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開き直る事も大切・1


 アイロンをかけた真っ白のシャツに手を通し、手馴れた動きでネクタイを締める。リボンでも良いけど、今日はネクタイの気分。

 この学園で良かったのはブレザーだった事。今更セーラー服なんて恥ずかし過ぎる。見た目は年相応だから問題じゃない。問題はないんだけど……心の問題上セーラー服は遠慮しておきたい。照れくさいのがどうやっても消えてくれない。

 純夜や龍貴は残念がっていたけど、私的には寧ろ逆。ブレザーで良かった。

 これが転生前だったら着てみたかったと言えるけど、今となっては微妙でしかないヒラヒラのスカート。清潔な白。胸元には可愛らしい赤のリボン。

 可愛いけど、それと自分が着る事は全くの別問題。

 私立の成宮学園の制服も可愛いといえば可愛いけど、それより気になるのは素材。ものすごく肌触りの良い布。この布だけで高いでしょ、とつっこみを入れたくなる。

 手触り良すぎ。着てて気持ちは良いけど。


「ごめん。ノックしても返事がなかったから開けちゃったけど、姉さんどうしたの?」


「……」


 鏡に映る自分を見すぎて全くノックに気付かなかった……。ナルシストじゃないんだよ。本当だよ。でも傍から見ればナルシストにしか見えないかも。

 こほん、と口元に握り拳を作った右手の人差し指を当てた後、純夜に向かって首を横に振った。


「何もないけど、セーラー服じゃなくて良かったなぁ、って思ってたの」


 私の困ったような表情と言葉に、今度は純夜が表情を崩した。驚いたようなそんな表情。


「何で?」


 本当に心底とばかりに言われた言葉に、今度は私の方が驚いた。


「え…と。何でってブレザーの方が良いでしょう?」


 元アラフォーとしては、セーラー服何て自虐のネタにしかならない。セーラー服の袖を通す事さえも憚れる。

 私が1人で納得していると、純夜は息を下へ向かって吐き出した。ん? 今のは溜め息だよね。


「姉さんは自己評価が低すぎるよ。後、全員揃ったからご飯食べよう」


「うん」


 あまり遅くなると、朝食をゆっくりとる事が出来なくなる。


「食べよ。今日の卵焼きは美味しく出来たんだ」


 出汁巻き卵。好きだから作る頻度は多いんだけど、少し焦げたり、何て事はよくある。だから毎回気合を入れて作るんだ。声を弾ませながら言ったら、純夜から微笑が返ってきた。

 これは無敵な主人公の純夜スマイルだね。

 小さい頃から純夜と居る私は免疫を持っているから大丈夫だけど、他の子が見たら落ちるんだろうね。何たって真美ちゃんですら惚れたからね。吃驚したけど。



「所でさ」


「ん?」


 2人で歩くといってもリビングは目の前。私が1歩部屋から外に足を踏み出したら、純夜が動かずに私の肩に手を置いた。あくまでも私に触れる手は優しい。


「ストーカー男が璃音の写真を持っていたって本当? 更衣室のとかのもさ……」


 最後の方は言いよどみ、空気に溶けていく。


「見たからあると思うよ。他の子も撮られているだろうし。先生方の話し合いってどうなったんだろう」


 本当にあの写真のデータは抹消してほしい。。あんな写真を撮って喜んでいる人たちにはピコピコハンマーで後頭部をガツン、としたい。コピーされたデータを全部消せるとは思ってはいないけどね。


「本当は、璃音は璃音だけの心配をしてほしいんだけどね」


 それを言うと、純夜は何も言わずにリビングへと入っていく。

 ……。

 ………。

 ちょっと反省。私の精神年齢はアラフォーだからこんな考え方をしてしまう。自分よりも若い子の心配をしている気分なんだけど、純夜にとってみたら私も若い女の子で、大切な身内で、私の事を心配してくれる。

 申し訳ないなぁ……そう思うなら変えれば良いんだろうけど、生まれてから十数年。こうして生きてきたから今更そう簡単には変えられない。けれど今度から言動には気をつけよう。それに、今回の件は武長先生が任せろって言ってくれたし、珍しく全てを頼んでしまおう。

 武長先生に任せれば大丈夫。あんな真面目な表情を浮かべる武長先生も珍しいし。気分を入れ替え、私は純夜に続きリビングへと足を踏み入れた。心配な所はあるけど、信頼出来る人がいるって事はかなり気分が楽になれる。


「待たせてごめんね」


 私待ちになっていた朝食。席に座り、皆が同時にいただきます、と言う。何故かはもってしまういただきます。それだけ家族になったんだなぁ、何しみじみと考える。

 朝食を美味しそうに食べてくれる家族を見ながら、私も食べ始めた。

 浮上した気分のままご飯を食べ終え、洗物だけ母に頼んで純夜と一緒に家を出た。

 

 龍貴が合流するまでの短い時間。純夜の隣りで足を進めていく。そんな中、純夜が足を止めた。


「どうしたの?」


 いつものように隣同士じゃなく、1歩前に出て私と向かい合う。


「さっきはごめん」


 そして何故か突然言われた謝罪の言葉。そんな事を言われる覚えが本当にないから、本気でポカンとした間抜けな表情を浮かべてしまった。


「何で純君が謝るの?」


 本当の本当に、謝られる理由が解らない。

 私が困惑していると、純夜が私の片手を自分の両手で包み込む。


「もっと自分を心配して欲しい。璃音は人の心配ばかりをして、こっちが逆に心配する程で。でも、そんな璃音だから大切なんだ」


「……」


 純夜が言い切った言葉を、私は無言のまま聞いていた。


「俺が守れなかっただけなのに、それを璃音に八つ当たりしたんだ」


 私の手を包み込む純夜の両手の力が、少し強くなった気がする。


「大切で大事すぎて……大好きな璃音を俺が守りたいんだ」


 純夜からの熱い告白。元々はあかの他人同士なのに、姉として、家族としてこんなに大切にしてくれるなんて…。

 感動で瞳が潤むけど、それは仕方ない。


「ありがとう。私も純君が大好き」


 感極まって純夜を抱きしめる。


「──ッ」


 純夜の息を呑む音が妙に響く。


「お父さんもお母さんも大好き! こんなに思いあってる家族なんて滅多にいないよ!!」


 途中から家族になった私達。初めは歪な形だったかもしれないけど、今となってはこんなに温かい家族になれた。

 それが解って本当に嬉しい。

 ゲームの中だと、純夜にとっては攻略相手の相性や好感度を教えてくれる便利で大切な姉だった。好まれてはいる。家族ENDが存在するぐらいだから嫌われてはいない。でも、現実になった今では逆にそれが不安だった。

 ゲームの世界だけど、仮想現実じゃなく本当の現実だと思っていても、何処かで不安を感じてた。


「……うん。そうだよね」


 あまりに嬉しくて抱きついたけど、その背をぽんぽんと優しく叩いてくれていた純夜の動きが止まった。


「ありがとう璃音。そろそろ龍が来るから行こっか」


「あ。本当だ。龍君が来る時間だね」


 左手首にはめている時計を見れば、もう少しで龍貴が追いつく時間だ。隣りに住んでいるけど、私達よりも家を出るのが遅いから、走って追いかけてくるんだよね。朝から疲れそうだけど、この程度の距離なら走ったうちに入らないとか。

 流石運動神経抜群な龍貴。


「純夜! 璃音! おはよ。立ち止まってどうした?」


 そんな事を言っていたら、軽快な足取りで龍貴が走ってきた。やっぱ速いなぁ。


「ん。今から行く所」


「うん。行こっか」


 龍貴はそうか、と言うと、私を真ん中にして歩き出した。

 うんうん。家族もお隣の幼馴染みもその両親も大好きだな。前の時は家族に恵まれなかったから、その人たち全てが家族みたいでそれがすっごく嬉しい。

 大切で大好きな家族ってやっぱりいいよね。


 そんな事を考えていた私の上で、龍貴と純夜が視線を交わらせ、何とも言えない表情をしていたみただけど、にこにこと機嫌良さそうに笑う私が気付く事はなかった。





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