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プロローグ 〜後編〜

 通信を切った直後、真後ろから声が聞こえてユウキは反射的にナイフを抜いて振り返った。彼が座っているシート、そのさらに奥に少女がいて、ユウキの方をじっと見ていた。


「誰だ」


 ユウキは切っ先を少女に向けたまま、動揺が表に出ないように抑えめの低い声で話した。


 薄紫の髪は肩よりも長く、その瞳からは感情の色が読み取れない。軍の制服を着ているものの、その襟元には階級章が付いてない。


「わたしは、ウィス」


 抑揚に欠ける口調で話したのは、その一言だけだった。


 この少女は何者なのか。元から搭乗していたのであれば、なぜユウキがコクピットに入ってくるのを阻止しなかったのか。


 頭の中で様々な疑問が回っていたが、ユウキは小さく息をはいて疑問を頭の中から振り払った。


「素性の知れない人間を連れていくわけにはいかない。出ろ」


 シートに膝を立てながら後ろを向き、ナイフの先でコクピットから降りるよう促す。ユウキがそうしていても機体はその歩みを止めない。


「できない」


 ウィスはベルトを外すことも、表情を変えることもない。


「は?」

「乗っているよう言われた」

「……この状況、分かってるのか?」


 ユウキは見せつけるようにナイフを再びウィスに向けた。


 ナイフを恐れていないのか、それともユウキの言動が脅しであることを見透かしているのか、ウィスは無表情のままユウキの方をじっと見ているだけだった。


 力づくで追い出すしかないか。ユウキがそう思った時、コクピットに警告音が響いた。


 とっさにナイフをしまってシートに座り直し、機体を建物の裏に飛び込ませる。直後に降ってきた光弾が地面を撃ち抜いて、アスファルトの破片を撒き散らした。


「もう戻ってきたのか!」


 一瞬モニターに映った機体は、確かにさっき出撃したはずの紫のテイムリッターだった。しかしレーダーには軍の機体であることを示す緑の点が一つ浮かんでいるだけで、同時に出撃した僚機の姿はない。


「術式は……放射型(ワイドレンジ)しかないのか。くっ、こんな所で使うわけにはいかないじゃないか」


 苦虫を噛み潰したような顔でウィンドウを消したユウキは、反撃もできずに建物を遮蔽物にしながら逃げ回った。


「……僕を止めないのか」


 追っ手から逃げることに集中してウィスの存在を忘れていたユウキが問いかける。


 初撃を躱してから今まで十数秒、ユウキを攻撃する時間はあった。しかしウィスは何もせず、ただ前をじっと見ながら座っているだけだ。


「なぜ?」

「なぜって……僕は定住派だぞ」

「わたしは機体に乗っているように言われただけ」


 さっきも同じようなことを言っていたな、とユウキは心の中で考える。


 油断させるための嘘の可能性もあるが、ウィスの様子を考慮すると本当に言われたことだけしかする気がないのかもしれないとも思えた。


「詮索は逃げ切ってからだ」


 今すぐに実害があるわけではなさそうなウィスへの疑問を全て頭の隅に押しやって、最優先事項(目の前の敵)に集中する。停めてあった無人のジープを持ち上げ、細く長く息を吐きながらレーダーをじっと見つめた。


「……今っ!」


 建物を隔ててすぐ向こう側の所にまで敵が来た瞬間、ユウキは機体を大きく跳躍させる。建物を飛び越した先にいたテイムリッターは、こちらへ左手を掲げようとしていた。


「遅い!」


 ユウキが抱えていたジープを投げつける。真っ直ぐに飛んでいったジープはテイムリッターの左腕に当たり、その衝撃で敵は大きくよろめき仰け反った。


 うまく機体を着地させたユウキは一気にその場から離脱しようと、高く跳ぶために少し機体をかがませた。


 そのとき何かが衝突したような衝撃が機体を襲い、コクピットを強く揺らした。前のめりにバランスを崩した機体が跳べるはずもなく、ユウキは咄嗟に機体の体勢を変えて転倒だけはどうにか(こら)えた。直後にけたたましいアラートが鳴り響き、増設ユニットに重度の損傷が生じたことを知らせる。


「くそっ、パージ!」


 すぐに連結器が作動して肩から増設ユニットを切り離し、ユウキは機体を跳び退かせてテイムリッターと距離をとった。


 落下した増設ユニットは火花を散らしながら煙を吐き出している。損傷のアラートが止んだ数秒後、今度はモニターにデジタル時計が現れて六〇秒からカウントダウンを始めた。


「今度は何だっ!?」


 カウントダウンに気を取られた一瞬に、敵機が真っ直ぐこちらへ突っ込んできた。


 赤く輝く光刃を振り下ろすテイムリッターの腕を押さえ、すんでのとこらで切っ先がコクピットに突き刺さるのを阻止する。


『いい反応だ、攻め手もなかなか面白い。が、詰めを急き過ぎたな』

「……そんな話のためにわざわざ接触回線ですか、レオン・ガルティエ少佐」


 汗が一筋、ユウキの頬を伝う。焦りが表に出てしまいそうになるのをぐっと(こら)えて、なんとか平静を保つ。


『君と話してみたかったのさ、ユウキ・シンドウ』

「……なぜ僕の名を」

『もちろん知っているのさ。君たちの作戦の手順からアームドウェアの配置まで、全てね』

「まさか、掴まされたのか」

『察しが良くて助かるよ。さて、君との鬼ごっこも楽しかったが、あと三〇秒でお別れだ』

「これも貴方の仕業か!」


 タイマーを止めようとモニター上にいくつもウィンドウを開いてみるものの、どれも上手くいかずユウキはチッと舌を打ち鳴らした。


『ユニットを排除すると次元穿孔システムが発動するように術式を組んでおいた 。十数秒で解除できるようなものではないよ』

「そのシステムがゴルコンダ・プロジェクトの鍵か」

『今更それを知っても遅いさ。そうだ、ウィス』

「はい、少佐」

『これからは好きにするといい』

「好きに? それはどういうーー」

『君は用済みという意味だ。では諸君、次元の彼方を楽しんでくれたまえ』

「おいっ、待ーー」


 テイムリッターが急に飛び退(すさ)って距離を取った直後に、タイマーの数字がゼロになる。すると周囲の景色が歪み、ユウキとウィスが乗った機体は何かに飲み込まれたかのように姿を消した。

次から本編(?)です。

誤字脱字など見つけた際はご連絡ください。

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