好きのタイミング・中等部海藤貴矢視点・5
午前10時集合。結局昨日はそれを決めてから解散した。土曜日にじっくりと話し合うと油断していたのかもしれない。
「すいませんッ。水野先生の個人情報を教えてください!!」
10時少し前。150cmぐらいの幼馴染みを連れ、清宮が叫びながらドアを開けた。
「「どうした?」」
余りの剣幕に驚き、2人揃って言葉が漏れた。
「弟が連れ去られたの!」
「弟が?」
外から歩いてきた武長が、銜えた煙草を落としそうになりながら、驚いたように目を見開く。
「龍君。その時の事を話してもらっても良い?」
「うん。2人で公園に向かって歩いてたんだ。そしたら、急に車が俺達の進路を塞ぐようにハンドルをきってさ。そこから出てきた璃音を追い掛け回してた馬鹿が純夜を抱えて車で走り去ったんだ」
色々と気になるが、取り合えず重要なのは清宮の弟が連れ去られたって事か。そこまでいったのかよ。水野の野郎。
「その時の車の色と形とナンバーはこれ」
「間違いないか?」
武長が清宮の幼馴染みに確認を取る。
「うん! ない!」
自信を持って言い切る清宮の幼馴染み。武長が紙を受け取り、それを参考に何処かに電話をかけながらパソコンを起動させて何かをやっていた。それにしても流石清宮の幼馴染み。しっかりとしてる。
「ちょっと見せてね。うんうん」
鷹野先生も武長が受け取ったメモを見ながらメールを打つ。早いな、鷹野先生」
「じきに見つかると思うわ。少し待っていて」
「……」
鷹野先生の本性も気になるが、気付かないふりをして携帯に視線を落とす。清宮は、携帯を握り締めて窓の外を見ていた。
清宮から龍君と呼ばれた幼馴染みも、清宮と一緒に窓の外を見ている。不安げな表情。大切な弟を連れ去られたんだ。平常心でいられるわけがない。
不安げな清宮の手を握り締める幼馴染み。
…俺の出る幕は全くなかった。気の利いた言葉も言えない。ただ、相談した相手の運が良かっただけ。俺が出来ない事をやってくれている。
自虐的な思考に陥りそうになりながら、鷹野先生と武長を見ていた。すると、すごい量の情報が寄せられているのがわかる。2人はメールを書いたり電話をしたりと忙しそうだ。
情報提供者が半端ないというか……武長も鷹野先生も一体何者だ? 忙しそうな2人とは対照的に、俺は役立たずだ。溜め息をつきたいのを我慢しながら、俺は水野の資料に手を伸ばす。個人情報にしては分厚いな。
ぺらり、と1ページ目を見てみる。水野の顔だけのものと全身が写っているものがある。身長体重血液型。基本的なものから、家族構成。勤め先。持っている資格所か交際相手の名前まで書いてある。
……。俺は無言のまま資料を閉じた。これは、一般人の俺が見て良いものじゃない。忘れよう。この件に関しては。明らかに細かく調べすぎだろう。一般市民が到底調べられる情報量じゃない。プロに頼んだのか、身内にプロがいるのか。
というか、たかが高校の保険医がどれだけ権力を握ってるんだ。別の意味で鷹野先生にドン引きしてた時、清宮の携帯が鳴った。
「もしもし」
どうやら電話らしい。はい、はいを繰り返している所を見ると、相手は水野かもしれない。
「純君はどうしてますか?」
何かを押し殺した声。音を搾り出しているという感じだ。
「分かりました。行きます。はい。少し待っていて下さい」
それを最後に、清宮は携帯を鞄へとしまう。
「その場所って倉庫よね? 一応忍ばせてるけど、清宮ちゃんはどうしたい?」
綺麗な笑みを浮かべている鷹野先生からの言葉に、清宮はそれに負けない程綺麗な笑みを浮かべた。つい、状況も忘れて見惚れてしまう。
「どうしたい……ですか。2度と顔は見たくない。その程度ですよ。あぁ、勿論純君を取り戻した後ですけど」
笑っているけど、笑ってはいない表情に変わる。
……清宮と知り合ってから数ヶ月経つが、こんな表情は見た事がない。笑みに見えない笑みと、固く握られた拳。微かに震えているのは緊張の所為だろうか。弟が連れ去られたんだ。当たり前か。
「それでは、ちょっと行ってきますね」
「ちょっと待て。落ち着け璃音」
「そーよ。清宮ちゃん。女の子1人で行かせるわけないでしょ。一緒に行きましょ」
大人2人に呼び止められ、清宮は2人の顔を交互に見ると口を開いた。
「水野先生ですが、先日武長先生に止められた件で暴走が始まったと思います。学園を運営している一族の1人に見られたので、クビになるんじゃないかと恐怖心も抱いたんじゃないでしょうか。それと、今までの水野先生の評判や情報を聞く限り、完全に空回ったまま今まできたみたいですね。そのうっぷんが溜まりに溜まった頃、見た目は真面目に見えていた私に全てを注ぎ込んだのではないでしょうか。
でもクビになる。そうすると私と一緒にいられない。解決方法としては、クビになる前に学園を辞め、私と一緒に田舎に行くとか色々と言ってましたよ」
そこで一旦言葉を区切り、俺達の顔を見て無邪気に笑う。
「この程度なら無視出来る範囲だったので、流していたんですけどね……。私の大切な弟を…純君を人質に取るなんて……人生を終わらせた方がいいですよね」
迷いのない清宮の言葉に、俺達は何も言えなかった。思わず3人揃って無言を貫く事になってしまったけど、それほど今の清宮は怖かった。
ころころと鈴の音が転がるように可愛い声。そして無邪気な満面の笑みで言い切る清宮。弟が連れ去られた時点でぶち切れていることに、今更だけど漸く気付けた。
というか、その程度って十分被害は大きいと思うんだけど、あんまり気にしていなかった事に正直驚いた。いつもにっこりと笑って、大人しそうなタイプだと思っていた。
改めて思う。あの時好きになった理由は、困ってる俺に声をかけてくれた事。顔が好みだったのもあるが、今は色々な清宮を見て、俺の隣りに居てくれたら嬉しいと思うようになった。
まだ中学1年。これから3年間ずっと一緒に居れる。
急がなくても良い。ここまで仲良くなれば、後は清宮を見ていくだけ。好きな所も嫌いな所も。
ただ儚く見えたのは、微笑みとゆっくりとした話し方だったからだろう。少なくとも、俺はもう儚くは見えない。清宮はしっかりとしていて、身内思い。でも怒ると怖い。今回は清宮の沸点を軽く越えてしまっただけだと思うが、何をやってもおかしくない状態に見える。
鷹野先生と武長が何とか止めながら、車まで移動してきた。
運転するのは鷹野先生。助手席に清宮。俺と武長は隠れるように後部座席に座る。
清宮の幼馴染みは自宅待機。行きたそうだったが、清宮のお願いに負けて自宅に戻っていった。
恐らく、清宮が何かのメモを渡していたから、それも関係しているのかもしれない。中身は気になるが、俺がそれを読む機会はないだろう。多分。




