないのか?」
「もちろん本社が推薦してきたパイロットたちがいたんだけどね。今になって急に、あれこれ理由をつけて全員が辞退してしまったんだ。そんな時に、秘書のアンナから腕がいいデバッカー二人組の話を聞いたのさ」
「……なんかあったんだな」
何を想像したのか笑顔がひきつるドミニクに、アリスは少し怒ったように目を細める。
「言っておくが、試験中に死人が出たみたいな曰く付きの機体ではないよ。その件についてはこれから詳しく調べるとして、だ。どうだろう、ボクに力を貸してくれないだろうか」
「俺はこの話、受けた方がいいと思うぜ」
一番に口を開いたドミニクの表情は、アリスとのふざけた掛け合いをしていた時と違い真剣だった。
「自力でアイツを探したいっていうお前の気持ちも分かるけどな。でも正直、現状の単独行動だけではそろそろ限界だろ」
「俺もこの話は乗った方が得と思ったからこの場を用意した。冷静に考えろ、アレン」
数秒の沈黙がトレーラー内を通り過ぎ、返事を待つ三人の視線を一身に浴びて、アレンは気まずそうに目を伏せる。やがて観念したように大きくため息をついた。
「……分かった、引き受ける」
「ありがとう! じゃあ早速詳細をーー」
次の瞬間、部屋の警報がけたたましく鳴り響いたかと思うと、何か巨大で重いものが落ちたような轟音と共にリビングが大きく揺れた。
全員が窓に駆け寄って外を見ると、トレーラーの数十メートル先、ついさっきまで木の一本すらなかった荒野の真ん中に白いロボットが跪いていた。
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