盗撮事件・武長正人視点・1
3-A在籍。
田中真吾は教師の間では有名な生徒だった。今回の件は既に両親には報告済みだ。が、田中の問題行動は今回が初めてではない。それでもここの学園を卒業したいらしく、親の権力と勢いに押されたのもあるが、念書にサインをさせ、次はないという条件で教師達も目を瞑っていた。
だが、起きてしまった3件目。しかも璃音に対してだ。瀬川が言うには告白だと思ったらストーカー宣言されて性質の悪い写真を見せられたとか。写真は生徒会がわからないように写真を黒く塗りつぶしていたりと個人を特定出来ないようにしていたが、あれは間違いなく璃音だ。
5時間目を緊急会議にしたが、それだけでは足りずに6時間目も会議になった。
それを伝えに行った帰りに、璃音が歩いてくるのが見えた。今回の、3人目の被害者だ。表情はいつもと変わらないが、何となくだが不機嫌そうに見える。
考え事をしているのか、俯いていて俺に気付かずに通り過ぎた。反射的に、持っていたペーパーを丸めて後頭部を軽く叩く。
「どうしたんですか?」
この衝撃の主は先生ですが、と言わんばかりの表情。
「6時間目も会議で全クラス自習だ。保健室で眠っていても大丈夫だぞ」
あんな写真を本人が見たらショックだろう。俺はこれを撮って売った奴にこれ以上ない程の怒りを抱えている。教職者という立場も忘れてぶん殴ってやりたい。
「会議だったんですね。お疲れ様です」
「証拠写真はお前だろ」
声のトーンを落として話しかける。
「よくわかりましたね」
「生徒会が個人を特定できないように黒くぬりつぶしてたが、分かる奴は分かる」
体のラインや、隠しきれなかった髪の色。
わかる奴等は限られているが、そいつ等には見せたくない。
「犯人は見つけて下さいね。アレは被害者が知ったらショックで登校拒否になってもおかしくないですし」
淡々と言葉を紡いでいく璃音。お前も被害者だろう、と言いたいが、その言葉は飲み込んだ。
「お前は大丈夫だったか?」
落ち込むわけじゃなく、怒りを胸に秘めているはずなのに、璃音の様子は被害者の身内のような怒り方に見える。
「撮られてアルバムに保管されてましたが……気分は微妙です。
目の前でストーカーに発展したのも驚きでしたけど。
ネガがあったらシュレッダーにかけて、データだったらそれが入ったパソコンを壊したい程度には不愉快です」
真面目な表情で言い切る。時々こういう表情を浮かべるな。璃音は。
大人びた表情。
達観しているといえばいいのか。
「十分怒ってるな。大丈夫だ。俺も怒ってるから安心して自習をやっとけ」
頭をガシッと掴み、璃音の頭を撫でまくる。璃音からの抵抗が一切なかったから、遠慮なく撫でて様子を確認した。
あの証拠の所為で、気付いていなくても璃音の素肌を他の男達に見られた。
許せる範囲はあっさりと超えた。超え過ぎたと言ってもいい。
小遣い稼ぎ程度の認識で女子更衣室にカメラを仕込んだのか。それとも鍵を持ち出せる教師がやったのか。
教師がやるにはリスクが高すぎる。一番簡単なのは、女子生徒が着替えるフリをして仕込んだ──だと思うが。
璃音を教室に戻した後、俺は腕を組んだ。今回は偶々璃音の写真が出てきた。告白という名のストーカーの田中が持っていたからだ。瀬川が止めたらしいが、アイツの事だからギリギリまで助けなかったんだろうという事は予測出来る。
証拠がないと、後々言い逃げされるしな。
しかし、ここまで璃音の機嫌の悪そうな表情を見るのは久しぶりだ。この話し合いには生徒会と風紀も絡むが、見守る立場としては風紀の見回りは牽制になる。寧ろ牽制になってもらわないと困る。
璃音は被害者だが、田中の様子を不審に思い、録音しているのが璃音らしい。感が良いというか何というか。
ただ、瀬川が苦笑しながら情報を話していたのが気にかかる。どうせ璃音の天然というべきか、異性からの恋愛対象に自分は絶対にならないと思っている所がすごい。
思い込むとここまで来るのかと、逆に感心してしまう。俺の気持ちには気付かないが、他の奴等の気持ちにも気付かない。だが、どうしてそこまで自分を除外するのは不思議でしかない。これは他の奴等も不思議に思っているだろう。が、今は考えないでおく。
俺以外にも、璃音を想う相手がいるというだけで腹がたつ。腹がたつから、“今”は考えないでおく。今だけだが。
珍しく。と言っても当たり前だが、璃音が怒っていた。どんな罰を与えた所で溜飲が下がる気はしないが、罰は与えたい。それをするにはどうすればいいのか。璃音を見送った後はそればかりを考えている。ただ単に、俺が許せないだけなんだけどな。
元々、外見の割りにさっぱりとしている璃音に敵は少ない。
だからこそ、あんな写真が数多く存在するのだろう。高嶺の花だからこそ、写真だけでもと持ちたがる人間が多いのは知っている。
俺自身は一介の教師という立場だが、実際には違う。それを発揮し出しとその後が面倒になるだけだと解っているからこそ、やらないでいる。
俺には、この旧校舎で勉強を教えているだけでいい。
そろそろ諦めてもらいたい。が、相手はしぶといのでこの問題が解決するのはもう少し先になりそうだ。
だからこそ、一介の教師以上の発言はしない。それに、今回の被害者たちは生徒にも人気があるが、教師にも人気があるという事。
俺がここぞとばかりに口に出すのは良いが、出し過ぎれば反感を買う。俺の性格上的の数は少なくはないだろう。
一番まずいのは、俺の気持ちがばれる事だ。ばれたら、璃音にも害が及ぶかもしれない。しっかりしているが、身体的に璃音が勝てるかというとそういうわけでもない。
ふぅ、と息を吐き出し、背もたれに体重を預ける。怒り過ぎて疲れるなんてどのぐらいぶりだろうな。
それとも、まだ言えない胸の奥で燻っているこの感情を外へと吐き出したいだけなのか。俺自身わからない感情に振り回される。
答えはただ一つしかないのに、迷ったフリをする。大人の狡さというやつだろう。璃音には決して見せたくない部分。
表に出したら止まらない。もう、止められなくなってしまう。
「はは……俺も甘くなったものだ」
昔だったら、もう既に奪っている。
迷わずに。
有無を言わさずに……。




