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好きのタイミング・中等部海藤貴矢視点・1


 親の再婚の都合で、成宮学園に入学したのは中学の時だった。

 母に苦労をかけたくない。ただそれだけで勉強に取り組んだ。父は予想以上に良い人だったが、それだけに海藤の名を落とさないようにしていたと思う。

 見事外部生として合格し、中等部から金持ちだけが通うと思い込んでいた入学式は予想より遥かに質素で、すごく驚いた。でも緊張していたんだろう。今まで築き上げてきた人間関係はゼロからスタート。普通の市立に通っていた友人達がここに入学出来るわけがない。

 今までの友達とは別れ、俺を知っている奴は誰もいない。正直心細かった。その時、隣りの席に座っている奴が俺の肩を2回程叩いてきた。

 何だ?と思って少しだけ視線を向けた。


「(女の子だったのか)」


 隣りに座っていたのは、見るからに人目を惹く可愛い女の子だった。それにすら気づけない程緊張していたのかと思うと、逆にそこまで余裕のない自分に驚いた。


「校長先生の話は短いから大丈夫だよ」


 イメージ的にはものすごく長い校長の話を聞くんだろうな、と思っていただけに、それは嬉しい情報だ。


「そ……うなのか?」


 壇上の台の上にセットしたマイクに向かって話し出した校長に、本当に短いのだろうかと疑問もある。


「殆どがエスカレーター式で中等部に上がってきてるから、という理由と、校長先生自体が長話が好きじゃないんだ」


「…そうか」


 椅子に座っていると、どんどんと緊張していきそうだったから、眠気覚ましになる情報と、それを教えてくれた女の子に感謝しながら、もう一度じっくりと声をかけてくれた子を見る。見られていると気付かれない程度の視線。

 人目を惹く所じゃない可愛さに思えた。

 その子をもう少し見ていたいのに、確かに校長の話は短かった。時間にして5分はかかっていない。寧ろ2分ぐらいで終わったんじゃないだろうか。意外な程あっさりと終わった入学式に驚きながら、教室に戻った時に誰にも気付かれないように息を吐き出した。

 校長の話が短かろうが何だろうが、緊張するには変わりない。漸く落ち着いて呼吸が出来そうだと胸を撫で下ろしながら、俺は番号が貼ってあった椅子へと腰掛ける。

 俺の学生証代わりのカードに書かれた数字と、机の上のものは同じだ。手帳はスケジュール帳みたいにシンプルなもので、個人情報は一切書かれていない。その変わりカードを持つという手間はあるものの、財布でそこまで幅を取るわけでもない。

 一息ついたら周りを見渡す余裕が出来たのか、俺は教師全体を見回す。これから3年間世話になる同級生達だ。とても仲良く出来なさそうな、いかにもお嬢様っていうのはいたが、男の方は案外シンプルに思えた。

 見る余裕が出来て気付いた。体育館での入学式の最中、俺に話しかけてきてくれた女の子は、俺の真後ろの席だった。


「さっきはありがとな。すげー緊張してたから助かった。あ…と、海藤貴矢っていうんだ」


 女の子の瞳には俺だけが写ってる。何故かそれだけで解れたはずの緊張が帰ってきそうになる。


「たいした事はしてないよ。私は清宮璃音。外部性はやっぱ緊張しちゃうよね」


 微笑みながら言われた言葉。

 髪はポニーテールで、同級生とは思えない程落ち着いていて、優しい笑顔を浮かべる女の子。体育館でも思ったけど、本当に可愛いな。笑う姿は勿論可愛いが、顔の良い奴ってどんな表情でも可愛いっていうが、それって当たってたんだなと思う。

 その証拠に、俺と話している清宮にチラホラと男から視線が向けられている。当の本人だけが全く気付いていないという虚しい状態に陥っているが。

 さっき体育館で見かけたいかにもお嬢様っていうケバイ感じじゃなく、深窓の令嬢という感じか。まぁ……一言で言うなら美少女。可愛らしい小物だったり服だったり、他には詩集なんかを読んでいそうだ。こっちの勝手なイメージだけで言うなら。

 そんな事を考えていたら、清宮に笑われた。


「眉間に皺。初日からそれだと疲れちゃうよ」


 清宮に言われて眉間を触ってみたら、確かに皺が寄っていた。どうやら俺の考えていた事が表に出たわけではないらしい。


「あ。先生が来たみたいだね」


「あ…おぉ」


 中学の先生とは縁がなかったからなのか、エスカレーター式で中等部に来た連中も真面目に耳を傾けている。どうやら3年間世話になる先生は水野先生という名前の男だった。

 何処にでもいる普通の先生だった。黒縁眼鏡に眉毛よりも少し長めの前髪。学校に行く時に見かけた、柄の悪い教師は高等部か大学部か。色々な教師がいるんだな。

 平凡な先生。それが、俺の水野先生に対しての感想だった。その俺の感想が全く違っていた事には気付かず、視線を窓の外へと移動させ、耳だけで聞いておく。

 何ていうか……あまり頼りにはならなさそうだ。一生懸命なのはわかるけど。額から流れる汗をハンカチで拭きながら、同じ言葉を何度か繰り返す。

 視線を外から先生へと移し、さっきよりもしっかりと観察してみる。髪は全体的に短めだよな。黒縁眼鏡の度が強いのか、分厚いレンズに阻まれ目を見る事は出来ない。髪は短めだけど、運動部というより身体を動かす必要のない部活の担任があってそうだ。 

 中年らしく中肉中背。少なくとも、眼鏡を外せばかっこいい先生になる、には程遠そうだ。慎重派170cm以下。30代ぐらいで少し太り気味。

 かなりテンパっているせいか、生徒達がこそこそと何かを話し始めた。不満があるのかもな。入学式に並んでいた先生達を思い出すと、水野先生とは全く違う。誰かはわからないが、ハズレが当たったね。何て声が聞こえてきた。小声だったから偶々聞こえた言葉だったが、黒縁レンズ厚めの視線が、その声の方に向いた気がする。

 眼鏡越しでもわかる視線。所作が少し乱暴になった所を見ると、イラついているようにも見える。悪口を言った生徒を覚えているようにしか見えない態度に、少し嫌な気分になった。

 水野は教室全体を見回し、最終的には窓側の席に視線を注ぐ。俺の後ろを見て、笑みを浮かべた気がした。今俺が後ろを振り向けば露骨すぎるから、鏡で後ろの清宮を盗み見るが、真面目に教師の話を聞いている。

 他の連中に向けるのとはかなり違う眼差しを清宮に向け、笑った。

 正直気持ち悪かった。






 入学式から数日後。清宮が男──というより男の子といった感じの、清宮に劣らず綺麗な顔をした子と話していた。

 中等部と初等部を繋ぐ渡り廊下で楽しそうに笑ってる。そこにもう1人男の子が加わる。そんな俺の視線に気付いたのか、清宮は手招きで俺を呼び、2人の背を押して前に出す。両方とも顔が良いな。


「1歳下の弟の純夜と幼馴染みの龍貴君なんだ。こっちの人は私の前の席に座っている海藤貴矢君」

 

 にこにこと機嫌の良さを隠さない満面の笑み。

 綺麗な顔立ちの子は年下で、もう1人の方は同じ年かと思ったけど、両方とも年下だったらしい。

 しかし、3人並んでも誰も見劣りしない顔の良い連中だな。

 この3人が並んでいた初等部では相当目立っていたんだろうなと思っていたら、親切なクラスメイトが教えてくれた。


「あの3人は初等部の頃から有名だから。

 清宮は可愛くてしっかりしていて料理上手。時々ドジをするけど、それが愛着がわくといった人気がある女子なんだ。

 清宮弟、可愛いって女子が騒いでるな。幼馴染みの方はかっこいいとか言ってもててる。あの3人が揃うと、相当目立つんだろうけど清宮が気付いていないから、こういう光景は割りと見かけるな」


 その言葉に確かに、と頷く。

 相当目立つのに、清宮だけが気付いていない感じだ。


「ちなみに、清宮も男から絶大な支持を受けているけど、本人が面白い程鈍いけど注意しとけよー」


 ──…と、何を勘違いしたのか、そんな言葉を残して教室に戻っていった。

 まさか一目惚れなんかしていないぞ。流石に。

 けれど清宮が笑うと何故か心臓がドクン、と鳴る気がした。

 少し……いや、かなり好感を持っていた。笑った顔が可愛くて、もっと笑ってほしかった。



 ……。



 あぁ、一目惚れだ。注意を受けてから一週間。漸くそれに気付いた。

 モヤっとした俺の心にストンと入り込んでくる俺の気付かなかった、俺の本音。

 男に媚びる性格じゃなく、下手すりゃ弟みたいに世話を焼かれるし、女子からの支持は多いし。ただ、問題はやっぱりちょっとドジな所か。

 それさえも可愛いと騒いでた男達がいたけど、俺も可愛いと思ってしまったから同罪だろう。

 ただ、男女問わず支持は受けているが、中学にあがったのにも関わらず、恋愛に対しては一切興味がなさそうに見える。

 ……ぐらいか? 俺から見た清宮の印象は。結構困るポイントが多いというか、ピンポイントで困るというか。

 俺の困惑に気付いたのか、丁寧に清宮について教えてくれた男──渡辺が少し離れた場所から肩を竦めてた。どうやら俺の考えている事はお見通しらしい。

 けれど、俺の方からもわかる、お前も俺と同じだろうと。

 いや、でも、俺の場合は心細かった時に話しくれたのが清宮だったから、それで好印象なだけかもしれない、

 一目惚れも勘違いかもしれないしな。



「また眉間に皺が寄ってるよ。これ食べる?」


 そう言って、俺の後ろの席に座った清宮が言ってくる。


「戻ってきたのか」


 さっきまでは弟と幼馴染みの3人で、楽しそうに話していた。


「ん? 何??」


「いや。何でもないけど……これってクッキーか」


 見た目は売ってるものにしか見えないんだけど、箱に入れたこの状態は手作りっぽい。そこから漂う美味しそうな匂いに喉が鳴る。


「うん。頼まれて良く作るんだよね」


 試しに1枚手に取り食べてみたら相当美味しかった。清宮の言葉で、俺の考えは合っていたらしい事がわかる。


「へぇ…」


 少し遠慮しながら別のクッキーを手に取り食べるが、やっぱり美味い。

 形はいいし、焼き具合も店で売っているものと遜色はない。中学生でこの腕前って、将来はどのぐらいになるのか全く想像がつかない。


「そか。良かった。家族や友達以外に食べてもらった事ってないから、ちょっと緊張しちゃった」


 本当にホッとしているのがわかる。微かに微笑む清宮に、クラスの男子は釘付けって所か。これは逆に俺が文句を言われる立場になったような…。

 なんといっても、友達──おそらく女友達だろう──と身内にしかあげた事のないクッキーを、今日入ったばかりの外部性の俺が食べてるしな。

 まぁ……何かやってくるなら遠慮なく返り討ちにしてやるから、全く問題はないんだけどな。






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