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体育祭準備編・4




 くぅ……。疲れと寝不足がたたったのか、授業中にうつらうつらとしてしまう。

 こんなんじゃ駄目だと思って、一生懸命目を開こうとするけど、睡魔が勝ったのかついにくてっとばかりに、机の上に突っ伏してしまう。



「清宮」


 そんな私を呼ぶ、困ったような──でも優しい声。


「ん……」


 起き上がってキョロキョロと辺りを見回せば、目の前には相良先生。段々と、自分の置かれた状況がわかってきた。どうやら、すっかり熟睡してしまったらしい。


「後で職員室ですね」


 先に言うと、相良先生が頷く。


「あぁ。放課後にな」


「わかりました」


 相良先生の言葉に、ぺこりと頭を下げる。これは確実に職員室に呼ばれるね。堂々と居眠りしたし。放課後になったら相良先生の所に行かないと。

 とりあえず休み時間に缶コーヒーのブラックを買って飲んでおく。少しは眠気覚ましになってほしいけど、どうだろう。

 いっその事、氷をガジガジと齧った方が眠気覚ましになるかもしれない。紙コップの自販機に目を向けて考える。この後の授業はもう眠りたくないし。少し考えた後、私は購買に足を向けた。

 いつもなら購入しない粒状のお菓子の、しかも一番辛いといわれるものを手に取り考える。これは、ツライ。1粒で辛すぎるのだ。でも、眠らない為にはこれしかない。考えるまでもなかった。

 迷いを断ち切って、私はそれを購入した。考える余地なんて初めから存在していなかったのだ。制服のポケットにいれて、私は歩き出した。教室に向かって。

 これで残りの授業は乗り越える……つもりだ。疲れているのは皆同じ。宿題が出ないだけでも良しとしておこう。

 眠たくなったらアレを食べる。ついでに炭酸飲料も買っておいた。完璧な布陣だと思う。そう考えて実行したからなのか、残りの授業は無事に乗り越えられた。唐辛子やわさびの辛さはある程度だけど平気なのに、この辛さだけは苦手なんだよね。

 だから脅しに使えるんだけどね。私自身への脅迫に。

 さて、放課後になったし、覚悟を決めて相良先生の所に行こう。

 怒られるかなぁ。

 怒られるんだろうなぁ。

 温和な性格の相良先生。でも、怒ると怖い事を私は知っている。そんな怒り方で私を叱るわけではないだろうけど、人に余り怒られた事のない私としては、その事事態が少し苦手だったりする。

 だから職員室に向かう私の足取りは重たくなり、歩幅が縮まっていく。それでも少しずつ前に進み、距離的には職員室へと近付いていく。


「(うーん……相手は相良先生だ。腹をくくろう)」


 武長先生も信用しているけど、相良先生は信頼してる。高校に入る前に、助けてもらった事がある。その時は帽子を深く被っていたし、相良先生は気付いていないだろうけど、私は覚えている。

 友人の身代わりになってストーカー男を撃退しようと無謀な私達を、本気で心配して怒ってくれた。今は分厚い眼鏡に覆われ、瞳を隠しているから、あの時の姿とは全く違うけど、足の運び方や身体の裁き方同じだから気付いた。

 ひょっとしたら、相良先生も私と同じ理由で気付いているのかもしれない。でも、お互い何も言わない。気まずいのもあるのかもしれないけど。





「失礼します」


 ノックをして、扉を開けてから言う。放課後だけあって、先生方の姿は疎らだ。けれど相良先生は自分の席に腰をおろし、静かに私を待っているように見えた。

 分厚い眼鏡は勿体無い。凄く綺麗な瞳をしているのに。

 ふと、そんな事を思った。


「相良先生」


 腕を組んでいた相良先生は、その腕をゆっくりとほどき私を見上げる。


「清宮が珍しいな。居眠りなんて」


「……」


 呼んだ直後に言われた言葉に、返す言葉が見つからずに無言になってしまう。今の私に出来る事は謝る事だけ。そう思って、頭を下げようとしたら、相良先生の手の平が私の額に当たった。と思えば、元の位置まで戻される。

 頭を下げるな、という事ですか……。

 戸惑う私に、相良先生はそうじゃないとばかりに、ゆっくりと首を横に振る。


「清宮にしては熱が高いな。今日はこのまま帰れ。海藤には俺から伝えておくから」


「……」


 熱を測るために手の平を額に当てたらしい。確認し終わった後は直ぐに離れたけど、私が呼ばれた理由は居眠りというよりも、こっちが本題だったのかもしれない。熱の心配をしてくれたんだと吃驚もしたけど。私自身に熱があるという自覚症状は全くない。


「鷹野先生に聞いたんだが、清宮の平熱は35度だったな。呼吸がいつもよりも早かったし。今日はこれを飲んでゆっくりと休んだ方がいい」


 人は違うけど、これに似た場面は4月にもあった。統矢君に薬を渡された時がこうだったような気がする。私の意志は関係なく、袋を押し付けられる。

 またこのパターン……。袋の膨らみ方からいって、色々と入っているのは中身を見なくても容易に想像が出来る。どうしてここのイケメンの方々は、沢山渡すのが好きなんだろう。


「先生。これの代き……」


「俺が勝手に買ったものだから、清宮は素直にそれを持ち帰る。それが居眠りの罰な」


「……」


 有無を言わさぬ口調というべきか。居眠りの罰って、これは一般的に罰に入るんでしょうか。

 一見罰になっていないように見えるが、実際の所、私にとっては相当の罰だ。もう居眠りなんかしない。

 人に余計な、使わせなくて良いお金を使わせてしまうなんて。正直袋の中身を確認するのが怖い。袋も大きいし、ある程度の重みもある。


「それじゃあ真っ直ぐに帰れよ。海藤には俺から伝えるから、真っ直ぐに帰るんだぞ」


 2回言いましたね。先生。そんな寄り道しそうに──……見えるんですね。それに反論出来ず、私は分かりました、と、ありがとうございますの言葉を残し、職員室を後にする。先生から受け取ったビニール袋は、折りたたみの袋を取り出し、その中に入れさせてもらう。流石にビニール袋は目立つ気がする。

 でもやっぱり重量がある。今ではないけど、ずっとずっと昔。私が璃音になる前の話に、これと同じ事をした。何が食べれるだろう。これなら食べれるかな。こっちなんてどうかな。そう思ってドンドンとカゴの中に入れて、気がつけば3000円を余裕で越えていた。

 それを思い出させる重さだ。

 妙にしんみりとしてしまったけど、ちょっと待とう。冷静になれ。相良先生から伝えられただけだと、海藤君は心配し過ぎるような気がする。なんといっても過保護な所もあるから。

 でも、相良先生の言う通り、今日は大人しく薬を飲んでゆっくりしておこう。夕食はカップ麺を食べてもらって、私は食べれるものだけを食べて布団に潜り込む。それがいい。

 明日の朝にはスッキリと元気に平熱を目指さないと。出なければ、待ち受けるのは過保護な人たちに納得してもらえない。

 よし、頑張るぞ。と、何故か気合を入れる私がいた。






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