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眠りについた記憶・1


 起きた時は何故だかわからないけど、涙が頬を伝って流れ落ちていた。泣くような悲しい夢でも見たんだろうか。全く記憶にない。

 枕の横に置いてあるお気に入りの、ふわふわなタオルを両目にあてる。ゴシゴシと力強く涙を拭いたら肌が傷ついてしまう。そんな事を冷静に考えながら、優しく目元にタオルを当てる自分に何故か笑いが漏れた。

 どのぐらい眠れただろうかと時計を見れば6時。眠れる自信はなかったけど、どうやら5時間程は眠れたらしい。

 でも、体の疲れは全く取れてはいないが、その代わりというか何と言うか。眠る前まで気になっていた相良先生の言葉に、まるで鍵がかかったかのように冷めた……まではいかなくても、暴れまくりたい程に恥ずかしいという感情は消えていた。

 これから、相良先生の言葉が本気でも戯言でも、答えは卒業式後。もしくは今すぐ求めるなら、ごめんなさいと相良先生と向かい合って、対話を成立させる事は容易く思えた。眠る前はあんなに、どうしていいか分からない感情に振り回されていたというのに。けれど、その感情全てが消えたわけじゃない。

 胸の奥には、恐らく璃音の人生で初告白イベントという、純夜の攻略相手ではない相良先生から言われた言葉に、照れている自分が存在している。ただそれ以上に、冷静な自分がいるだけの話。

 純夜が用意してくれたミネラルウォーターをグラスに並々と注ぎ、それを一気に飲み干す。からからだった喉が急激に潤いを取り戻し、漸く一息つけた気がした。



「土曜日だから、起きるにはまだ早いよね」


 いつもだったら、曜日なんて関係なしに朝食を作り始めるのだが、昨日の純夜の様子だと、ご飯作りの許可がおりるとは思えない。

 昨日、体調不良で早退をしたのだ。純夜の過保護が発動するには十分過ぎる程の理由になるだろう。

 大人しくベッドの上で過ごす事を決めた私は、そのままベッドに横になる。

 相良先生の事は、冷静になれて良かった。これで月曜日から普通に対応する事が出来る。眠れば何とかなる。頭の切り替えが出来たのだから。

 自分の中で結論が出た事に安堵したからなのか、急激に睡魔が襲い掛かってきた。私はそれには逆らわず、目を閉じた。

 今度は心地よい眠りにつく事が出来そうな気がした。理由はわからないけど、そんな気がしたのだ。

 それから1分も経たないうちに、私は完全に落ちていた。今度こそ、心地の良い眠りの世界へと。









 今……は何時だろう。ふと、そんな言葉が脳裏に浮かんだ。半覚醒状態といってもいいのか。このまどろむ時間も楽しいけれど、それよりも起きなきゃいけないという感情が勝り、私は重たい瞼を上へと上げ、状況を確認する。部屋の中はまだ明るい。まだ昼間なのか。それとも1日経ってしまったのか。

 そう思える程ゆっくり眠れて、疲れが完全に取れたのか身体が軽いのだ。

 枕元に置いてあった携帯を手に取り、日付と時刻を確認する。良かった。土曜日の15時半だった。誰かが起こしに来てくれたんだろうとは思うけど、気付かずにこの時間まで眠っていたんだと思う。そんなに寝不足だったのかな。こんな時間まで眠るなんて。

 幾ら考えても、同じ事を繰り返すだけなので、考える事を放棄した。考えた所で答えなんて出ないと思ったからだ。肉体的な疲れは勿論、精神的な疲れも取れて全体的に軽くなった気がする。

 これなら本当に大丈夫そう。ただし、今日と明日はベッドの上での生活だろうけど。純夜には相当心配をかけてしまっているだろうから、安心させる為にもゆっくり身体を休ませた方がいい。

 その時、朝食も昼食も食べていないお腹が、小さな音だったけど自己主張をした。そう言えば、水を一杯飲んだだけだったっけ。

 あっさりしたものでも食べたいな。

 ベッドから降り、カーディガンを羽織ってリビングの扉を開けてみたら、純夜がソファに横たわって本を読んでいた。扉の音で私に気付き、身体を起こして私の方を向く。


「姉さん!」


 純夜が目を見開く。そんなに驚く事をしただろうか……。


「眠ってなきゃ駄目だよ! それか横になって。用事なら携帯にメールでも電話でもいいからベッドの上にいて。俺がやるから!」


 どうやら、私の予想以上に心配をかけていたらしい。カーディガンを羽織っておいて良かった。そうでなければ、薄着だとまた心配事を増やしていただろうから。


「ん……。ちょっとお腹がすいちゃって」


 私が出てきた理由を言うと、ハッとした表情を浮かべながら早歩きでキッチンに向かう純夜。そこから次々と器をテーブルの上に並べていく。ん? 並べる??

 予想していなかった器の多さに、たじろんでしまう。


「純君たちは……」


「俺達はしっかり食べたから大丈夫。この中で食べれそうなものがあったら言って。レンジで温めるから」


 純夜の心配そうな眼差しに、罪悪感がズキズキと胸に突き刺さる気がする。


「食欲はあるから大丈夫だよ。ひょっとして、起こしに来てくれた?」


 聞いてみたら、純夜が頷く。起こしに行ったけど、全く起きない私を心配したのだろう。昨日からの心配がどんどんと積み重なっていって、最終的にはこの量になったんだと思う。

 うぅ。ごめんね。大切な弟に心配かけて。

 これ以上心配をかけちゃ駄目だ。本当は体調不良じゃなくて、ただ単に相良先生の告白に頭がふっとんだというか。それで照れて熱が出ただけだから、風邪とかの体調不良じゃないんだよ。

 だから食欲は普通にある。寧ろ、2食食べてないから尚更お腹はすいている。

 お腹がくぅ、と自己主張するぐらいだし。

 改めてテーブルの上を見てみると、きのこの雑炊にチンゲンサイとザーサイのスープ。肉じゃが。野菜中心のポトフ。人参のクリームスープ。かぼちゃの煮物。大根と鶏肉のスープ煮。スープ系が多いのは、私がスープなら食べれるかもと思って作ってくれたんだろうな。


「きのこの雑炊と、人参のクリームスープとポトフ。かぼちゃの煮物も食べたいな」


 全部美味しそう。本当は全種類食べたいけど、まずはきのこの雑炊から食べ始めよう。私が言うと、ご褒美をもらったわんこのように瞳を輝かせ、いそいそとレンジで温めてくれる。それだけで美味しそうな匂いが漂ってくる。

 くぅ、とまた私のお腹が自己主張した。その音は純夜に届いたみたいで、


「良かった。食欲はあるみたいだね」


 そんな言葉を言われた。お腹の音を聞かれるのはちょっと恥ずかしい。

 くすくすと笑いを漏らしながら、純夜は私をソファーに座らせ、ひざ掛けを渡してからキッチンへと向かう。温めたものを長方形のお盆に乗せて、私の前へと持ってくる。こんなに甘えきっていいのだろうか。風邪じゃないのに。

 温め終わった料理は、冷めていた時よりも美味しそうな匂いを漂わせ、私のお腹を鳴らそうとしてくる。一応腹筋に力を込めているけど、効果があるのかどうなのか。

 私は純夜に見守られながら、雑炊を手に取りスプーンですくうと、それを口の中へといれた。丁度良い温度に温められた雑炊は美味しい。


「美味しい~……」


 身体に染みるような美味しさ。内側から温まっていく感じがして、すぐに二口目を食べる。本当に美味しい。人参のスープもポトフも食べてみたけど、本当に美味しい。

 料理の腕が上がっているなぁ……。

 料理を楽しむと同時に、そんな事を思う。

 確か……料理が上手すぎる男の子は敬遠されるんだっけ? 今の時代は逆だっけ? どっちだろうか。そんな事を考えながら食べていたら、あっという間に食べ終わり、後は人参のスープを飲み干すだけになっていた。

 それも1分も経たないうちに飲み終えたけど。


「ご馳走様でした。純君ありがとう。本当に美味しかったよ!」


 お腹が満腹になってきたら眠くなってきた。それが純夜にも伝わったのか、手を引かれて自室のベッドへと連れて行かれると、純夜が布団を捲って早く眠って、という眼差しを向けてくる。目は口ほどにものを言うというけど、確かにその通りだと納得する。

 けれど睡魔には勝てそうになかったので、私は遠慮せずにベッドに横たわると、あっさりと眠りへと落ちていく。今度も、深い眠りだった。

 私が完全に落ちる前に純夜が何かを言ったような気がしたけど、私はそれを聞き返す事は出来ずに眠りへと落ちていくだけだった。






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