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純夜の苦悩・清宮純夜視点・1



 それは突然だった。

 同じ家に住んでいれば、その機会はいつあってもおかしくないはずだった。今までおとずれなかったのは、ひとえに俺の努力だと言える。

 俺だって男だ。見たくないはずない。けれど見てはいけない、誘惑に駆られているけど、負けてはいけない。これだけは勝つ。勝たなきゃいけないものだ。

 それなのに。それなのに何でそこまで無防備になれるの? 思わず、そう問い詰めたくなる。



「純君、ちょっとごめんねー」


 バスタオルを巻いただけの璃音が、俺の横を通り抜けていった。ポタポタと落ちる水滴。いや。だからちょっと待って。何で水滴がポタポタ?

 いつもの璃音だったら肩にバスタオルをかけて、水滴が下に落ちないようにしていたはず。現実逃避した脳で考えても埒が明かない。現実を見るんだ。今の状況を把握するんだ!

 前を向け、と覚悟を決めて伏せていた視線を上へと上げた。が直ぐに下げた。幻じゃなかった。目の前の廊下にはバスタオルを身体に巻いただけの璃音が自分の部屋へと入っていく。ドアは開けっ放しで、璃音の声が聞こえてくる。


「やっぱここに忘れたんだよねー」


 なんて声を弾ませながら言う璃音。俺という存在はすっかりと消えているだろう。色々と。本当に色々と言いたい言葉が浮かんでくるけど、俺は無言のまま璃音の部屋の扉を閉めた。


「あれ?」


 突然扉が閉まった事を疑問に思う璃音の声が聞こえた。


「姉さん。こういう場合はドアを閉めて」


 本当はもっと別に言いたい事があったはずなのに、俺の口から出たのはこれだけだった。本当は土下座しても良いからお願いしたい。

 そういう格好で歩き回らないで。切実に思う。無防備な璃音に。これが無防備だけで済むのかは甚だ疑問だけど。

 バスタオルが何かの拍子にとれたらどうするんだ。

 あの璃音だから、気にも留めないかもしれない。いや、きっと気にもしないのはわかる。なんたって、璃音の母親。俺にとっては義母の花音さんがそういう事を平気でするからだ。その遺伝子が確実に璃音に受け継がれている。

 ソレと同時に、完全に俺を弟という身内のカテゴリーでしか見ていない事。激しく落ち込む。思わず泣いていいだろうか、と龍に言ってみるか。龍のカテゴリーも同じ家に住んでいないけど弟、だろうから。

 先日、俺が龍を慰めたばかりだが、今度は俺か? 俺なのか?

 最後にお疲れ様の一言で済ませてしまったが、今回はこの言葉で収まるのかどうか。

 俺の懇願で何とか扉は強制的にだけど閉めさせてももらった。それは良かったけど、気持ちの整理が全くつかない。よろけそうになる身体を何とか動かし、自分のベッドに倒れこむようにねっころがった。

 鍵をかける事も忘れない。

 何とか携帯を手に持ち、俺は龍に電話をかけた。2回程鳴って出た龍の最初の一言は『何があった?』だった。流石龍だ。よく解ってる。


「り……璃音がバスタオルを巻いただけの状態で廊下を……俺の横を歩いていった……」


「……」


 龍は無言のまま、息を呑む音だけが響く。


「それは……」


「着替えを忘れた、らしい」


「……本当は見たいけど、それは口に出しちゃいけない言葉だよな……」


「あぁ」


 きっと、龍も俺と同じで神妙な顔つきをしているだろう。龍自身、隣りとはいえ俺の部屋によく泊まりにくる。ゲームをやって、そのまま雑魚寝で眠る回数はかなり多い。

 俺の部屋は2階だから、1階の璃音と話す機会は減る。ただトイレだったり洗面所に行ったりとかを考えれば、それを見てしまう可能性はゼロじゃない。

 龍も人事では済まない問題だ。

 俺達自身あまり言いたくはないが、俺も龍も璃音から男扱いはされてない。全くない。毛先の先ほどもない。璃音が誰かを男扱いした事を見た事もないけど。

 そう思うと誰もされていないな。璃音が誰かに対してかっこいいね、とか、恋愛面の好きとかそういう話を聞いた事もない。ないないづくし俺も龍もへこむ事はいつもの事だ。


「……璃音って本当に鈍い」


「解りきった事だけどな。他の男に対してもスルーするから、その辺りだけは助かってはいるのは事実だけどな……」


 ただ、俺達の本音としては複雑だった。大切な可愛い弟扱いされている2人が、恋愛に発展するかと言えば難しいだろう。

 そういった意味では俺も龍も厳しいものがある。思い込んだら一直線の璃音が気付いてくれる可能性はゼロに近い。

 最後まで気付かれずに他の男に持っていかれてたまるか。

 何度も何度も何度も思った。このまま弟として過ごした方が良いんじゃないかって。でも、璃音が他の男と話しているだけで腹がたつ。

 それを繰り返していくうちに、どうしようもなくなっていた自分の心。そういった意味では龍も恋敵ではあるけれど、2人揃って不憫な目にあっているので、愚痴を言い合う仲になっていったのはきっと自然な流れだったんだろう。

 2人揃って溜め息を落としていると、バタバタと走る音が聞こえた直後にノックが2回。これは璃音だな。龍にそれを言い、携帯をベッドの上に置いて鍵を開けた。


「どうぞ」


 声をかければ、璃音が少しだけドアを開けてちょこんと顔を出す。何? 凄く可愛いんだけど、髪を乾かしてないよね。

 それとパジャマが大きくない? というかそれって俺のパジャマだよね。男だよ。俺だって男なんだよ。パジャマが大きくて胸元が見えそうで見えないなんて口には出さないけど、他の男の前でしたら煽ってるだけだからね。


「色が同じだから間違えちゃった。これ純君のパジャマだよね。今日だけ借りてもいい?」


 確かに、同じ色のパジャマのサイズだけ違う、というものは多い。俺は璃音に心配させないように頷きながら、箪笥から璃音と同じ色のパジャマを取り出し璃音へと渡す。


「ん?」


「これも同じだからさ。なんかわかりやすく出来ないかな?」


「そうだね。純君が私の着たら小さいもんね」


 実際はそういう話じゃないけど、そうだねと頷いておく。


「洗って返すからね」


「気にしなくていいよ。というか、璃音が全部洗っちゃってるよね」


 いつも。基本的に料理、洗濯は璃音が進んでやる。料理は両親に手を出されたら身体が心配になるから、璃音に任せっきりだけど。


「そうだね。わかりやすいようにしておくよ。それじゃあお邪魔しました」


 パタン、とドアを閉めて軽快な音をたてて下に下りていく璃音。俺はもう一度鍵を閉め、放置状態にあった携帯を手に取る。

 しかし、璃音が俺の服を着るとこんなふうになるのか。


 『大丈夫かー?』という龍の声が聞こえる。


「俺のパジャマを間違えて着た……胸元がさ」


 それだけで全てを察したのだろう。『お疲れ様』と心の奥底から言ってくれたであろう龍の言葉に、俺はベッドに倒れこんだ。

 出された課題は明日やればいい。今日の気力は全て持ってかれた……。





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