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近すぎる距離感・1



 目の前には土下座している男の子が一人。

 何だろう。

 最近土下座が流行ってるの?

 昨日も見たんだけど。


「本当にごめんなさい」


 しかも額を地面に擦り合わせている所為ですってるし。


「許して欲しいなら立って下さい。その状態じゃ話も出来ないです」


 靴が縦に飛んできての顔面強打はきつかった。きついけど、土下座は無理。本当に無理。時間帯は早めで通行人はいないけど、とりあえず止めてもらわないと。


「怒ってないので立って下さい。お願いします」


 寧ろこっちが頭下げます。

 だから立って下さいとばかりに襟を上に引っ張る。


「……優しい」


 漸く顔を上げたかと思ったら、瞳を潤ませながらにこっと笑った。

 あぁ、この顔は間違いない。隠しキャラの水守さんだ。隠しキャラが出るって事は、ルート的に多いなぁ…。


「優しい子は、好き」


「……ん?」


 そういえばこの水守さんって……一つ問題があったよね。

 距離をとらないと。そう思ったと同時に耳に息を吹きかけられ、その直後にチュッという音が響き渡る。


「柔らかい。食べちゃいたいな」


 食べ……食べちゃいたいって…。


「………いえ、食べても美味しくないので遠慮しておきます」


 この人、男女問わず気に入った人相手にはキス魔だった事を、今更思い出した。勿論一番の標的は純夜なんだけど、純夜の姉というだけで私の事も気に入ってくれたんだよね。思い出すのが遅かったけど。


「璃音ッッ」


 そして、本当にタイミング悪い。じゃなくて、そうだった。こういうイベントだった。家を出る直前に純夜に電話がかかってきて、先に出た私を追いかけてこの現場を目撃。

 姉である璃音に絡んでいる男を見て、こうやって怒ってくれるんだった。

 純夜に腕を引っ張られ、バランスを崩して倒れそうになる身体を純夜が抱きとめてくれた。


「ごめん。強く引っ張りす……その顔何? どうしたの? イジメ?」


「…ちょっとした事故です」


 顔面に靴底が当たったから、泥で汚れているんだよね。


「靴底の模様がくっきり……」


「そうなんだ。大丈夫。拭くもの持ってきてるから」


「目も赤くなってる。犯人ソイツ?」


 ……気分は尋問を受けてるみたい。


「姉にそれぶつけたの?」


 そうだね。靴が落ちてるもんね。犯人は見るからに水守さんしかいないよね。

 私を問い詰めるより、明らかに犯人の水守さんに聞く事にしたらしい。不愉快とばかりに水守さんを睨みつける純夜。

 一体、私はいつまで純夜に抱きしめられているんだろうか。

 もぞもぞと動き、腕の中から脱出を試みたんだけど、尚更腕の力が強くなった。あぁ、動いちゃ駄目なのね。


「君も可愛いね。怒ってる表情カオも綺麗」


 そしてターゲットロックオンです。

 キランキランと純夜を見てる。ちょっとだけ頬を朱色に染めながら。


「何言ってるんですか」


 水守さんは心底嬉しそうに笑うんだけど、それとは対照的に純夜の眼差しは冷たい。二人の温度差にどうしようかと思っていたら、ここで助っ人が現れた。


「どうした?」


 純夜の所に駆け寄る龍貴君。小さい頃から一緒にいた龍貴君は、純夜の抑え役でもある。これで大丈夫かなと胸を撫で下ろそうとしたら、龍貴君は私の顔をこれでもかと言わんばかりに見てくる。


「あのさ。純夜の喧嘩直前の雰囲気も気になるんだけど、璃音のその顔は何?」


「ソイツの靴が当たったんだと思うよ。姉さんは何も言わないけどね」


「あぁ、靴底の模様だもんな」


 頼りにしていた龍貴君も、喧嘩を収める所か純夜の加勢に回りそう。どうやってこのイベントを乗り切ったっけ。

 それさえ思い出せればヒントになるのに、肝心のそれが思い出せない。

 隠しキャラ以外はクリアーしたんだけど、隠しキャラを出した事に満足して、殆どやってなかったんだよね。やる暇もなく転生しちゃった、というのもあるんだけど。


「君は可愛くないね」


「あ?」


 水守さんの発言に、龍貴君の表情カオが恐ろしい事になってる。はっきりいって、幼馴染の私でも怖いって思うぐらい、喧嘩直前の表情をしてる。

 流石に殴り合いを始めさせるわけにはいかない。怖いけど覚悟を決めて、純夜の腕から抜け出し、水守さんと純夜の間に入る。


「純君も龍君もちょっと待って。これは事故で、故意でやられたわけじゃないから落ち着いて。ね? お願い」


 手を合わせ、軽く頭を下げる。

 息を呑む音が聞こえたけど、お願いだから引き下がってね。通学中にこれ以上目立ちたくもないし。


「だから……あーもう。何で姉さんはそんなにお人好しなのかな」


「ホント……璃音は簡単に許しすぎだよ」


 どうやら引いてくれるらしい。良かった。喧嘩は回避され――…たはずなのに、水守さんがいつ近づいてきたのか、純夜の頬に口付ける。

 勿論、チュッとキスの音を響かせながら。


「「――ッッ」」


 純夜と龍貴君が同時に息を呑む。


「純君、龍君。とりあえず学校に行こう! それで私の顔を見てくれると嬉しいなっ」


 本音はアンタは何してるの!?だけど、それは言わずに二人の腕を引っ張る。


「俺はねぇ、3-Aの水守 桐矢(キリヤって言うんだ。よろしくね。可愛い子」


 この場の凍った雰囲気を感じ取っているのか、無視しているだけなのか。よくわからないけど、水守さんはにっこーと満面の笑みを浮かべ、簡単な自己紹介をする。

 マイペースだね。本当にマイペースだよね。


「よろしくなんかしない。もう姉さんに近づくな」


 お怒り中の純夜です。

 言葉を吐き捨てるように言った後、私の腕を掴み歩き出す。


「行くよ」


「うん」


 純夜の言葉に頷き、少し早歩きでその場を立ち去る。龍貴君もそれに続くけど、水守さんを睨む事は忘れなかった。

 この後、どうなるんだっけ。

 拗れたような気がするんだけど、挽回の仕方がわからない。けれど二人の機嫌が悪すぎて聞けそうにもないしなぁ。

 頭の痛い攻略キャラにどうしようと左手で顔面を押さえたんだけど、指先にぬるっとした感触。

 ………血だね。切っちゃってたんだなぁ。深くはないからすぐ塞がるだろうけど、もう一悶着ありそうな気がする。

 とりあえず、保健室に駆け込んで洗面台借りて洗い流してしまおう。そうすれば、血の事は誤魔化せるかもというより、誤魔化さないと今後の展開が不安になる。

 しかし、隠しキャラは強烈だったなぁ。




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