プロローグ 〜前編〜
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『継接のパルチザン』、楽しんでいただけば幸いです。
「敵のアームドウェア部隊の動きに違和感があるように思えるのですが」
「いきなり何だ、この忙しい時に」
敵襲の対応に追われ慌ただしい司令室で、中佐は人差し指を小刻みに動かし続けながら少し強めの語気で続きを促した。
彼の苛立ちに気付いていないのか気付いていて無視しているのかは分からないが、男は何食わぬ顔で赤い点と青い点が入り乱れるモニターを指差した。
「私には戦力差に攻めあぐねているように見えるがね。だが確かにアレは計画の要、万が一があっては事だ。そんなに気になるなら、君が前線に出て奴らを潰してきたまえ」
「はっ、了解しました」
踵を返して司令室を出た男は、歩きながら通信機を取り出した。
「ドクター、手筈は?」
「整っておる。ここまで君の読み通りになるとは、少々恐ろしさも感じるよ」
靴底が廊下を叩く音を一定のリズムで刻みながら、男は通信機から聞こえる老人の言葉に飄々と微笑えむ。
「あれだけの餌を使って釣れない方が難しいですよ」
「最高級の餌に食いついた魚を、わざとばらしてしまうのが君の計画なのかね?」
疑惑と批判の色が少し混ざった質問に、男は含みのある笑みを浮かべた。
「逃した魚にも使いようはある、ということです。私の本命はさらなる大物ですよ、ドクター」
通信を終えた男が格納庫に入ると、整備兵たちは作業の手を止めて一斉に敬礼した。
「もう全機出撃準備できています。ご指示通りの術式を組んでおきましたけど、あんなもので本当に良かったんですか?」
「あぁ構わない。急に頼んですまなかったな」
担当の整備兵の説明を聞きながら、男は紫に塗装されたアームドウェアのコクピットにすべりこんだ。
「そう思っているなら次からは早めに頼みますよ、少佐」
「ふっ、気をつけよう」
コクピットが閉じた数秒後、機体の瞳が赤く光る。少佐と呼ばれた男が搭乗している紫の機体を先頭に、同型の黒いアームドウェアが三機続いて格納庫から出ていった。
目立たないように、速すぎず遅すぎず、それでいて堂々と、ユウキ・シンドウは格納庫の端を歩いていた。
自身の鼓動が聞こえるほど緊張しているが、それをなんとか押し殺す。整備兵の服を着ているものの、少しでも違和感を出してしまえばすぐに気付かれてしまう。
そう思うと、少しずれてしまっている眼鏡を直す動作すらも目立つ気がして、ユウキはただ歩き続けた。
ついさっき後続の部隊が出撃したばかりで、周りの整備兵たちはまだ忙しそうにしている。
その慌ただしさに紛れながら、ユウキは格納庫の隅に一機だけ残っていた人型機動兵器の足元に辿りついた。
「これがDBSーP01……」
つい昨日までは専門のスタッフしか入ることのできない特別開発室にあったため、ユウキもこの機体を見たのは初めてだった。
後ろに向かって伸びたブレードアンテナにツインアイのカメラ、装甲は白に近い明るい灰色。両手の甲には水色の淡い光を放つクリスタルがはめ込まれている。
基本的なデザインは先ほど出撃していった軍の主力アームドウェア『テイムリッター』と大差ないが、唯一特徴的なのが両肩の上に増設されたユニットのせいで歪なシルエットになっている点だった。
機体の周りに人影はない。ユウキは垂らしたままになっている昇降機に足をかけた。
「何やってんだ! そこから降りろ!」
ユウキに気がついた数人の整備兵が走ってくる。しかし彼らが機体の足元までやってきた時には既に昇降機は上部に到達していて、ユウキはコクピットに潜り込んでいた。
「降りろと言われて降りる人間が、こんなことをするわけないだろ」
ハッチを閉じると、コクピット内に周囲の様子が映し出された。機体の足元では数人の整備兵が怒鳴っており、また別の者は必死の形相で通信機に向かって叫んでいる。
しかしユウキは外の様子など気にもせず、ヘルメットを被りながら出撃前のセッティングを進めていった。
「プラーナエクステンション、緊急モードでスタート。各部チェックは全て省略、と……『踏み潰されたくなければ退いてください!』」
外部スピーカーで格納庫内にいる人たちに呼びかける。生身でアームドウェアを止めようとする者がいるわけもなく、整備兵たちは各々近くのコンテナの影に身を隠していった。
ユウキは機体を歩かせて、部隊が出撃したばかりで開けたままになっていた発進口から格納庫の外へ出る。
「こちらスカウト、『鍵』の奪取に成功。繰り返します、機体の奪取に成功」
「上出来だ。迎えは予定通りの場所で待機している」
チャンネルを合わせて呼びかけると、すぐに反応が返ってきた。戦闘中なこともあって時々ノイズが混じるものの、通信できないほどではない。
「お前が合流し次第こちらも撤退を開始する。急げよ」
「了解、これからポイントに向かいます」
「どこへ行くの?」
誤字脱字などがありましたら、連絡ください。