開き直る事も大切・3
あれから何か進展はあったのかなぁ…何て思うけど、ただの生徒にその情報が入ってくるわけでもなく、驚くほど穏やかで平和な日々を過ごしていた。
というか、盗撮の件は気になるから、出来れば情報は欲しいんだけど。武長先生が何も言ってこないって事は進展していない。もしくは教師の間でストップになったかのどちらかだと思うけど。
武長先生の場合、教師の間でのストップだけなら話してくれそうな気がする。これは感っていうよりも、この数年間のやりとりかな。今まで築き上げてきた関係っていうのかな、先生に任せちゃっていればいいかとも思うけど。
それで完全に気軽になれるわけじゃないけど、それでも先生に任せておけば大丈夫という安心感はある。こういう時の先生は頼もしいんだ。若い子が頼もしいって思える先生っていいなぁ。
お姉さんでもちょっとドキッときちゃったからね。うんうん。大人の色気有りで頼りにもなる。しかもお金はあるけどギャンブルはしない。
かなりお勧めの相手だけど、純夜との恋愛度はまだまだって所かな。それ所か全然進んでいないみたいだし。本当ならルートによっては登場しないキャラも登場しているし。沢山登場させると逆に大変になるんだけど、完全ハーレムENDっていうエンディングもあるから、登場の有無よりもどのエンディングにいきそうかを見た方がいいのかな。その方がルートを絞れるかもしれない。
基本的に最強愛され主人公だから、嫌われる心配はない。ライバル同士で何かあったとしても、純夜を悲しませる時点でお互いが距離をとる。だからどんなルートでも心配はないんだけど……。
「眉間に皺が寄ってるぞ」
「え…寄ってます?」
上から降ってきた声に、私は無意識に眉間に指先を当てた。あ…本当だ。ちょっと寄ってる。
「はは。何で丁寧に言うんだよ」
「ついつい。海藤君はどうしたの?」
ここは旧校舎で、理科か特殊授業しかない。今日はそのどれもがなかったはずだから、と思って言葉を返せば、海藤君は苦笑いを浮かべた。ん? 何だろう。
解らずに首を傾げている私に、海藤君は普通の笑みを浮かべた。
「確か清宮は関係者だったよな」
海藤君の言葉に、私の脳裏に一つの事が浮かんだ。関係者になるつもりはなかったのに、なってしまった事件。
「海藤君は武長先生のお手伝い?」
それしか考えられずに言えば、小さくだけど頷く海藤君。
「別に武長の手伝いをしたかったわけじゃないけど、アレは許せないしな」
「詳しいんだ」
お手伝いするぐらいだから、詳しいんだと思うけど。
「そこそこな」
「そっか」
プロフィールには確か、PC関係は詳しいって書いてあったっけ。あの武長先生が協力を要請するぐらいだから、詳しいのレベルが相当上って事かな。
こんな事件はなかったから、純夜の知らない所で起きていた裏設定なのか、ここが現実の世界になってしまったから起こった出来事なのか。それはわからないけど、事件が早く解決する分には助かる。
開き直ってるけど、良い思いをしたわけではない。気分的にはマイナスだったし。
「大丈夫だって。俺に全て任せとけなんて事は言えないけど、早く解決させる。俺も武長も、これについては早期解決を目指しているからな」
「うん。頼りにしてます」
早く解決して、データから何から全ての削除を心の奥底からお願いします。という心境かな。後は許されるなら、1発ビンタはしたい。
…というかしておけば良かった。今更ながらかなり後悔。
「……清宮」
「ん?」
「何か色々表情に出てるぞ」
「あはは。出てた?」
「あぁ。出てた出てた」
海藤君が笑ってる。この分じゃばれてるかな。
「1発ビンタをしておけば良かったって思っただけだよ」
私の言葉に、やっぱりなと言いながら海藤君が笑う。お腹を抱えてって程じゃないけど、見事な笑いっぷりである事には間違いない。
「清宮らしいな。うん。もっとやる気が出てきた。ちょっと待っといてくれな」
「うん。大人しく待ってるよ」
「あぁ」
そう言って爽やかに去っていく海藤君。海藤君は本当に爽やかなんだよね。そういえばというか全然、純夜と絡むシーンがないなぁ。純夜の入学式に私を間に挟んでちょっと絡んだけど、後は私の知る所ではまったくない。
私の知らない所での話はわからないけど。でもあまり絡んでる気はしないんだ。となると、海藤君ルートには入ってない可能性が高い。武長先生か龍貴か。佐山先生もストーカー事件の件では相当絡んでるはずだから、候補に入れておいた方がいいよね。
「あ…すいません」
「ん…あ…こっちこそすいません。考え事をしてて」
っといけないね。周りを見ながら歩かなくちゃ。ぶつかってしまった子に頭を下げて、再び歩き出す──が、すぐに違和感を感じて足を止めると同時に、後ろを振り向くが誰もいない。
「最近気を抜きすぎてるのかな」
ブレザーにべっとりとついた絵の具。
直ぐに脱いで、軽く絵の具を洗い流す。ストーカー事件の時もあったけど、正直あれ程ではない軽めの嫌がらせは割りとある。純夜の攻略相手は皆イケメンだ。璃音の役目は純夜と攻略相手の間に入る事だから、一部の女子からは良い顔はされていない。
ここがゲームの世界だったらこんな事はないんだろうけど、現実だとそうはいかない。この世界が現実だと認識出来る瞬間でもある。しかし私は攻略相手である人たちの想い人じゃなく、ただの仲介役でしかないのに。何を勘違いしているんだろう。
見てて解らないのかな。明らかにラブな視線は純夜に向けられているのにね。
「よし。落ちた」
この学校に置いてあるハンドソープじゃ落ちないから、小さな容器に入れて洗剤を持ち歩いている。勿論、こういった絵の具も落とせる優れものだ。
でも久しぶりだなぁ。誰のファンかな。
純夜と龍貴のファンは除外して、武長先生か海藤君か。名前を呼んでる統矢君の可能性も捨てがたいな。
もう私を呼び出すという勘違いをする人はいないからいいんだけど。いつもの事だから、これ自体は全く気にしていないんだけど、ばれると心配させるから、それだけは避けたい。しかしもう一度言いたい。声を大にして。皆見る目がない。明らかに皆純夜ラブでしょう。
そういえば昔から苦手だったな。女子の嫌がらせ。皆苦手だと想うけど、昔は影でやってる人たちを偶々見ちゃって引いたっけ。おもいっきり。
止めなよ、とは言えなかったけど。
ちょっとしんみりとした所で、私は思いっきり息を吐き出し、気分を入れ替える。それはもう遥か遠い世界の過去の出来事。それなのに、今私が落ち込む必要は全くない。タオルを使って出来るだけブレザーから水分を取り、ブレザーを着なおす。これぐらい乾いていたら大丈夫。後は勝手に乾いてくれるだろう。
もう少し特殊授業の校舎。つまりC棟にいても良いんだけど、特にやる事もないんだよね。武長先生の所には海藤君がいて、犯人探しとか出回った写真の回収をしてる所だろうから、邪魔しちゃ悪いし。
図書館に行って本でも読んでいようかな。成宮学園の蔵書数はかなりのものだったりする。幼等部からエスカレーター式で大学部まで同じ敷地内にあるから、成宮学園は図書館を独立して建ててある。
まだ読み終えていない。毎日増えていくから仕方ないけど。今日は図書館で本を読む。1時間しかないけど、HRの前に本を借りて戻ればいいか。
そうと決まれば、私は校舎から出て図書館へと向かって歩き出す。
その頃には、絵の具の件なんてきれいさっぱりと忘れていた。




