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好きのタイミング・中等部海藤貴矢視点・6


 指定された倉庫は案外近かった。

 見つからないように倉庫の周りを囲んでいたリーダーっぽい人に、鷹野先生が手を上げていたのも正直怖かった。あえて関係等プライベートな事は考えないでおく。裏は見ない方がいい。私的に親しくなりたいわけじゃないし。

 そんな事を考えていた俺の前に座っていた清宮は、助手席を降りると迷いのない動きで倉庫へと向かう。

 残された俺達は鷹野先生に言われた場所で待機をしていたんだけど、何故かパソコンがあり、水野の姿が映し出されていた。

 元々そうだったけど、コイツは色々な意味で終わった。俺には想像出来ないぐらい色々なものを失うんだろう。権力者を敵に回すと人生は終わるという事を学んだ気がする。

 相手が権力者じゃなくても、これだけの事をすれば終わっていただろうけど。後は見かけで人格を決めてはいけない。



「水野先生。約束通り来ました。純君を解放してください」


 画面が切り替わる。水野と対峙した清宮が写ってる。その眼差しは他の誰よりも強く見えた。

 綺麗よりかっこよく見えた。清宮に度胸があるのは、学校での言動で分かった。水野に対してもハキハキとした分かりやすい言葉で言い切る。水野を前にしてもそうなのか。

 男として何か負けている気がして、内心落ち込みながらも俺は映像から視線を外すことはせず、見続けた。


「先に璃音が来い」


 両腕を広げ、水野も清宮に言い切る。背中が寒いのは、清宮を呼び捨てにしたからなのか。それとも水野が余りに空気が読めずに思い込んで勘違いしての言動が気色悪いからなのか。両方だと思いながら、清宮の次の行動を見守る。

 清宮は水野の言葉に対し、ゆっくりと歩きながら弟の様子を確かめているように見えた。その時、清宮の眉がピクリと動いた気がする。

 1つの画面に、3人の姿が映し出された。これだと少し分かり難いが、清宮の弟の頬が赤くなっている気がする。口元に見えるのはひょっとして血だろうか。

 よく小学6年の子供を縄で縛った上に、殴る事なんて出来るな。そんな水野に驚きというより嫌悪感を抱く。


「すごく強く縛ってるみたいね」


「はい」


 鷹野先生の言葉に頷く。

 身体に食い込むほど強く縛っているのが画面越しでも分かる。清宮の表情が見えないが、今は逆にそれが怖い。


「お姉ちゃんッ。来ちゃ駄目ッッ!!」


 猿轡はされていなかったから喋る事に問題はなかったが、清宮の弟が叫んだ。縛られながらも姉に来るなと言う。そこに、容赦なく先を縛った太いロープで弟を殴りつけた。重たい音が響き渡る。清宮の弟の小さな身体は吹き飛ばされ、壁に激突した。


「こいつっ、色々なものを持ってる!!!」


 それでも話す事をやめない弟。そんな弟に、忌々しげに舌打ちをしながらロープを持った手を振り上げた。

 俺は見ている事が出来ず、瞬間的に目を閉じてしまう。けれど、いつまで経っても重たい音は聞こえてこなかった。どちらかというと鈍い音が響いたような気がする。


「──ッッ!!」


 弟と、水野の間に片膝を着け、清宮が左腕でロープを受け止めていた。小さな子供とはいえ、人を1人吹き飛ばしたロープの威力。それを片腕一つで受け止めた所為か、腕は長袖で見えないが弾んだロープが清宮の顔を傷つけている。


「璃音。俺の璃音に傷がッッ。このガキの所為で傷がッッ!!!」


「大切な弟に、何をしてくれたんですか?」


 水野の慟哭と、清宮の淡々とした口調が重なる。

 左腕に食い込むようにロープが垂れ下がっていたが、清宮はそのロープを自分の方へと引っ張り、水野の体勢を崩させる。それは一瞬の事で、水野がロープを放しても既に崩れた体勢は立て直せずに清宮に向かっていく。

 片膝を着けていた清宮は、その体勢のまま地面を蹴り上げて倒れてくる水野の鳩尾に膝蹴りを容赦なく食らわせる。その衝撃で、水野が持っていた色々な物が地面へと落ちた。案の定スタンガンを持っていた。


「璃音を傷つけるなッ!」


 膝蹴りを食らい、前のめりだった水野の身体は背中を下に弾き飛ばされるが、それに追い討ちをかけるように、清宮の弟が手早く地面を蹴り水野の後ろに回りこむと、その勢いのまま回し蹴りを水野の背中に食らわせる。

 だが、それだけじゃ終わらなかった。

 清宮の弟は無表情で水野を見下ろし、男の急所に右足を置きながらにこりと微笑んだ。


「あれ? 縄は??」


 確かにさっきまで拘束されていたはずの両腕。今は自由に動かしている。一体いつの間に外したんだ?


「立つと同時に外したな。しかし…」


 武長が俺の疑問に答えた。確かにロープはコンクリートの上に落ちている。


「ここが怪我したらどうなるんだろぉ」


 弟は相変わらず笑みのままだった。勿論、清宮の方も笑みを浮かべているが、こういう状況での笑みは恐怖しか誘わない。


「な! このガキ!!」


 あの攻撃を受けても気を失わない水野のタフさに驚きながらも、俺は物騒な事を言う清宮の弟から目を離せずにいた。

 起き上がろうとした水野の額に、右手の拳を当てる。


「──ッ!」


 右手を額に当てる為に動いた所為か、少し踏まれたらしい。涙目でのた打ち回る水野にかける言葉は見つからない。

 でも、一言言うならこれは自業自得だ。


「あ。ちょっと踏んじゃった? 今は踏む気はなかったんだけどごめんね」


 笑顔を崩さずに言い切る。

 今のは確実にわざとだと思うんだけど、逆らう気を失う程綺麗な笑顔だった。


「これさぁ。節操なしみたいだし、無くなっても構わないよね」


 にっこりと爽やかな笑顔で言い切る。表情と言葉は合っていない。それだけは確かだし、清宮の弟だと改めて再確認した。


「純君。ソレにはもう触らなくていいよ。後は両親に任せよう。そこのドラム缶にでも縛り付けて放置しようね。今の季節を考えれば凍死はしないでしょ。風邪はひくかもしれないけど」


 そういって、既に逆らう気力がないのか、水野は清宮姉弟にドラム缶に縛られていた。カクンと動く頭。あぁ、もう意識はなかったのか。


「純君。それよりも手当てをしないと」


 姉弟2人の世界というか。水野が道化というか。後は両親に任せるってこの状況を何とか出来るのか?

 俺の頭はこの状況についていけてない。それだけは確かだ。

 けれどそれだけじゃ終わらなかった。ドラム缶に縛られた水野だったが、何処に体力が残っていたのかドラム缶を背負ったまま立ち上がり、清宮を追いかけるように歩く。


「あぶな…」


 い。と言うより先に、清宮の拳が水野の鳩尾に食い込んだ。多分、容赦なくねじり込ませている。

 今度こそ、水野は地面に倒れるように落ちていく。口から泡を吹いた状態で、力なく横たわる。水野も怖いが、別の意味で清宮姉弟も怖かった。







「鷹野先生。武長先生。海藤君。本当にありがとうございました」


 鷹野の知り合い?から治療を受けた清宮が頭を下げる。


「いや……俺は何も出来なかったから。殆どというかこれ全部は鷹野先生のおかげだろうし」


 周りを囲んでいる鷹野先生の知り合いとか、資料とか。俺の想像の範囲を超えすぎている。超えているといえば、清宮の強さは俺よりも上……だよな。流石にそれはへこみそうになるというか、へこんだ。好きな女より弱い男ってどうなんだ。

 俺が悩んでいる間も話が進んでいて、気がつけば話は纏まり、清宮の弟の治療が終わっていた。



「怪我は大丈夫だったか?」


 ロープの先があたったのか、清宮の頬は腫れている。これは大丈夫じゃないよな。


「大丈夫だよ。私より純君の怪我……口の中も切れてるし。殴られたんだと思う」


 清宮の表情が物語っていた。もっと殴っておけば良かったと。そう見えるのは気のせいではないだろう。姉弟仲が良いんだな、というか、2人とも華やかな顔をしているから色々と目立つんだよな。

 普段は出来ない観察ををじっくりとしていたら、清宮の弟と視線が合った──瞬間、背筋が急激に寒くなった。何だ? 今の眼差しは。

 弟と清宮は何かを話した後、清宮の弟が俺の方へと歩いてきた。清宮は鷹野先生の所へと向かっている。

 ……この弟、俺の手に負えるのかどうなのか。


「先輩。姉の手助けありがとうございます」


 にっこりと、大体の人間が見惚れる笑みを浮かべてはいるんだが、俺にとってはただの怖い表情にしか見えない。しかも今回の俺は役立たずだ。嫌味にしか聞こえないのは、俺の心が狭いからなんだろう。きっと。


「先輩も、姉の事が好きなんですね」


「……」


 はっきりと言われた言葉に、何も言えずに喉を詰まらせる。

 何だ? 何なんだ? こいつはあの清宮の弟なのか??


「ふふ。それは半分正解です」


「心の中を読むな」


「表情が分かりやす過ぎるんですよ」


「そうか…でもそれがどうした? 俺が誰に好意を持っていても関係ないだろ」


 清宮の弟だとしても、そこまで口を出されたくはない。それをハッキリと言えば、弟は笑った。やっぱり俺にとってはゾッとする笑顔だった。


「そうですね。姉に懸想する連中は多いですから。

 それでも璃音は渡しません。再婚の連れ子同士。俺が諦める必要は全くないですしね」


「……はい?」


 間抜けな表情を浮かべながら間抜けな声を出し、そこに立ち尽くしてしまった。ちょっと待て。連れ子同志の親の再婚って──……繋がってないのか。

 なんだこれ。ラスボスの存在が強すぎるんじゃないか? 怖すぎるぞこいつ。


「言いたい事はそれだけですから」


 今後、俺は清宮の弟の笑みを信じる事はないだろう。他の奴等がどう見えているかなんて知らないが、腹の中じゃ何を考えているか全くわかんねぇ。

 ただ1つの利点と言えば、清宮に群がる恋敵達を追っ払ってくれるって事か。俺も追っ払われる立場だが、同じクラスでしかも席は前後。この時間だけは弟といえども干渉する事は出来ない。

 弟は怖いが、清宮に俺の事を好きになってもらえばいいだけの話だ。とんでもなく鈍い清宮だけど、そういった意味だと清宮は真のラスボスだよな。

 取り合えず同じ学年で、しかも同じクラスで良かった。

 1歳だけとはいえ年下。同じクラスでもない限り、やれる事は限られる。

 密かにやる気を出していた俺だけど、重要な事をすっかり忘れていた。敵(魔王)は年下で、学校での重要な接点は俺に及ばないものの、魔王は同じ家に暮らしている。

 そんな事も忘れ、俺はこれからの事を考えて気合を入れていた。





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