体育祭準備編・7
体育祭準備です。
何か怪我ばっかして、呪われているんだろうか。自業自得です。そうです。
風邪もひいたし。怪我もしたし。体育祭までにな余裕で治るけど。
「とりあえず、清宮は見学な」
「うー。ごめんね。本当に。練習出来ないし」
海藤君に平謝りです。
「大丈夫だって。どのぐらいで治りそう?」
「2週間ぐらいだって。その頃には大丈夫だと思う」
「了解了解。じゃあ俺は体力作りでもしておくから、清宮は……雑用なのか」
「うん。相良先生の所で体育祭の雑用手伝ってくるよ」
「(家に帰らない所が清宮らしいよな)」
「それじゃあ海藤君。また明日ね」
「あぁ。明日な」
海藤君と別れて、相良先生の所へ向かう。
実は、ちょっと。いや、かなり気まずいんだけどね。本音を言えば。けれど、何も手伝わずに、自宅でも何も出来ずにいるのって辛いし。ここは素直に、お手伝いをしに行きますよ。
「相良先生。失礼します」
しかし、相良先生の瓶底眼鏡は標準装備って勿体無いよね。
実はかなりのイケメンで。攻略相手じゃないのが不思議なぐらいの美形なんだけど。
もし攻略相手だったらきっと、純夜と両思いになった時に瓶底眼鏡を取る、とかそんな感じなのかな。多分。そういえば最近、なんかゲームのシナリオがスタートしたって実感がないんだよねぇ。
当初はイベントが始まってたはずなんだけど。
「何をしてるんだ?」
「……ちょっと考え事をしてました」
扉をノックして声をかけたのにも関わらず、すっかり思考の渦に入っていて、相良先生が扉を開けたのにも気付かなかった。うん。あの時ぶりだけど。2人っきりで会うのは。
おや。意外と平気かも。意識さえしなければ。
よし。意識しないぞ。よしよし。
「お手伝いに来ました。何すればいいですか?」
準備室に入って、きょろきょろと辺りを見回してしまう。
「冊子を作るから、仕分けしてくれると助かる」
そう言いつつ、相良先生は私の座る椅子を下げてくれる。なんという紳士っぷり。
「所で、怪我は大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。2週間ですけど。完治まで」
「重症だろう、それ」
「家だと過保護で」
ご飯も作らせてくれない所か、お茶すら淹れさせてもらえません。
ぼそりと言えば、当たり前だな、なんて言葉が返ってきた。何だろう。この過保護な人たち。
「紅茶でいいか?」
「あ、はい」
手袋だから、用紙の仕分けが難しい。けれど、爪が剥がれているから、これがないと痛いんだよね。
「武長から聞いたぞ。清宮は無理をし過ぎだな」
こぽこぽと、紅茶を注ぐ音と、相良先生の重たい声が静かな室内に響く。
うぅ。返す言葉がございません。
「でも、猫は無事でした。怪我もなんとかなって。今は里親募集中ですけど」
「猫も、だけど、清宮がね。心配だって言ってるんだ」
紅茶のカップを持った相良先生が、私の額を優しく小突く。
「心配かけてすいません」
それしか言えずに呟くように言えば、今度は頭を撫でられた。
「圏外があるのが問題だって、武長がアンテナをたてるらしいぞ」
「そうなんですか……」
なんと。それは初耳。驚けば、当然だろうと返された。そうかな。そうなのかな。
「それと、井戸は完全に塞ぐらしい。今は立ち入り禁止になったな。これを機に、裏山を手入れするらしい」
「……大事になりましたね」
うん。予想外に。
猫を追いかけていた時は、全く想像していなかったけど。相良先生から改めてその後の状況を聞くと、驚きしかないんだけど。裏山は確かに危ない場所ではあったんだけど。
人の出入りは、多分ないのかな。
私が書類を分けながら眉間に皺を寄せれば、相良先生が私の向かい側に腰を下ろして、書類を分けだす。
「裏山は元々危なかったんだ。まぁ、清宮の件が決定打にはなったが、そうでなくてもいずれ手はいれてただろう。あそこは溜まり場にもなってしまっているし」
「そうなんですか」
知らなかった。
色々と知らなかったけど、でも切欠はやっぱ私かぁ。
「そういえば、よく私の場所がわかりましたね。携帯も圏外で足は痛いし、駄目かと思ったんですけど」
「……」
私の言葉に、口を噤む相良先生。心なしか、蟀谷に皺が寄っているような気がするんだけど。
一応書類を分けながら。時間がかかるけど。ちらっと相良先生の様子を伺う。
「後から聞いて、怖かった。すごく怖かった。もう、そういうのは止めてくれ」
様子を伺っていたら、相良先生から搾り出すように懇願する声が聞こえた。
心臓が締め付けられるような苦しさをもっていて、私は情けなくも眉尻を下げる。純夜にも龍貴にも心配されたんだけど、やっぱ何度も思う。心配かけてごめんなさいって。
「ごめんなさい。気をつけます。本当に」
それ以外は言えずに、私は手を止めて視線を机の上へと落とした。
数秒かもしれないし、数分かもしれない。
そんな沈黙。
こつっ、と音が聞こえた。踵を着く音だろうか。
こつこつ。
足音が、私の後ろで止まる。それと同時に肩にかかる温もり。
え……と。
「あぁ、気をつけてくれ」
どうして、何処かの少女マンガみたいな展開になっているんでしょうか。
場違いな思考だとは理解しているけど、現実逃避のように、そんな事を考えてしまう。
「本当に。死ねるかと思った。どうして俺がそこにいなかったのか。助け出すのが俺じゃなかったのか。本当に……本当にすまない」
「──ッ」
現実逃避していた思考が、いっきに後ろから私を抱きしめている相良先生に向く。
「相良先生が謝らないで下さいッ」
小さな、囁くような、搾り出した声だった。
相良先生が謝る事じゃないのに、相良先生は何度も謝る。
自分が助けられなくてすまないと。
「あぁ、もう。先生は謝らなくていいんです! 私でしょう。謝るのはッッ」
「それでも、俺が助けたかった」
温もりが離れると同時に、相良先生の形の良い唇から紡がれた言葉。
一体、相良先生は何を背負ったのだろうか。
わからない。
わからないけど、きっと──……私が考えなきゃいけない事なんだと思う。




