生徒会選挙・2
まさか選挙のポスターを見ていて、田端兄が出てくるとは思わなかったなぁ。吃驚した。しかも禁句まで言っちゃうし。タイミング悪く純夜に聞かれるし。
なんてタイミングが悪い人なんだろう。
兄と接点を持つと、確か弟が自分から寄ってきてくれるんだよね。双子じゃないのに、双子だと思われている兄弟は、実はかなり性格が屈折してしまっている。
初めは単に純夜の人気に対しての興味本位で近付いた。が、会話を交わして、その笑顔を見ていくうちに、段々と自分は自分だという事に自信を持って言えるようになる。攻略の難しい所は、絶対に悪口を言わない事。嫌いあっているはずの兄弟だけど、自分以外が相手を貶めたりすると怒る。怒って根に持って学園から追い出そうと企てる。勿論、バッドエンドだ。
けれど今回は、兄の方が純夜の禁句を口にしちゃったんだよね。田端兄ルートに入るとは思えない。純夜が本気で怒ると、その相手がいないように振舞う。本当に見えてないんじゃと思える程の徹底ぶり。
でも、私をそこまで大切にしてくれてるって事だから、私としてはかなり嬉しかったりする。私も大好きだよって純夜をギュッとしたくなる。可愛くて大切な私の弟。本当に大好き。純夜が弟になってくれて嬉しい。
まぁ、だから田端兄弟には拘らず、他の人もいるから大丈夫。
頬が緩んでいたら、両隣から笑い声が聞こえた。
「ん?」
右には統矢君。左には瀬川君。何かな?
「頬が緩みっぱなしだな」
「ただの選挙のポスターに見えるけど面白い?」
最初の言葉は統矢君。で、後者は瀬川君。別にポスターが面白いわけじゃないから、首を横に振って否定しておく。
ポスターを見たら思い出して、頬が緩んだんだよね。私はちゃんと純夜の姉で居られるって。しっかりし過ぎていて、普段は全く頼ってくれないから寂しいっていう気持ちもあるんだけどね。
心の中で思っていても伝わらないから、一応誤解だけ解いておく。
「ちょっとした思い出し笑い。2年生で誰が会長になるとかって、もう決まっているでしょ。あんまり興味がないっていうのが本音かな」
生徒会メンバーの瀬川君に言うのも、どうかとは思うんだけどね。
「ハッキリ言うね。でもその通りかな」
瀬川君も中等部の頃から生徒会メンバーだったもんね。Lienの世界って乙女ゲーにありがちな生徒会メンバーが本当に目立たない。
その中で瀬川君は異質だ。顔が良いってだけじゃなく、何となく空気が違うというか。続編が出ていたら、攻略キャラだったんじゃないかな、という気がする。
でも、ここまで接点を持っても純夜とは一切関わっていないから、攻略キャラじゃないんだろうなぁ……。何て思ったけど、瀬川君は何かこう……何ていうか油断出来ない気がするんだよね。助けてもらった事の恩は忘れてはいないんだけど。
「選挙より、とある件の方が気になるかなぁ」
今はもう更衣室にカメラなんて仕掛けられてはいないだろうけど。
「あぁ、アレね」
「うん。アレ」
瀬川君が苦笑いを浮かべ、頬を掻いた。この様子だとあまり進展はしていないんだろうなぁ。
「被害者が多くてね。データは片っ端から消させてはいるよ。その中でも清宮さんのデータは多いよ」
「変わり者が多いんだね。何て言っていいかわからないけど、無理はしないようにね。ちょっと疲れた表情してるように見えるし」
瀬川君の目の下のクマが気になったり。前世の私はクマが出来やすくて、消えた事がなかったから、ちょっと気になるんだよね。他の生徒会メンバーのクマも気になるし。
そう言えば、瀬川君が少しだけ顔を背けた。私に心配されるとは思っていなかったのか、少し照れたみたいだ。若い子がこうやって照れる姿って可愛く見えるよね。
……いや、うん。ちょっと待とう。これだとただのおばさんだ。璃音の中身がとっても残念な人になってしまっている。
「ありがとう。まさか清宮さんに心配されるとは思ってなかったかな」
「心配ぐらいするよ。生徒会にはその件を丸ごと押し付けたというか、頼りきっちゃってるっていうかね。この件って、新しい生徒会に引き継がれるの?」
どうなんだろうと思った事は、折角だから聞いてみる。問われた瀬川君といえば、うんともいいえとも言えない表情を浮かべる。あれ? ひょっとしてこれは新生徒会には引き継がれないのかな? 答えない瀬川君に、私は笑顔を浮かべて、
「無理はしないようにね」
と、この話を打ち切った。
「清宮は無防備だな」
その途端、私の右側に立っていた統矢君がそんな事を言い出す。今までの会話には入ってこなかったんだけど、突然そんな事を言われるとは思っていなかったから、分かりやすく疑問の表情を浮かべてしまった。
「突然だね。そんなに無防備なつもりはないんだけど……」
そう返したら、溜め息を落としながら首を横へと振られた。だからなんだろう。
「心配になる」
……ここにも過保護がいた。純夜と龍貴の2人だけでも大変だったのに、これ以上過保護が増えたらどうしよう。それは困る。本当に困る。
「私は大丈夫だよ」
だからそんなに心配しなくても大丈夫だよ、と、そんな意味を込めて言葉を紡ぐ。
「大丈夫じゃないから心配してる」
「……うーん」
多分というか、絶対統矢君は過保護な心配性になると思う。それに大丈夫と押し通すには、あの件が悪すぎた。あの時の私の行動は、確かに無鉄砲としか言いようがなかった。甘すぎるというか、短絡的というか、ちょっと考えればわかった事を考えなかった。
それを助けてくれたのは、統矢君と瀬川君だ。何度お礼を言っても足りない。だから、統矢君が無防備だとか心配だと言う気持ちもよく分かる。
口をへの字にして考え込む私の頭を、右手で優しくぽんぽんと撫でてくる統矢君。流石にそこまで子供じゃないというか、女子高生なんて言うにはおこがましい中身なんだけど。
しかし、暇さえあれば人の頭をぽんぽんとするね。
半ば諦めたように統矢君の行動を放置していたら、視線の先に美人が写る。私の身長は、女子にしては結構高い方になると思うけど、その彼女は私よりも高かった。
「統矢。急遽委員会が入った。会議室1に集合だそうだ」
迷わずに統矢君に向かって歩いてくる姿はかっこいい。ファンクラブがあるというのも納得出来る爽やかな美形。女の子だけど。
縛れそうで縛れない黒い髪は艶やかで、天使のわっかを作っている。切れ長の黒の瞳は涼しげで、鼻筋は通っていて、口角が上がり笑みを形作っている。身長は170cm近くで、統矢君の横に並ぶと美男美女で本当に絵になる。
「突然だな」
「いつもの事だろ。話していたのにすまないな。統矢を連れて行く」
サバサバというか、時代劇というか。とりあえず男前な緋野 礼さん。
「どうぞ」
瀬川君は慣れているのか、手を振りながら答える。
「行くぞ。統矢」
「……あぁ」
どこか名残惜しそうに私の頭から手を離す統矢君。
何でそんなに頭を撫でるのが好きなんだろう。不思議だ……。




