ちょっとした行方不明・武長正人視点・1
「聞こえた璃音の声の内容はどんなものだった?」
まるで競歩をしているかのような速さで歩き続ける中、気になった事と不安を紛らわす為に瀬川に尋ねる。璃音の性格から考えると、瀬川に伝わる程の心からの叫びをするような性格ではないからだ。
だが、実際は瀬川は璃音の声を受け止め、こうして動いている。
つまり、普段はありえない璃音の感情の叫びに不安しか覚えない。
もし、瀬川が学校に残っていなかったら?
二階堂が協力をすると言わなかったら?
それを考えると、背中に冷たいものが走り抜ける。
璃音。璃音璃音。俺に瀬川や二階堂みたいな“力”があったのならと思わずにはいられない。どんなに迫害されたとしても、璃音の手助けになるなら俺は力を望むだろう。
いつからか。
どうしてか。
何故ここまで璃音に惚れてしまったのか。気がつけば特別になっていた。ありがちな言葉だが、それしかない。
違和感なく俺の特別になっていた璃音。それを疑問に思う事なんてただの1度もなかった。
ただ、それが恋であり愛であるという事に気付いたのは、璃音が高校3年になった後だったように思える。卒業さえしてしまえば、教師と生徒という枷はなくなる。
その途端に自分の中でピタリと収まった感情。あぁ、愛してる。
当たり前のように。
それが初めからその感情だったように、俺は璃音に愛していると伝えたい。
「誰か助けて。この子を助けて……ですよ」
俺の言葉に瀬川が答える。
「……相変わらずだな」
決して自分だけの事は助けを求めず、自分以外が関わった場合のみ助けを求める。
何て不器用で愛しい存在なのだろうか。自分の事を疎かにしている。他者から見ればそうだろう。だからこそ俺は、自分を守らない璃音を守りたいと強く想い、そして願う。
それは庇護欲だろうか、独占欲だろうか。
俺だけには頼ってほしいという願いだろうか。
ぐちゃぐちゃに混ざった感情が”理由”を決める事だけは邪魔をする。それはきっと、俺の中で俺自身が理由を求めていない。だからだろう。
理由なんてそんな些細な事など俺には必要ない。
ただ、それだけの話だ。
何て単純な思考。5年以上見守り続けた璃音。
前を向き、迷わずにまっすぐ歩く姿は変わらない。
瀬川。
二階堂。
いつもだったら絶対に力を借りたいなんて思わない。
だが、この件で璃音を見つけたのなら、俺は初めて感謝の感情を覚えるだろう。山道の草木を割って入るように、二階堂いるであろう場所へと向かう。
裏山に、二階堂の家がある。それは小屋と表現していいかもしれない。だが、小屋にしては立派で、家と呼ぶには寂しい建物だ。
二階堂が自分の為だけに建てたもの。
ここは二階堂が土地を買い取り、建てた。という話しか知らないが、それ以上は踏み込むなとばかりに冷めた眼差しを他者に向けるだけ。
全てを得たはずの二階堂の虚無な心。
それを満たす存在など俺にはわからない。
だが、今回の件であっさりと言って良い程、簡単に動いた二階堂に対し、嫌な予感を覚えたのは俺だけだろうか。
何かの扉を開けてしまったかのような……そんな不安が胸を過ぎる。瀬川も俺と同じなのか、その表情は今までに見た事のない程に、不安げに見えた。
ただ、瀬川の璃音へ向けるまなざしは、まだ。そう、まだ愛情は含まれてはいないような気がする。その事に安堵を覚える自分に笑いたくなるが、それを表に出すような真似はしない。
こういう所だけは大人になったなと思う。
いつも余裕でありたい。
大人でありたい。
璃音が頼れるようにと。
そんな事を考えていたら、思いの他早くに二階堂の家にたどり着く。
何かをやっているのか、この場所は二階堂の許可を貰わなければたどり着けないようになっている。
一体コイツの正体はなんなんだと思うが、今は逆にそれが頼もしく思えてくる。
現金なものだと、自分の感情に軽く吐き気を覚えながらも足を止めた。
そこに居たのは、既に玄関の前で真面目な表情で立っている二階堂。どうしてそんなに真面目な表情を浮かべているんだ?
何故?
疑問符だけが浮かび上がる。
嫌な予感がする。気のせいだと否定出来ない。
ひょっとして、と俺は二階堂を凝視した。だが、二階堂はそれ以上俺に読ませないように表情を無表情へと変える。いつもと同じ表情だ。
これしか見た事がなかった。
二階堂の表情は、二階堂自身が頑張っていつもと同じ表情を浮かべさせているようにも思えた。
それは、俺の気のせいだろうか。
あぁ。嫌な予感がする。
璃音が心配で3人ともその気持ちに嘘はないのに、何故か嫌な予感が消えてくれない。
二階堂。
お前はどうして動いたんだ?
何の疑問も挟ませずに無表情を装って。
その理由を、俺はまだ知りたくない。
一刻も早く璃音を見つけて救い出したいという感情と、璃音を見つけた時の二階堂の反応は見たくない。そんな感情が混ざり合っていた。




