開き直る事も大切・2
「落ち込んでないね」
上から降ってきた声に、私は笑みを作って声の主を視界へと収める。
「おはよう、瀬川君。それは既に出回った写真の事かな?」
「それ以外はただのキモイストーカー男にせまられた事かなぁ」
にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべる瀬川君。言ってる事はけして優しいものではないし、表情も心配と言うよりは試されている印象を受けるものだった。
「そっちは忘れてた。後、写真の事は気にしないって決めたの。だって既にかなりの人たちに出回っているモノに対して、どうしようって思った所で自分が疲れるだけだし」
そんな事で心を病む事も嫌だしね。
「その辺りは武長先生が任せろって言ってくれたから、丸投げしちゃった」
軽く笑う。もう完全に開き直ってしまったのよ。お姉さんは。データを買った人たちは既に見つけてあるみたいだし。あの武長先生が本気を出しているから何とかなるんじゃないかと思ってる。
すごく頭の良い人だし。それに……純夜と仲の良い姉弟の私が関わっている事をほっておける人とも思っていない。
「しちゃったって……本当に大丈夫なんだ。すごいね」
目を丸くして驚く瀬川君。こんな表情を浮かべた瀬川君は初めて見たかな。付き合いは短いし、ゲームでも見かけなかったから何とも言えないんだけどね。
「予想外だったのかな? 私の開き直りは。本当に驚いた表情は初めてだし」
知り合って短いから私の勘違いかもしれない。けれど、これは瀬川君から試されているのかも、とも思う。
「心配ありがとう。私は大丈夫だから、他の生徒のケアをお願いね。今更私に言われるまでもなくやってくれてると思うけど」
満面の笑顔を瀬川君に向ける。余裕な、大人を感じさせる笑みに瀬川君はどんな印象を持ったのか。それはわからないけど、確かに瀬川君が驚いた事だけは事実。
「それじゃ、私は行くね」
軽く手をふり、身を翻す。颯爽と立ち去る私の背中に突き刺さるのは瀬川君の視線。私が本当に気にしていないか、態々確かめに来た。生徒のケアをする目的ではないと思う。
瀬川君は生徒会メンバーだから、先生達から被害者の心のケアを頼まれているのかもしれない。でも、生徒に生徒の心のケアは頼まない…か。流石に。
ゲームに登場しない生徒会メンバー。仕事は出来るけど、他のゲームみたいに見せ場なんかはない。仕事は出来ると思うけど。
その中で、瀬川君は異質な印象を受ける。言葉にするのは難しいけど、何かが違う。私みたいに転生した、とかそういうんじゃなくて、根本的に何かが違うと思えてしまう。私の疑問はまだ口に出せるものではないけれど、仲良くなればもっとわかるのかな。これ以上接点があるのかどうかすらわからない相手なんだけどね。
でも、人当たりもよくて笑顔も可愛くて、騙されている人は多いと思う。外面を取り繕うっていうのは誰でもある事だけど、この学園に通う人はそれが分厚いと思う。
私の家もそれなりの家だけど、政略結婚はしなくて良いって言われているから気が楽。ひょっとしたら瀬川君も許婚とかがいても不思議な家柄じゃないんだよね。
そういえば、ゲームだと私が清宮の家を継いだような…。何せ後継者の純夜は男の子とくっついて家を出て行ってしまうから、消去法も何も私しかいなかったんだけど。家を出て行くのは成宮学園の大学部を卒業してからの話で、それまではあくまでも清宮家の跡取りとして学園に通っていたっけ。その頃には同棲しているエンディングもあったっけ。
他のキャラたちの生活が、純夜のED次第で変わるのも面白かったなぁ。
一番人気は武長先生。龍貴EDは璃音が可哀想で見ていられないっていう意見もあったし。私もアレは悲しいと思ったよ。ずっとずっと大好きだった幼馴染み。
純夜の肩を押し、璃音は見送った。泣く事はしなかった。それ所か跡継ぎが男に走った事を反対する両親を説得し、璃音が家を継ぐことによって、純夜の件は不問になった。まぁ、大体のEDで璃音はやっぱり跡継ぎになるわけだけど。
私はどうしようかな。継ぐのは別に嫌じゃないし。やってみたい事は大学で存分にやらせてもらうからいいんだけど。
しかし、今は誰に傾いているんだろう。
本当はGWで何となくわかるはずなんだけど、結局皆で遊んで終わったし。お誘いもなかったみたいだから、やっぱそれ程親しくないんだよね。あぁ、でも私へのお誘いは純夜への誘いでもあるから、武長先生とかその辺りの人の好感度はあげているんだよね。
ゲームの世界だと璃音が情報を教えてくれるけど、現実ではそうはいかない。
情報が詰まったミニノートパソコンも存在していないし。
考え事をしながら歩いていたのが悪かったのか、手首を掴まれ強制的に動きを止められた。私の前には壁。このまま進んでいたら顔面直撃だったね。本当に助かりましたと後ろを向けば、意外に懐かしい人物だった。
「え…と…。西岡君。ありがとう。助かりました」
初っ端の頃にイベントで見た顔。土下座された事は未だに忘れられない。イベントだからこっちは覚悟してたんだけど、顔面蒼白にさせちゃったんだよね。本の貸し借りという事で、今はそっちの方の印象の方が強いけど。
「い……え。先輩は大丈夫ですか?」
少し緊張しているのか、どもりながらも私の目を見て聞いてくる。
「西岡君のおかげで大丈夫。傷一つないよ」
にこっと笑って答えれば、西岡君の顔がいっきに朱色に染まった。そういえばそうだったね。西岡君にとって、璃音は理想のお姉さんだったね。設定資料集に書いてあった。純夜には素直なのかどうなのか。時々アメとムチを使う西岡君の弱みは璃音だった。
「そろそろ授業が始まるね」
響いているチャイムの音。
「本当にありがとう」
ゆっくりと私の手首から離れていく西岡君の指先。
「いえ。先輩が無事で良かったです。それじゃあ俺はこれで」
西岡君に向けている笑みから照れくさそうに背ける姿には、心を擽られる。可愛いね。本当に。
走り去る西岡君を見送り、私も教室へと戻る。
私を助けてくれるって事は、純夜との好感度は順調に上がってるのかなぁ。本当にわからないや。今の好感度。
それよりもまるで私が主人公のようなイベント。主に怪我をしたり変な写真が出回ったりとしたイベントだけど、純夜が主人公の裏側でこんな事が起こってたって、裏設定に力入れすぎでしょ。怪我する事が多いけど、私のドジなのか裏設定なのか。
現実の世界なので、私のドジだとは思うけど。
でも、ゲームのルートからは大幅に外れている気はする。
ここまで私が関わるって事は、それ自体がゲームから離れているしね。




