君は誰?・1
土日は自堕落に過ごしすぎた。少しお腹の辺りが心配だけど、大丈夫だろうか。太り難い体質ではあるけれど、食べては横になるという生活を2日間も続けていれば、心配になるなという方が無理もないと思う。何だかんだといって、いつもの休みは動きっぱなしだから、尚更そう思うのかもしれない。
けれど、その自堕落な生活に身を落とした事により、私は月曜日に学校に行くという、当たり前であってそうではない権利を手に入れた。
ベッドの上で過ごさなかったら、純夜からも両親からも許可はおりなかっただろう。それ程心配をかけていたので、大人しくを心掛けた。その甲斐もあって、許可をもらえたわけだけど。
あれだけ眠ったおかげか、相良先生の事は保留にしてしまえと冷静になれたし、良かったといえば良かったのかもしれない。
「うん。平熱だな」
そして目の前には龍貴の顔。額同士を当てて熱を計る癖がついているから、いつもの事なんだけえど、通学路でこれはちょっと止めてほしいなぁ……何て思っただけにしておく。
「平熱だよ。心配かけちゃったね。ありがとう」
ごめんね、じゃなくてしをありがとうと言うと、龍貴が嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。大きなわんこに見えるのは気のせいじゃないはず。
「でも本当によくなって良かったよな」
私は知らなかったんだけど、龍貴は土曜日も来たらしい。幾ら名前を呼んでも起きなかった私を見て怖かったとか。日曜日はリビングで純夜と遊んでいたし。主に見張り目的で。可愛い弟2人に頼まれて、家事をやるとかそういうのは出来なかった。
あまり可愛いというと2里が拗ねるから、口に出す事はないんだけど。
実際疲れも溜まっていたから、あんなに眠ったんだろうし。そう思うと、中途半端に休まず、あれだけしっかりと眠ったのは逆に良かったのかもしれない。
だから、今日は元気だ。凄く。
龍貴も私が平熱だったのに安心したのか、いっきに機嫌が良くなったし。それならちょっと恥ずかしいぐらいお熱の計り方も良しとしておこう。やっぱり純夜も龍貴も笑顔が似合う。こうして笑っていてくれると、私も嬉しい。
私も自然と笑みが溢れた。だって嬉しくて仕方ない。大切な家族がこうして笑ってくれていると。
向かい合ってにこにこと笑っている龍貴と私。それを見ていた純夜も仕方ないなぁ。と思いながらも笑ってくれる。
こういう時間は好き。幸せって想いで身体も心も満たされる気がする。ブラコンと呼ばれても全然気にならない。だって本当の事だし。
「それじゃ、とりあえず歩こうか」
純夜が腕時計に視線を落とした後に言った言葉。私も時間を確認する。慌てる程の時間じゃないけど、ゆっくりと行くから、もう歩き始めた方がいいだろう。
「そうだな」
進行方向に背を向けていた龍貴も、片足を軸にまわり、方向転換を済ませて歩き出す。龍貴も歩幅が大きいけど、私に合わせてくれるから、その歩みはゆっくりだ。私も歩くのが遅いわけじゃないけど、如何せん身長が違いすぎる。
この差はどうしても埋められないけど、もう少し身長は欲しかった。165cmだけど、170cmとかのすらりとした身長に憧れていたりする。165cmでも十分だとは言われたけど、私としては本当に、もう少しで良いから欲しかった。
何か中途半端な気がするのだ。小さくはないけど、それほど大きくもない。
う~ん……。私が悩んでいると、純夜が下から顔を覗き込んできた。その視線の意味はきっと、どうしたの? 体調が悪いの?と聞いているんだろう。
「体調は大丈夫だよ。身長がもっと欲しかったなぁ、って思ってたの」
「……」
純夜が少し目を泳がせた。
「……姉さんは十分だと思うよ」
その後、声を絞り出す。純夜とは今の所5cm程しか変わらない。でも純夜は少しだけどこれから伸びるのだ。
私はこれでストップだけど。
「んー。純君はこれから伸びると思うけど、私はこれでストップだもの」
少し頬を膨らませながら言うと、純夜がくすりと小さく笑い声を漏らす。
「姉さんは気にしすぎ。俺より姉さんの方が高かったら、俺は本当にへこむよ」
後半。純夜の言葉はこれ以上ない程本気だったと思う。
「おはよー」
教室に行くと、久美子ちゃんがいたので声をかける。肩まである黒髪を後頭部で一つに縛っている。いつも一緒にいるのは真美ちゃんだけど、久美子ちゃんも仲が良くて、グループを組むと、必ずと言って良い程一緒に組む。
メールアドレスや電話番号も交換しているし、結構仲の良い1人だと思う。
「おはよう。璃音。大丈夫だった?」
早退した私を気遣ってくれる久美子ちゃんに、笑って答える。
「大丈夫。2日間ゆっくり眠ったら、すっかり良くなったよ!」
本当は風邪じゃなかったし。という言葉は言わない。それにつっ込まれて、熱が出た理由を言うわけにはいかないし。答えながら自分の席に座り、持ってきたノートや教科書を入れていく。今日の宿題はもう済んでいるから慌てる必要はないし、他は……大丈夫かな。
相良先生はあの時2人っきりだから言えたのであって、2人っきりにならなければいいのだ。その問題についても結論は出ているから、悩む必要はないしね。
今日はすっきりと授業を始められそうだ。
まだ時間に余裕があるから、鞄から本を取り出して読み始める。今回の休みは殆ど読めなかったから、体が活字に飢えている気がする。欲求の赴くままに本を読んでいると、隣りの席の松永君が挨拶をしてきたからそれに返し、再び視線を本へと戻す。
後数分でチャイムが鳴る頃、海藤君が駆けて教室に入ってきた。寝癖がついていて、しかも慌ててるという事は考えなくても寝坊しかないだろう。
「おはよう。海藤君」
椅子を引っ張り出し、そこに身体を預けるように座る海藤君。呼吸は荒く、額には汗が滲んでいる。
「はよー……清……み…ね」
呼吸を整えながら挨拶をしてくる海藤君。初めは肩を上下させて呼吸をしていたんだけど、それはあっという間に収まる。
まさしく若さの証拠。それについつい笑みを漏らした。若いって本当に素晴らしい。
「何笑ってるんだよ」
私が笑っている事に気付いたのか、海藤君が何処か拗ねた表情を浮かべる。その表情は幼さが残るような気がした。
どっちにしても、若いという事には変わらない。
そんな海藤君を見ながら、ポーチからヘア用のクリームを取り出し、それを指先につける。
「ほら。寝癖」
後頭部辺りの寝癖だったから、指先に少しつけたクリームを、そのはねている髪の毛につける。
「あ……そこ?」
私が撫でた所を、自分でも触る海藤君。
なんかこういう所は龍貴に似ていて、ついつい世話をやいてしまう。
「……わりぃ。ありがとな」
「どうしたしまして」
余計なお世話にならなくて良かったと、内心ホッと胸を撫で下ろす。若い男の子って色々難しいね。




