好きのタイミング・中等部海藤貴矢視点・4
「まぁ、座れ」
そう言って、態度のデカイ男がソファに座っていた。
最近協力者になってくれた鷹野先生という高等部の保健医に会いに行ったら、この男がいた。
「(こいつってあの派手な教師だよな)」
入学式に見た記憶がある。その男と同一人物で間違いないだろう。
「あら海藤君。こんなのは無視して座っていいわよ」
鷹野先生がコーヒーを淹れてくれたカップを机の上に置いていく。仲が良さそうだと思いながらも礼を言ってから、少しだけコーヒーを飲む。毎回思うけど、鷹野先生の煎れてくれたコーヒーは美味しい。
「この柄の悪い派手な男はねぇ、武長正人っていう高等部の理科の教員よ、今年は受け持つクラスはないけど、まぁまぁ話はわかるし、いざっていう時の権力を行使出来る人物だから安心してね」
「……」
色々と突っ込みたい事が出来たけど、飲み込んだ。何かを言ったら駄目だ。深く考えちゃいけない。俺は鷹野先生に相談して、鷹野先生が派手な教師に頼む。俺と直接関わりはない。ないんだ。
「…それは分かりましたが……が、清宮を知っているんですか?」
飲み込んだ後、聞いてみる。清宮の味方になってくれないなら、協力を要請したいと思える教師じゃない。
鷹野先生と俺は色々と話し合って絆を深めた。でも、高等部の目の前の教師が清宮と縁があるとは思えなかった。
「2日前だったかしら。璃音ちゃんを助けたのよね」
「助けたって、何かあったんですか?」
清宮からは何も聞いていない。水野の話題を一切していないから、話さなくて当然といえば当然の事。
鷹野先生が横目で武長っていう教師を見てから話し出した。
「2日前ね、備品庫で襲われかけていたみたいよ。いつものように頼んで、廊下から様子を伺ってから、璃音ちゃんしかいない備品庫に入って鍵を閉めたのよ」
鷹野先生の言葉は衝撃的だった。驚きすぎてソファから立ち上がり、高野先生を見つめる。まさかそこまで行動がエスカレートしているとは思っていなかった。
「外で煙草を吸ってたら、備品庫を覗き込んで鍵を閉めた水野が怪しくてね。持っていたマスタキーで鍵を開けてくれたのよ」
「……」
鷹野先生が言った権力を持つ──という意味が少し分かった。普通の教師がマスタキーを持ち歩いているはずがない。
理事長とかの血縁関係があるのだろう。多分だけど。
よく分かったねとばかりに鷹野先生から頭を撫でられ、俺は3歩程後ろに下がった。この年になって頭を撫でられるって……。
「璃音ちゃんの様子はどうなの?」
「…全く変わらないですね。ただ最近、悪戯メールが多いって言ってた……」
「ちょっといいか。周りがこうやって集まるより、本人も呼んで対策を考えた方が良いんじゃねぇの?」
武長が足を組み、背もたれに背を預けながら口を挟む。こうやってみると、全く教育者には見えない。
「本人の性格を考えると、震えて縮こまるタイプじゃないだろ」
「「……」」
思わず無言になる。
ここまでくると、外野だけで意見を言い合っても始まらない。それは分かるが、途中から突然現れた男に言われたくないのもある。俺の気持ちに気付いたのか、鷹野先生がポンッと手を叩き、一つの案を出す。
「明日休みよね。アンタの所でとことん話し合いましょうか?」
武長の方を身ながら、鷹野先生が言う。話を聞いてみると、武長だけの為の準備室があるらしい。しかも校舎からではなく、直接外から入れるらしく、その流れで瞬く間に話が決まっていく。
「明日…どうやって清宮を誘うかだよな…」
まだメアドの交換も出来ていない。そろそろ聞いてもいいかと思うんだけど、軽い男に見られたくなくて、未だにそれを言う事が出来ていない。
そんな俺の目の前で携帯を取り出し、誰かと話し出す武長。
「あぁ。今から来い。どうせ自習だろ」
月に1回。2時限だけ自習というものがある、何をやってもいいが、おしゃべりよりもッ勉強や部活の時間として使う人間の方が多いが。
俺は小沢に頼んであるから問題ないが……誰に電話したんだ?
何故か嫌な予感がして、額から汗が流れ落ちた。それから10分後、画材道具を持った清宮が呼吸を整えながら入ってきた。思わず、武長を見てしまったが仕方ない。
「じゃ、場所を変えるぞ。撒いてきたんだろ?」
「今頃初等部を探していると思います。弟に協力を頼みましたから」
声を発する事が出来ず、ただその様子を見ていた。高等部の保健室から理科準備室に移動する。この間も見つかるんじゃないかと心配したが、どうやら高等部に行くとは思っていないのか、誰にも会わずに準備室に着けた。
さっき、鷹野先生が言った通り、準備室から外に出れる。高等部の理科室は別校舎にあり、1階には理科室と準備室しかない。明らかに1階のスペースに対して教室の数が少なすぎる。しかも一番端にあるから、授業じゃなければ絶対に来ないだろう。
元々高等部に行く機会もないし、そもそも俺は外部生だ。そうやって一番聞きたい事から思考を背けていた。が、武長──始めから呼ぶ時以外は先生をつけていなかったが、もう付ける必要はないだろう。こいつはただの敵だ。
敬称なんてつけてたまるか。恐らくこいつは清宮のメアドも知ってる。俺が我慢していつ聞こうか慎重にタイミングをはかっていたのに、コイツはいとも簡単に入手した。電話番号まで。ただの逆恨みだと分かってはいるが、そう思ってしまう心は止められなかった。
「璃音。俺が邪魔をした後はどうだった?」
……璃音?
俺が呼びたくても呼べなかった名前をあっさりと口にする武長。こいつは嫌いだ。清宮の為に我慢はするが、それ以外では絶対に関わり合いになりたくない。
「少し距離を取るようになってくれましたよ。ただ見られる回数は増えたかな。先生じゃなかったら叩きのめしたいんですけどね」
今、清宮にしては珍しい言葉を聞いた気がする。
「合気道と剣道を純君と龍君と一緒におじいちゃんに習っているんですけど、まだまだって言われるんですよね」
「部活をやってないのはそれが理由か?」
ここで漸く話に割り込めた。
「うん。おじいちゃんの道場が徒歩で行ける場所にあるから、行ける時は行ってるよ」
「そっか」
どうりで身のこなし方が綺麗だったのかと、改めて納得した。俺は本当に清宮の事を知らないなと、内心へこんだ。
「証拠は揃ってるから追い出してもいいんだけどな。親戚が権力持ってるとこういう時は楽だな」
手馴れた動作で煙草の煙を吐き出す。成宮学園の関係者で権力も金も持ってる。その上背が高く、顔も良い。女にもてそうな要素が全て揃ってるな。
「でもねぇ、それをやったら全部璃音ちゃんの所にいきそうなのよねぇ」
鷹野先生もよくよく考えれば名前で呼んでいる。話は確実に進んでいるのに、話に入れていない俺。
「んー…何か私のイメージが水野先生の理想通りって言ってましたよ。全く違うんですけど、思い込んじゃって人の話を聞いてくれないんですよね」
困りますよね、と瞳を閉じ、溜め息を落とす清宮。
本当にストーカーって面倒だな。働かない頭でそんな事を思う。
しかも、クラスの生徒には全く相手にされていない事で尚更、清宮にのめりこんでいるのかもしれない。
「水野先生が言っていたんですけど、おしとやかで華道をやって、普段着は着物で過ごして、料理が大得意らしいですよ」
「「「……」」」
清宮の言葉に、俺達3人の沈黙が重なる。
「中学1年生の私に何を求めているんでしょうね」
くすくすと笑う清宮は可愛い。恐らく清宮の本音は色々とあるのだろうが、笑う姿は可憐だ。けれど俺や小沢が思っている以上に、清宮の神経は太いという事もわかった。
一般的な中学1年生の女の子はきっと、こんな時は恐怖に震えていると思う。けれど清宮からは余裕さえも感じる。
清宮のその表情に、教師2人は顔を見合わせ頷きあう。
どうやら何かを思いついたらしい。上手くいくならいいけど、水野が清宮にせまったってアイツはなんなんだよ。
そう思うと、武長の方がまだマシかと、少しだけど思えた。




