体育祭準備編・6
すっかりと調子を取り戻した私は放課後、海藤君と片足を結び、校庭に立っていた。遅れてしまった分を取り返さなければ。思う事はただそれだけ。
「大丈夫か?」
朝から何度目かになるかわからない、私を気遣う言葉を口にする海藤君。
「大丈夫だよ」
私も朝から言い続けている言葉を口にする。何時までも続く押し問答。相当心配させた事に申し訳ないと思いながら、妥協案を出してみる。このままだと、何処までいっても平行線を辿るだけの話し合い──にもならない言葉のやりとり。
私は紐を片手に海藤君を見上げると、これはどうだろうとばかりに口を開いた。
「少しでも体調が悪いなって思ったらすぐに言う。それでどうかな?」
これで妥協してくれなかったらどうしよう。体育祭まではまだ時間があるし、無理に今日練習しなくても別に良いといえばいいんだけど。
腕を組みながら、海藤君の返答を待ってみる。
風邪扱いされてしまったから、仕方ないとは思うけど。それに本当の理由は言いたくないし、言うべきではないと思ってる。相良先生はそんな冗談を言う性格ではないから、本気そう。本気──……だとわかるけど、それを言うのはとても危険な内容だ。
先生と生徒。中身がどうであれ、私は今年18歳の高校生。お互い、それには口を噤んだ。場所を考えて危険だと思えば、口に出す事はしないだろう。
あぁ、でも今更照れる。すっかり枯れ果てていた恋愛という感情なのに、こうして言われてしまえば、胸がドクンと大きな音をたてる。
赤くなりそうな顔を横に向け、心を落ち着かせた。
多分だけど、相良先生は現時点ではこれ以上求めない。あまりにも気付かない私に爆弾を投下し、忠告してくれたのだろう。
あまりに無防備だったから。
自分を蚊帳の外に置くあまり、自分が恋愛対象になるなんて思ってもいなかった。ナルシストではなく、客観的に見て璃音の容姿は可愛い。
中身を知られると、ただの友達というかおかんというか、そんな感じになるから油断していた。
そう。完全な油断だ。
冷静に分析しよう。そうすれば、頬の赤みは薄れていく。
今、自分がやるべき事は練習だ。練習をしまくって、どうせなら1位を取ろう。上を目指して頑張ろうと自分を奮い立たせ、海藤君にどうする?と眼の力で問いかける。
「わかった。体調が悪くなりそうだったらすぐに言ってくれよな」
「うん。わかった」
海藤君の許可が漸くおりたから、今まで出来なかった分も含めて練習しよう。お互い視線を合わせてみれば、同じ意志を感じ取れる。海藤君もやる気だね。力を合わせて頑張ろう!!!
そんなやる気になった私と海藤君の練習は、私の筋肉が悲鳴をあげるまで続けられた。……海藤君の体力は半端じゃなかったよ。本当に。
私も鍛えていないわけじゃないけど、ついていくのは無理だった……。もっと鍛えよう。せめて体力だけでも追いつけるように。
そう心を固めている私の横で、海藤君は立って息を整えていたが、それは必死に平気なフリを続けていた。どうせなら校庭に横になってしまいたい程度には疲れていた。ただ、私の方を見れば両手を膝につけて息を整えているだけ。
それを見て、根性だけで海藤君は立っていたのだ。
「(清宮より体力がないとか、そんな事は嫌だ)」
流石に男として、そんな事は表に出さなかった。お互いがどう思っているかも知らずに、2人揃ってそんな事を考えていたのだ。
心地よいというには疲れすぎた身体を、表面上には出さずに平常心のような体裁を整えて歩いていく。ぐーたら生活を多少なりともしてしまっていた私としては、今日の練習はかなりハードに感じられた。
それでもご飯を作るのは私の役目だというのと、私自身もお腹がすいているから早く食べたい。そんな感情だけで私は冷凍庫から材料を取り出そうとし、その動きを分かりやすく止めた。
視界の隅に映るのはピザ屋のメニュー。あぁ。ピザって美味しいよね。
家で作るピザも美味しいけど、注文するピザも美味しくて大好きだ。メニューに吸い寄せられるように、ふらふらとした足取りでメニューを持っている純夜の元へと歩いていく。
「純君お疲れ様。お帰りなさい」
メニューを持つ純夜の表情も疲れている。運動神経も良い純夜はこの時期も頼られる。それは龍貴にもいえる事だけど。
今まで私は逃げていたけど、2人は毎年こういう疲れを体験していたのなら、頭が下がる思いだ。私と違って2人は、体育祭にも協力的だ。
去年までは楽に応援だけしていたけど、私も今年はそうはいかない。
体育祭という行事にガッツリと足を踏み入れた今年は、私の方も余裕がなくなってしまった。
「姉さん。今日はピザにしよっか。何種類か頼んでさ」
純夜の提案に、私は間をおかずに頷く。ピザ屋のチラシを見てから、私の頭の中にはピザ一色になっていた。久しぶりだし。美味しそうだし。簡単に言えば食べたい。
ただそれだけだった。
「新しいピザも頼んでみたいね」
「うん。美味しそう。それと定番も外せないよね」
「姉さん好きだもんね」
「うん。大好き!」
チーズたっぷりマルゲリータ。毎回これだけは外せない。
「でも、これもちょっと興味があるんだよね」
それはチーズに蜂蜜をたらしたピザ。テレビで見ていたら、無性に興味を注がれたんだよね。だから次はこれも頼んでみようと機会を伺っていた。
「テレビで美味しそうだったし。龍貴も呼んで、5種類ぐらい頼んじゃおっか」
純夜の言葉に、ちょっとだけ考える。純夜も龍貴も、平然と2枚ぐらいは食べる。Lサイズで。
そう考えると5枚は少ないだろう。
純夜は私が考えている横で電話を手に取り、電話をしていた。相手は龍貴だろう。声は聞こえなかったが、純夜の言葉で龍貴も家に呼ぶ事に成功したらしい事だけは分かった。
これで5枚……いや、6枚ぐらいは頼もうかな。サイドメニューも頼んで。
正直な所、私も身体を動かしたのでものすごくお腹がすいてる。今日だけは、私もLサイズ一枚はいけそうな気がした。




