全く気にしない相手・瀬川律視点・1
『盗撮』の被害者になってしまった人間はどんな反応をするのだろう。
実際、その写真を告白のおまけ付きで見せられたら、普通だったら立ち直るのには相当の時間を要するんじゃないだろうか。
『普通』という言葉は大嫌いだけど、今回はあえてその言葉を使ってみる。先日、統矢を間に挟んで知り合った清宮璃音。
今まで出会った人間の中で一番変わっている人物だと、自分の中でだけど言いきれる。
これは統矢にも話していない学園の裏だが、この学園には0(ゼロ)クラスというものが存在する。『異常』な人物たちが所属するクラス。ある意味天才と言っていいのかもしれない。自分を含め、俺は『異端者』と呼んでいる。
俺は表向きは3-Bに所属しているが、同時に0クラスにも席を置く。俺みたいに両方に属する人間はそこそこいる。自分の能力を完璧に制御できるから、というのと、普通のクラスに所属していた方が面白い事もあるからだ。生徒会や風紀委員の中にも0クラスに所属している奴等もいるが、俺と同じような理由で普通のクラスにも所属している。
そう思って日々の学園生活を楽しんでいたら、統矢を通して変わった人間に出会った。
その人物の名は、清宮璃音。
冷静かと思いきや、無鉄砲な所と無駄に行動力があるので、自分でドンドンと突き進んで言ってしまう。甘い部分も多々ある。たったこれだけの短い時間でも分かる。
だが、変わったという理由はそれじゃない。
清宮璃音の弟のストーカー事件の時に気付いた事だ。それまで、俺は彼女の事を知らなかったから気付きようがないが、甘いのだけは十分過ぎる程理解出来る。
ストーカーをやっている以前に、あの女の思考は慕う相手ではなく、周りの人間へと向かって行った。それなのに、1対1が成立すると思っていたなら、考え方が甘すぎる。
下駄箱への細工を、あんな短時間でたった一人の女が出来たと思ったのだろうか。
統矢が守りたいと思う相手だから助けた。ただ、それだけのはずだった。
なのに、その腕を掴んで引き寄せた時、俺は清宮璃音に対して『特別』を見つけた。
心が読めない。
元々自分の家に誘導していた時、誘導し難いな──とは思っていた。直接触れてみてハッキリとわかった。殆ど読めない。強い感情を発した時なら単語……断片ぐらいなら読めるが、日常的にそこまで強い感情を発しないだろう。
そんな相手は初めてだった。
それから、俺は統矢を通しながら清宮璃音という人間について、少しずつ知識を集めていく。ほんの少し、興味を持った。
だけど俺が更に興味を持ったのは、ストーカー事件から一ヶ月も経たない間に起こった事件での出来事だった。
生徒会でもマークしている人物、田中真吾。
退学に出来るネタを、屋上で自ら暴露してくれた。
しかも盗撮写真のおまけ付き。生徒会や風紀で欲しがっていた情報。その殆どを暴露してくれたんだから、こちらとしては大助かりだった。ただ、その取っ掛かりとなった人物は対して気にした様子もなく、既に日常生活に戻ってしまっている。不愉快だとは思っているが、それ以上に他の被害者を気にしている。
偽善者ともいえるかもしれないが、俺にはわかる。それが紛れもない本音だと。
自分と同じ年なのに、俺よりも年上でもおかしくない相手だと思えた人物。年齢詐称疑惑が思い浮かぶ程だ。
どうしてあそこまで自分を除外出来るのか。
容姿端麗なその姿に、憧れを抱く男たちは多い。統矢の場合は、外見はただのおまけにしか過ぎないみたいだけど。
まぁ、あの性格なら話していて面白い。媚びてくる女生徒たちにはうんざりとする。その発想すらない清宮璃音は一体なんなんだろうか。
近付いて観察するが、近付かなくてもその噂話は意識すればかなりの確率で耳に入ってくる。
今もそうだ。
絵の具をべったりと付けられた割に、全く動じずに洗って、ハンドタオルで水分を吸い取って、何事もなかったかのようにブレザーを着込む。
犯人の方の感情はごちゃごちゃしているけど、ここまで届いてきた。熱狂的なファンというべきか。ある意味純粋な恋心というか。あのままでいけば、第2のストーカーになるのは容易い。面白いからそちら側に誘導してもいいが、それをすると統矢が嫌がるだろう。清宮璃音の心配をし過ぎて過保護になっている所がある。本人は無意識かもしれないが。
本当に熱狂的なファンが多い。
生徒会や風紀の一部の人間に対しても、数多く存在している。
勿論、俺にもいる。付きまとってくる女たちが。この笑顔に騙される単純な女の子たちに興味なんて、全くもてないけどね。
「人の悪そうな笑みだね」
俺の冷めた表情を見た清宮が、階段の上の方から降りながら俺へと話しかける。全く気にしていないのだろう。流石にこれは表情で分かる。心が読めなくても。しかし、相変わらず読めないな。
「そんな人聞きの悪い事言うのは清宮さんぐらいだよ」
統矢は分かりきっているのか、それすら言わないけど。
「今更だから言わないんじゃないですか?」
俺の表情を読んだのか、淡々という。
けれど実際はさして興味もないのだろう。ただ恩だけは感じているみたいだけど。
「清宮さんって見た目と違って言うよね」
テンポが良すぎだね。すぐさま返ってきた言葉に、俺は苦笑を浮かべる。清宮璃音は話していて面白いというか、何というか。何処が、とは言えないけど、友達と話しているみたいでこの時間を楽しんでいる俺がいる。
けれど、この2人っきりの空間に来訪者が1人。
「律」
言葉数の少ない俺の親友。統矢が階段を上りきった場所に立っていた。
「そろそろ授業だ」
どうやらいつまで経っても教室に戻ってこない俺を、呼びに来てくれたらしい。
「よくここがわかったね」
行き先は告げずに出てきたはずなんだけど。
「勘だ」
そんな俺の疑問に、迷わずに答える統矢。
「清宮さんはいいの?」
俺と統矢の間に立っている清宮さんに聞くと、こっちもあっさりとした答えが返ってきた。
「自習だから図書館に行くつもり」
「そうなんだ。それじゃ、ここでバイバイかな」
「うん。それじゃあね」
俺の横を通り過ぎ、図書館へと向かって歩き出す清宮さん。そんな会話を聞いていた統矢が、俺に訴えかけるような視線を向けてきた。
「偶々会ったんだよ」
「そうか」
心配しているのは清宮さんの事。
俺云々の話じゃなくて、清宮さんにはトラブルが付きまとっているから、心配なんだろうと思う。
「元気そうだったよ」
絵の具をつけられても。
「そうか」
短い言葉で答える統矢だけど、その表情には安堵の笑みが浮かんでいる。
全く……。お人よしというかなんというか。
清宮さんも観察対象で面白い人だから心配になるけど、統矢の事も心配になるなぁ。
ホント……普通のクラスに所属しておいて良かった。面白いからね。色々と。




