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前世編・失われた記憶・1

前世編です。

内容的には暗いので、苦手な方は注意してください。



 昨日の出来事を思い出しては枕に顔を押し付けた。

 何あれ?

 何だったの?

 一体何が起こった??

 ハッキリと言えば混乱状態に陥った私は、簡単に言うと昨日学校を早退した。真っ赤な表情カオと上がってしまった熱で、強制的に早退をさせられたのだ。

 本当は風邪とかそんなんじゃないと言いたかったが、その理由を言うわけにはいかず、大人しく武長先生と鷹野先生の両名に言われて早退した。

 純夜と龍貴にはメールで知らせておいた。心配するだろうけど、本当の事は言いたくないので、風邪じゃないのに風邪薬を飲んで、ベッドに横になる。

 それが昨日の話しだ。

 夜は雑炊にしてもらって、食べたらそのまま自室のベッドに横になる。あの事を考えないようにしていたら、余計に意識してしまって眠れない。

 何度もキッチンと部屋を往復する私に、純夜がミネラルウォーターを私に内緒で買ってきて、部屋に置いてくれた。2リットルを1ケース。あっても困らないから問題はないんだけどね。これを大量に飲むと今度はトイレとの往復になりそうだ。

 ベッドから降りたついでに、アイス枕を交換し、私は未だに熱を持つ頬に当てるようにして横になった。まだ眠れそうになかったけど、私がうろちょろとしていたら、純夜も心配して眠れないだろう。

 だから所在なさげに徘徊するように動き回るのは止めておこう。そう心に誓いながら、何とか眠ろうと目を閉じる。

 そうしたのが良かったのか、私の意識は段々と落ちていく。自分自身さえも気付かない闇の底へと。

 静かに。そしてどこまでも深く落ちていく。








 誰もいない小さな部屋に、私はぽつんと座っていた。

 小さな私から見ると、十分な広さだが、大人が1人増えるだけで狭くなる。けれど、今いるのは私1人。

 小さな手を伸ばし、私は段々と減っていく食料を少しずつ食べていく。最近は一日一食だけど、動かない私はそれで十分に足りている。

 両親の顔は、暫く見ていない。思い出したようにここに戻ってきては、日持ちがする食料を置いていく。私の目は見ない。私の方を見ない。けれどそれが当たり前だったので、私は疑問に思う事はなく、それを当たり前だと思っていた。

 食料を置いていってくれるだけでも、良心的だったのかもしれない。親としては最低の部類に入るかもしれないが。

 少し昔は、両親と同じ食卓を囲み、お父さんもお母さんも笑っていてくれたような気がする。私の大好きな表情だ。最近、母はしかめっ面で笑顔を見せてくれなかった。

 父と怒鳴りあいをしてから、両親はあまりこの家に帰ってこなくなった。子供ながらに、何かがあったんだろうと感じたが、思考はそれで止まる。

 私を見てほしくて考えたけど、お父さんもお母さんも私を必要としていなかった。でも、笑顔が見たかった。

 笑っていてくれた頃の幸せな記憶。

 大好きなお父さんとお母さん。その幸せそうな笑顔を見ていない。

 だから寂しい。

 そうだ。寂しいんだ。大切な2人の笑顔が見たいのに、見せてくれない。どうやったら見せてくれるんだろう。小さい子供なりに考えたが、どうしていいか分からない。



 小さな手で食料を掴み、口に運ぶ。

 最近はこれしかやっていないような気がする。

 けれど、久しぶりに鍵が開く音が聞こえた。耳を澄ませば父親の足音だと分かる。ドシドシと歩く重たい足音。

 部屋に入ってきたけど、私は見えないらしく、箪笥の中をあさって何かを取り出し、誰かに電話をかけていた。

 相手の声は聞こえない。

 でも、父が笑った。

 笑ってくれた。

 その時、相手の声が聞こえた。小さかったけど、女の人の声。


「あぁ、俺も愛しているよ。俺にはお前だけだ。お前しかいない」


 愛してる?

 お前だけ?


 前にも、その言葉を聞いた事があった気がする。

 毎日両親が揃っていた頃の話で、お父さんがお母さんに大好きだって。愛してるって言ってた。その頃の両親はとても幸せそうで、私にも微笑みかけてくれた。

 お父さんは大好きな人と一緒にいれて、笑ってくれた。

 そうか。

 ひらめいた。

 お父さんは大好きな人と一緒にいると、笑ってくれるんだ。

 お母さんも、きっと同じで大好きな人がいると、お母さんも私の好きな笑顔をみせてくれるんだ。

 子供ながらに、そう感じ取った。

 大好きな人を幸せにするには、その人が大好きな人と一緒にいれば良いんだ。

 お父さんは私を見ないまま出て行ってしまったけど、私に答えをくれた。

 

 大好きな人。

 愛してる人。


 私の大好きな人は、大好きな人と一緒に居ると、私の好きな笑顔を見せてくれる。

 小さい手を握りながら、私は思った。

 沢山笑ってほしいから、応援しよう。

 私の方を見なくても笑ってくれる。

 それだけで、私も幸せになれた。懐かしい記憶の中に眠っている笑顔。それを見れて嬉しい。

 これは嬉しい事なんだ。

 そうだ。

 これが一番良い方法なんだ。

 だから、大好きな人は、大好きな人と一緒にいて幸せになってくれるのが、私の幸せなんだ。

 お父さんの後姿を見つめながら、大好きな人と笑ってほしい。言葉には出さないまでもそう思って見送った。


 形は変わってしまったけど。

 それを悲しい、何て思う私の心が駄目なんだ。

 だって、形は変わったけど、お父さんは幸せそうだったんだから。


 応援しよう。

 それしか出来ないけど。

 私の手なんて必要としていないのかもしれないけど。

 笑ってほしい。

 だから応援しなきゃ駄目なんだ。


 この時の私は、小学校に入る少し前だったと思う。

 だからなのか。

 これが正しいんだと。良い事なんだと。

 思ったまま、少しずつ年を重ねていく。


 そして小学校からの帰り道、お母さんを見つけた。

 男の人を腕を組んで笑ってた。私の大好きな笑顔だった。


 あぁ。やっぱり思った事は間違いじゃなかったんだ。


 両親が帰ってこなくなってから、おばあちゃんが一緒にいてくれるようになった。けど、この日に私の疑問は完全に解決した。

 お父さんも笑って、お母さんも笑ってくれたから。

 だから、これが答えで正解なんだって思った。


 心底、そう思ったんだ。







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