お買い物・1
図書館で借りた本は5冊。ハードカバーだったから迷っていたら、図書館に入荷されたばかりだという話を聞いて借りてみた。
今週の土日は特に予定もないし、2日間あれば5冊は読み終える事が出来るだろう。リビングのソファーに横になりながら、クッキーを頬張る。うーん。至福の瞬間。このクッキーは上手に出来たよね、と自画自賛しながらペラリ、とページを捲る。
面白いなぁ。でもこれは文庫本が発売されたら買おう。出ないと本棚かあっという間に一杯になってしまう。
朝に、本日のおかずは全て作り終えているから、今日はゆっくりじっくりと本が読める。予定外の事がなければの話だけど。
ペラリペラリとリズム良くページを捲っていく。物語の世界に引き込まれ、周りの音が聞こえなくなる。
速読は身に付けているけど、それは使わずに1文字1文字を堪能するかのように物語を読み進めていく。
「(あ……助からなかったんだ……)」
微かにだが、両目に涙が滲む。昔から動物が好きで、動物が死ぬシーンなんてものがあったら、簡単に涙腺は緩み涙が溢れ出す。
速読すると泣かないんだけど、それだとあっさり読み終えてしまう気がして、余裕のある時は使わずに読んだりもするんだよね。気まぐれだけど。
「(そっかー……こういう結末かぁ)」
涙が流れ落ちる前に、タオルで目元を押さえる。うん。自分の好きな物語だったし、良い話だった。
それじゃあ次の本を……と思って手を伸ばそうとした瞬間を見計らったかのように、携帯のバイブが音を響かせる。気付くように机の上に置いてあったのだ。
「(誰だろう)」
実の所、メアドや電話番号を交換した相手は少ない。人当たりよくやっているから多そうに見られるけど、実は少ないのが真実だ。
携帯に映し出された名前は龍貴。メールを読んでみると、買い物に付き合って欲しいとか。隣なんだから直接くればいいのに、何て思いながら返事を返す。何の買い物に付き合って欲しいのか。
純夜の誕生日は来月だから、多分それではない。5月が誕生日の知り合いかな──って、何で誕生日限定で考えているんだろ。そうと決まったわけじゃないのに。
本を自室の机の上に置き、パンツをジーパンへと着替える。襟付き白シャツにざっくりとあまれたニット。アクセサリーは胸下までくるような大き目の十字架。外に出ると少し寒いし、服はこれで十分だよね。
髪はとうしようかな。やっぱり楽なポニーテールにしようか。それとも、この間真美ちゃんがやってくれた髪形にしようかな。
左耳の上の辺りにお団子を作り、下へと流しておく。一応全身が写る鏡で確認してみるけど、うん。変じゃないよね。
鞄を肩にかけ、外に出る。勿論、リビングにあるホワイトボードにメッセージを残す事も忘れない。
いつ頃からだっけ。ホワイトボードにメッセージを残すようになったのって。というか私が言い出したんだっけ。ふらふらと出て行って中々帰ってこない両親を心配して、設置したんだよね。
夜になっても帰ってこないなんて、心配でしかないし。
「おはよ、璃音。突然悪いな」
「おはよう龍君。これぐらいは大丈夫。いつでも頼っていいよ。それに丁度1冊目の本を読み終えた所だし」
「そうか。良かった」
ホッと胸を撫で下ろす龍貴。その理由はわからなくもない。気付くようにテーブルの上に置いてある携帯だけど、完全に集中すると気付かない可能性が高い。
集中すると、周りの音は一切耳に入ってこない。
「それで何を買う予定?」
普段の買い物だったら純夜と行くだろうし。そう思って聞いてみれば、龍貴は困ったように頭を掻きながら口から息を漏らす。
結構長い溜め息を吐き出した後、龍貴は視線を私へと向けた。
「同じクラスの奴がさ……彼女のプレゼントを買う時間がなくて、頼むって押し付けられた」
「それはまた……」
何て事を頼むんだか。
私の呆れを感じ取ったのか、龍貴は私の手を取りメモを乗せる。とりあえず読んでくれという事らしいから、口を開く前に目を通す。
ネックレスかピアス。
ピンクや赤が好き。
可愛いデザインが良い。
予算は1万円まで。
「大雑把だね」
可愛いデザインって……。
「あぁ、でもピンクの十字架って可愛いんじゃないかな。シルバーにピンクの石が埋め込まれてるの」
この間、何気なくショーケースを見てたら、それがあったような気がする。しかもギリギリ1万円以内で収まったはず。
「ピンクの十字架かぁ。確かに可愛いかもなぁ」
「うん。私は好みじゃなかったけど。ピンクが可愛過ぎて。十字架のデザインは好きなんだけど、シンプルなものが良いんだよね」
歩きながら話すけど、いつの間にか自分の好みを話してしまった。
「璃音はそんな感じだよな」
私の身に付けているアクセサリーを見て、龍貴が頷く。今身につけているものは、小さなシルバーの十字架のピアス。飾り気はなく、銀だけの十字架。
ネックレスもつけてはいるが、銀の十字架と、それより一回り小さい金の十字架のセットだ。
「璃音も十字架好きだよな」
「うん。好き」
「……そっか」
「うん」
一瞬間が空いたような気がするけど、私は気にせずに話を続ける。そういえば、龍貴と2人っきりで買い物に行くのって久しぶりかも。
純夜がいるから、大体3人で行動しているんだよね。いつもは。
それに、こうやって2人っきりで並ぶと分かるんだけど、身長も伸びたよね。
「……璃音?」
「ん?」
「いきなり黙ってどうした?」
どうやら私も気付かない内に間を作ってしまったらしい。軽く首を横に振る。
「龍君も身長伸びたな、って。中学までは私の方が高かったのに、大きくなったなぁって……」
今では見上げないと視線が合わない。小さい頃から龍貴を見てきたから、本当にしみじみと思う。大きくなったなって。
特に私の中身はアラフォーだから、たった1歳下の幼馴染みといえども、ここまで育った龍貴に対して感慨深いものがある。
「たった1つ下なだけだよ」
「そうなんだけどね」
龍貴と私には、決して越えられない壁がある。それは龍貴じゃなくて、全員に言える事。前世はアラフォーまで生きてきたから、その記憶を持って今を生きている。この認識の差は、中々埋められないだろう。
私の言葉に龍貴は困ったように首をほんの少し傾げた後、まっすぐに私の目を見てきた。
「今は俺の方が高いし、体格もいい。たった1年の差は覆せるって思ってる」
そう言った龍貴は、私の手の平と自分のものを合わせる。私とは比べ物にならないぐらい大きくてしっかりとした手。
璃音お姉ちゃんと呼んでくれた龍貴が、今となっては懐かしい。元々そう呼ばれていた時代は短いんだけどね。
「そうだね。こんなにかっこよく成長してくれたもんね」
今となっては女の子にモテモテな幼馴染み。その視線の先に居るのはその子たちじゃない。
どんな形であれ、2人には幸せになって欲しい。
「わかってないよな。璃音は」
そんな私に、龍貴が苦々しそうに言葉を吐き出す。
「可愛い純君と龍君。2人が幸せになる為だったら、誰を敵に回しても守るよ」
これは紛れもない私の本音。
その心の奥底からの言葉に、龍貴は何も言わなかった。そして私も、龍貴から答えを貰おうとは思っていなかったから気付かなかった。
龍貴の複雑そうな表情には……。




