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体育祭準備編・相良秀人視点・1




 生徒に対して、これは干渉し過ぎだ、という事を自覚しながらドラックストアで買い物を済ませる。こういう時、教師はいいな。途中抜ける時間があれば買い物にも行ける。本来なら許される事ではないだろうが、今回は俺の為に抜け出す。

 これで自覚してくれたらいい。実感してくれたらいい。


 いつまで経っても自分は関係ない。

 それを貫き通す想い人に。


 無理やり押し付けて。

 生徒に対してのやり過ぎを見せつけ。

 そして話しかけてくるのを待っている。

 俺しかいない屋上まで、彼女が上ってくるのを待っていた。璃音の性格上、俺に礼を必ず言いに来る。そして、屋上によく俺がいる事を知っている。

 それだけ璃音には、俺の情報を教え込んできた。

 年上だとか教師だとか許されない恋だとか。そんなものはどうでもいい。今までは抑えてきたが、璃音はもう高校3年生だ。

 外部受験で卒業してしまえば、接点は何もなくなる。俺の中でそれは絶対に許されないものだ。

 璃音と会えなくなる。

 素直に、嫌だと思った。そして、璃音を想う男達を見ていると、横並びで誰も璃音の傍には行けていない。それに気付いた。

 だから、杭を打ち込む。璃音の心に。最初に杭を打ち込んだ存在になる為に。


 煙草を吸いながら、俺は校舎に向かって歩いてくる璃音の姿を確認する。いつもよりも早めの通学。

 人の少ない時間に、俺に礼を言うつもりだろう。璃音らしい行動だ。だからこそ、こんなに簡単に俺に近付いてくる。俺が張った罠だとは気付かずに。

 煙草を携帯灰皿の中にいれ、俺は璃音を待つ。こんな時間も楽しいと思える程、俺はいつの間にか璃音の事がこんなに好きになっていた。何故だろう。どうしてだろう。年下の少女に出会っただけで、恋愛対象になるような相手ではなかったはずなのに。

 その時、屋上の扉が開く音がした。璃音だ。


「相良先生。おはようございます」


 俺の背に向かい、迷わず声をかける璃音。焦らすようにゆっくりと、璃音の方を振り向く。向ける眼差しはあくまでも真っ直ぐに璃音だけを視界へと収める。


「おはよう。体調は大丈夫か?」


 顔色はあの時と全く違う。血色が良い。化粧なんてしなくても透き通るような透明感のある肌。俺を真っ直ぐに見つめる強い眼差し。同級生の殆どが化粧をしている中、璃音は何もしていない。精々日焼け止めぐらいか。それも香りのしないもの。璃音の傍にいると、璃音自身が放つ香りに酔うのは俺だけだろうか。


「はい。昨日いただいたものが、すっごく活躍してくれました」


 笑顔で報告をする璃音。

 俺だけに向けてほしい。そう思っている事に、何一つ気付かない。


「そうか。それなら良かった」


 笑顔を浮かべ、璃音の言葉に頷く。体調不良で璃音が苦しむ時間が少しでもなくなるなら、それでいい。


「でも先生。すごく嬉しいんですけど、お金を使いすぎです。

 そんな事を生徒にしていたら、勘違いしちゃう子が出ちゃいますよ」


 忠告のつもりなのか、璃音は笑いながら俺に言ってくる。

 あぁ、やっぱり全然気付いていない。

 気付かない。

 それは昔から変わっていないが、女性へと近付く璃音を見ていると、それを歯がゆく思う。

 この学園でただ1人、俺の本当の姿を知っている璃音。

 ダサいといわれるような瓶底眼鏡も、俺に余計なものを近付かせない為の道具の一つだ。服装も、体型が出ないものを好き好んで身にまとっている。

 俺に近付く女は璃音だけでいい。

 それに全く気付かない璃音に、俺の口から笑いが漏れた。

 思わず、俺は腕を伸ばして璃音の頭にその手を置くと、頭を撫でだした。触り心地が良くて、いつまでも触っていたくなる。

 これで俺に靡く女に興味はないが、璃音はこの程度では靡かない所か、気付かない。璃音が俺を見た後、微かに溜め息を漏らしたのがわかった。

 おそらく、これも注意しないと、と思っているのだろう。それを言われる前に、撫でている手とは逆の左手の人差し指を、璃音の唇に当てる。

 柔らかな唇。

 それだけで理性が吹き飛びそうになるなんて、何処かのガキか俺は。そうは思いつつも触っていたくて、一連の流れのように不自然ではなく、親指と人差し指で璃音の顎を持つと、優しく、それでいて強制的に顔を俺の方に向けさせる。

 そして、まだ触れていたい唇を、親指でスッと撫でた。やっぱり柔らかい。

 俺にそんな事をされるとは全く思っていない璃音は、音がたちそうな程固まったのが分かったが、俺はその行為をやめる気は更々なかった。

 そろそろ、ただの教師から1人の男として見て欲しい。

 俺のただの欲求を璃音に押し付ける。

 自覚しているが、止められないし止める気もなかった。

 固まっている璃音を余所に、俺は眼鏡を外して璃音だけを見つめる。こうして俺が素顔を晒すのは璃音の前だけだ。

 それ程俺にとって特別だと、未だに自覚出来ない璃音。

 どうして俺がこんな事をしているか分かっていないのだろう。分かっていたら、きっと今頃逃げている。

 恋愛ごとには腰が引けている、と言っていいのだろうか。逃げている璃音に、俺の行動の真意はまだ伝わっていない。


「勘違いをしてほしいから──……した。

 清宮。そろそろ周りを見ろ」


 口から出た言葉は苗字。

 本当な璃音と呼びたいが、肝心の璃音に逃げられたら本末転倒だ。だから、少しだけ距離を近づけさせる。


「……」


 俺の言葉に、璃音は言葉を発する事も、動く事も出来ずにいる。

 これは予想内の行動だな。


「それじゃあ、また後でな」


 最後に、璃音の頭を撫でてからその場を立ち去る。俺が立ち去る事で考えればいい。心地よい風に吹かれながら、俺の言葉の意味をかみ締めればいい。

 俺が璃音を好きだという事を分かればいい。そうしなければ、俺はきっと璃音を手に入れる為に、ありとあらゆる手段を使ってしまうかもしれない。

 自覚していない璃音を見るのはもう最後だ。


 教師として、高校在学中は手を出さない安心感は与えるつもりだ。けれど、時々楔をうつ事は忘れない。

 その他大勢と同じ扱いにされたくはないからな。






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