好きのタイミング・中等部海藤貴矢視点・3
「おはよう。海藤君」
「おはよ。今日は俺の方が早かったな」
「そだね」
席に腰掛けながら、教科書をいつも通りに使用する順番に並べ替えて、引き出しの中を整理する清宮。
「…あれ?」
いつものように並べていた清宮が、不思議そうに首を傾げる。
「…まさか」
「メモ帳がない。持ってくるの忘れたのかなぁ」
「……」
清宮の言葉に怪訝な表情を浮かべる俺と、今来たばかりの小沢。机には引き出しがついていて、鍵が閉められる。その鍵を紛失した際には手続きが必要なんだけど、清宮が鍵を紛失した事は一度もない。
でも、清宮自身は首を傾げながらも、家に持ち帰って、持ってくるのを忘れたと思ってしまっているみたいだ。鍵は閉まっていたからそう思うんだろうけど、俺と小沢はそうは思わない。鍵はスペアがあって、そこまで厳重に保管されているわけでもないし、毎日確認するわけでもない。その気になれば、保管庫から鍵を持ってスペアキーを作るのは簡単だ。
入学式から1ヶ月。GWの休み明けから3日目。清宮がこの1ヵ月で紛失したものは今回のメモ帳。ペンケースから愛用しているシャープペンシルとお気に入りのボールペン。友達とやりとりしているミニレターセット。付箋が何個か。ノートと教室は毎日持ち帰るが、ペンケースや付箋は引き出しの中に入れてある。
最近は手口が大胆になってきて、体育や移動教室で席を離れる時にも紛失するようになってきた。物が紛失するようになってきた清宮は、全てを持ち帰るようにしているが、メモ帳は偶々忘れて置いて帰ったのだろう。
清宮には内緒で、俺と小沢が小さなカメラをつけた。犯人が分かるように。これで決定的な映像が写っていたら担任をどうにかしてもらおう。
…って、誰に相談すればいいんだ?
教室で見るわけにはいかず、かといって家に帰って確かめるより先に、早く中身を確認したい。小沢も俺の様子に気付いてフォローをいれてくれた。
「そういや海藤。昨日の怪我大丈夫か?」
「あー…そういや包帯がほどけてるわ」
小沢の視線がいく中、俺は自分の身体をたてにして包帯を緩ませる。昨日、体育館の横を通りすぎた時、横から来たボールを避けたまでは良かったが、運悪く下に落ちていた缶を踏み、倒れそうになった身体を右腕を伸ばして電柱を掴み体勢を整えた──…が、その右腕が問題だった。
伸ばした右腕に力をこめて突き出したのだが悪かったのか、何か嫌な音が聞こえる。ズルッと何かが剥けた音。朝包帯を巻きなおしたが、今のやりとりで間に解けさせた右腕を清宮へと見せる。
「赤くなってるね。保健室に行った方がいいよ」
「あぁ。行ってくるわ」
清宮が着いていくと言う間は与えず、俺はさっさと教室を出て行く。
「(そういや、今日の保険医は高等部の保険医が代理でいるんだっけか)」
成宮学園は、敷地内に幼等部から大学部まである。こういう事は珍しい事じゃないらしく、度々あると面接の時に先生が言っていたっけか。
いっその事、これはタイミングが良かったんじゃないかと思い出す。高等部の保険医の方が、中等部の保険医と違って客観的に見てくれるんじゃないかと思い始める。保険医の対応次第だけどな。
コンコン、とノックは2回。返事がないからそのまま扉を開けて中に入る。誰もいないと思っていたら、椅子に悠然と座っている白衣姿の女──…かと思ったら、喉仏があった。こいつ男だ。
「あらあらぁ。入って来たのに挨拶なし?」
「…失礼します。ちょっとっつーか、かなりっつーか、吃驚して言葉が出てこなかったんですよ。まさか女装保険医とは思ってなかったんで」
喉仏がなくても、今は男にしか見えない。
「昨日怪我をした子よね。かすみちゃんから話は聞いてるわ」
裾の隙間から崩れた包帯が見えたのだろう。高等部の保険医は少し眉を顰め、
「まだ血が止まってないみたいね。ここに座って見せて」
と、その口調は淡々としていたけど心配する響きを持っていた。女装は兎も角、表情や態度はしっかりしているように見える。
保険医の山木先生を信じていないわけではないが、中学の教師だとお仲間意識で勘違いで済まされそうだしな。
俺は偶々会う事になった高等部の保険医に、録画したものを見るのに立ち会ってもらう事に決めた。
「先生。俺の名前は海藤貴矢。1-Cの外部生です。突然ですが、内密に相談したい事があるので、一緒に見てもらっても良いですか?」
名乗ってから気付いた。相手の名前すら知らない事に。
それにいきなり初対面の学生からこんな事を言われて、相談にのってくれるのかすらわからない。保険医は治療の為に使う道具を机の上に置き、鍵を閉めてから椅子へと戻ってくる。
「私の名前は鷹野透。高等部の保険医をやっているわ。かすみちゃんは後輩だし、今日はどうしても休みをほしいという事で代理で来たの。今扉に不在の札をかけたわ。一緒に見ましょうか」
思いの他しっかりと自分の事を話してくれた。
喉仏は見えるし女装しているけど、その笑みはかっこよかった。ただそれだけで、何故か信頼してもいいと思う気持ちが大きくなる。
俺は取っていた画像を見せ、案の定水野の奴だったかと思ったが、隣でそれを見ていた鷹野先生の表情はハッキリいって、怖かった。
「こんなものを仕掛けるって事は、これまでに被害があったからでしょ?」
その言葉に、俺は頷く。
「しかし性質が悪いわね。先日食事をした時、川浦先生も言っていたのよね。最近、水野先生の様子がおかしいって」
「川浦先生も気付いてたんですか?」
「それは気付くでしょう。態々備品庫の鍵を渡して自分の所まで持ってこさせるの。始めは気付かなかったけど、段々回数が増えていって今は毎日でしょ?」
俺は鷹野先生の言葉に何度も頷く。酷い時なんて一日に数回ある。日直に頼む事も全て清宮にやらせている。委員長が水野に言ってくれたが、それでも改善される事はなく、未だに清宮だけが動かされている。
俺が鷹野先生という協力者を得てから数日後に、清宮の携帯に知らない相手からメールが来るようになった……。




