ちょっとした行方不明・瀬川律視点・1
「痛っ……」
突然脳裏に響いた声に、咄嗟に頭を抑え付けた。ここまで響くような声は久しぶりだ。目の前にいるわけじゃないのに、響く声。その声は、つい最近親しくなった人物の声だった。
誰か助けてッッ。
確実に何かがあった。学校の近くで。それは分かるのに、詳しい場所は俺には分からない。清宮の事は良い友人だと思っている。統矢の想い人で、ずっと前から話を聞いているし、その想いは俺にも切ない感情と共に伝わってくる。
だからこそ、尚更助けたいと思った。普段は助けてなんて言わない清宮の叫び。どうにかして助けたい。
それに、清宮の性格を考えると、大事にはして欲しくはないのだろう。
3-0の存在を知っていて、尚且つ清宮の弟に連絡を取れる相手。
携帯を使用出来るのなら、あの声はない。一応電話をかけてみたが、繋がらなかった。
仕方なく。本当に仕方なく武長に会いに行く為に特別棟に足を向ける。この学園の関係者で、態々特別棟を買い取って、理事長に貸しているという面倒な事をしている変わり者。清宮の弟とは、確かメアドの交換はしていたはずだ。
中学の時に起こった事件の時に。
武長がいる部屋の前に立ち、少し強めにノックをする。強めにノックしたのが良かったのか、部屋の中から少し気だるそうな声で開いている、という返事があった。
「失礼します」
一応一言言ってから扉を開ける。
「お前か。珍しいな……」
武長の本心から出た言葉と、驚いたような表情。
「清宮の声を聞いた。誰か助けて。そんな言葉が俺に響いてきた」
簡潔に話した俺の言葉に、武長の表情が変わる。本当に分かり易い。ガードをしているはずなのに、武長の強い感情が伝わってくる。
「何処……にいるんだ?」
こんなに取り乱した武長を初めて見た。いつもは余裕綽々な表情を浮かべているのに。
「声しか聞こえなかった。アイツの力を借りたい」
俺がそう言えば、一瞬表情を変えた武長は携帯を取り出す。アイツだけで誰かがわかったらしい。
「それと清宮の事だから、大事にはしたくないはずだ」
携帯をいじる武長に言うと、すぐに分かってるという返答が返ってきた。
「分かってる。義弟の方にはメールで送った。義弟の事だから、今から来るだろう。アイツ──……二階堂には今送ったが、協力してくれるかは分からない……な」
「それは俺にも分かりません」
アイツ。二階堂 雪。俺なんかとは比べ物にならない程の力を持っていて、3-0に所属しているが、性格は気まぐれ。協力する──何て言葉とは程遠い性格で、自分のしたい事だけしかしない。
けれど、ここで予想していない事が起こった。
「……協力するから裏山に来い、と」
あっさりと二階堂が動いた事に、安堵よりも戸惑いが勝った。同じ3-0というクラスで、何度か会ってはいる。3年間顔を合わせているが、二階堂が誰かの願いを聞いた事などただの一度もない。
人に合わせるのが面倒で、常に1人。
誰よりも強い力を持ち、全身で他人を拒絶している。
メールを送れば返答はなく、話しかければ拒絶の感情だけで傍に近付く事も出来ない。
それが、武長が送ったメールに対し、1分もしないうちに返答がきた。
半分以上諦めていた願いだっただけに、正直身体の力が抜けそうになる。
けれど裏山という事は、やっぱり声は近い所から聞こえてきたんだなと、納得する。清宮は体育祭の練習をしていたはずだから、この短時間に何かがあったのだろう。
「義弟の方はそろそろ来るそうだ。裏山に来いとメールで返事を返しておいた。行くぞ」
ハンガーにかけていた上着を引っ手繰るように取ると、武長は俺の返事を待たずに歩き出す。
清宮の危険に、ガードをしているのにも関わらずに伝わってくる強い感情。小さい頃からこんな力を持っていた俺には理解出来ない感情の1つだ。幾ら外面を取り繕ったとしても、内面で何を考えているか分かってしまう。
制御が出来るようになるまで、正直辛かった。
まぁ……清宮の心がガードをしていないのに関わらず、伝わって来る事に興味はあるけれど、ただそれだけだ。統矢の想いを踏み躙るような感情じゃない。
だから、ただの観察対象でしかない。それだけだ。
そう思いながら武長の後を追って、裏山を目指して走り出す。そういえば裏山には井戸があったはずだ。中学の時に見つけたが、確か薄い板で入り口が隠され、誰かが踏めば落ちてもおかしくない。
ひょっとして、そこに落ちたんじゃないだろうか。
でも詳細な場所は覚えていない。やっぱり二階堂の助け無しじゃキツイな……。
けれど、何故二階堂は力を貸してくれるのか。俺自身性格的に合うと思った事はただの1度もない。ただ有している力は、俺とは比べ物にならないぐらいに強い。気まぐれで、自分の興味を引かれるもの以外では動かない。
それについては俺も同じだが、それでも好きになれないのは、あの全てを分かっていると言わんばかりの態度だろうと思っている。
外見は銀髪に赤色の血の様な瞳。肩につくかつかないかのギリギリの長さの髪を、後ろで1つに縛っているが、容姿だけで言うならかなり人目を引く。
その二階堂があっさりと動いた。無理だと思っていたから、驚いたのが本音だ。俺が知らない間に、何か接点があったのだろうか?
考えても分からない事だが、何故か考えてしまう。
いつ、2人は出会っていたんだ?
わからないけど、二階堂から俺たちの姿を確認出来る位置に来た時に見えた表情は真面目なものだった。俺たちが二階堂の元にたどり着く前に、歩き出した二階堂。
ついて来い、という事か。
心なしか、歩く速度が早い気がする。あぁ、でもこんな風に焦る表情を見せたのは初めてだ。
裏山をどんどんと歩いていくと、俺も段々と思い出してきた。そうだ。こんな感じの山道を歩いた気がする。
「ここだ」
二階堂が足を止め、穴の開いた木の板をはがしていく。今までの行動だけでも驚いたのに、更に驚かされた。こんなに必死な表情を浮かべるなんて。
俺と武長も、木の板をはがし出した。
全てをはがし終えてから井戸の中を見てみると、そこには倒れている清宮と、その腕の中で小さく鳴く猫の姿が見えた。
「──ッッ!?」
咄嗟の事に言葉が出なかった。その変わりとばかりにヒュッと喉が鳴る。
「清宮ッ。清宮ッッ!!!」
思わず叫んでいた。
それでも清宮は動かない。
ピクリとも、動いてくれなかった……。




