幼馴染みは厄介だ・岡本龍貴視点・1
たった一年の差。
そんなもの、社会に出れば全く関係なくなる程度の差。少なくとも、俺はそう思っている。
「龍君どうしたの?」
俺の隣りでハンバーグを作っているのは、幼馴染みである璃音。俺よりも一つだけ年が上。たった一つだけ上の女性。
今日は俺の両親に頼まれて、俺の家に夕食を作りに来ている。それについては後でたらたらと両親に文句を言いたいが、何故か両家の間でそれが公認になっているのが不思議というよりおかしい。
清宮家は璃音の家だからわかる。けれど、幼馴染みで両親子供共に仲が良いとは言っても別の家。
その家に何故、璃音が態々ご飯を作りに来ているのか。その理由は俺の両親が残業で遅くなるから。というもの。
2人とも9時を過ぎる両親の為に、ご飯を作っている。コンビニや他の何処かで買ってくればいいじゃないかとその都度言った。が、改善された事はない。
璃音ちゃんのご飯は美味しいから。何て全く理由になっていない事を口にする。
「レンジで温めてから食べてね」
ジュウ、と美味しそうな音をたて焼かれているハンバーグを見ながら、璃音が口にする。
「ハンバーグと付け合せの野菜はにんじんとジャガイモ。とうもろこしにブロッコリーね」
予め清宮家で冷凍保存されていたとうもろこしの粒とブロッコリー。それが焼かれてメインであるハンバーグを中心にして、その上に綺麗に並べられている。
コーンスープまで作った璃音は味見をする為にスプーンで掬い、俺へと手渡す。
「ん。美味いよ」
本当に美味い。コーンスープは両親が帰ってきたら火をいれればいいし、後は完成した料理にサランラップをかけだけ。
俺のご飯は既に清宮家と共に済んだのだが、あまりにも熱心に見ていた所為か、璃音が俺も食べるのかと聞いてきた。
「いや。もう腹はいっぱいだから。ただ楽しそうに作るなって思ってさ」
清宮家の食事を作り、皆で食べ終わった後に俺の家まで来ておかずを作っていてくれているのだ。本人的には二度手間じゃないだろうかと思う。でも璃音の表情は満足気な。微塵も思っていないだろう。面倒だなんて。
「勿論楽しいよ。料理は作っても食べても全部好き。本当に楽しい」
にこぉ、と満面な笑みは可愛い。年上なのに、年下に見える程あどけなく、そして無防備だ。料理を作っている姿でさえ可愛く見えるのに、清潔そうな白のエプロンに猫の刺繍のワンポイントが、更に璃音の魅力を引き立てているような気がする。
幼馴染みの欲目かそれとも好きな相手への欲目か。
璃音に迷惑をかけているとは解っていて、口では両親に対して文句を言ってはいるが、本音は逆だと誰にばれているだろうか。
純夜は知っている。知っているけど黙ってくれている。お互いの気持ちを知っていて、口出しはしないと決めているから何も言わずに口を閉じている。
本当は、両親がいない間の家の中。璃音と2人っきりというこの状況を手放したくないと思っているが、本音を表に出す事はしない。
両親にもばれていそうな気がする。
ただ、両親が思っている程甘い雰囲気になったりした事は、今までただの一度もない。断言してもいい。璃音は俺達同世代を子供のように見ている。そして何故か自分が恋愛対象になる事はあり得ないと思い込んでいる。
何でそうなふうに思い込んだのかはわからない。おばさんやおじさんに聞いてもわからないから、恐らく生まれついての性格だとは思うけど、なんとなく納得はいかない。
璃音には聞けていないけど。
「龍君。味見してくれる? はい」
「……」
フォークに刺さったハンバーグを差し出される。持つ部分は璃音がしっかりと握ってて、俺の目の前には一口分に切られたハンバーグだけがある。
つまりこれはアレだな。
「……」
だっ、かっ、らっ。と叫びたいのを我慢して我慢して、俺は差し出されたハンバーグを食べた。これだけ見ると新婚家庭っぽい空気を味わえないわけじゃないが、現実は残酷だ。
新婚家庭所かただ単に、仲の良い姉弟のようだ。
差し出されたハンバーグを味わうようにゆっくりと咀嚼した。味は美味い。相変わらず璃音は料理上手だ。けれど無防備だと言いたい。璃音の鈍さを怒るわけにはいかない。それには嫉妬が含まれているから。
今は恋愛対象外。けれどいずれ俺を見てもらえるように日々の訓練はかかさない。高校を卒業する頃には、今よりもずっとずっと逞しくなって璃音の認識を変える。それが目標だ。
「どう?」
思考の渦の中にいた俺に、璃音が不安そうに聞いてきた。少し間をあけすぎたらしい。
「美味いよ。っつーか、璃音の作ってくれた料理で不味いのはないし」
「龍君は過大評価し過ぎ。でもありがとね」
純白のエプロンを身に着けて、璃音が微笑む。
……今日は駄目だ。本当に駄目だ。誰か璃音を迎えにきてくれと、半ば祈るような気持ちで玄関を見てみれば、丁度良く純夜が玄関のドアを開けた。
純夜に向かって少しの時間。一瞬だけ手を伸ばした動作でわかったのだろう。
「姉さん電話。そろそろこっちに戻ってこない?」
『え? 電話?? 珍しい』と口に出しながら、俺に向かって『ちょっと行ってくるね』の言葉を言うと、純夜につれられて自分の家に戻っていく。
この分だとすぐに戻ってくるだろうな。そう思っていたら。数分で戻ってきた。どうやら佐野の携帯が行方不明になったらしく、電話を鳴らして欲しいという依頼の電話だったらしい。
普段は天敵だが、さっきのタイミングは絶妙だった──…が、礼は言わない。天敵は天敵だしな。
その肝心の携帯は、棚の間に落ちてしまっていたらしい。それは確かに見つかり難い。
話し終えた後、璃音は作った料理にサランラップをかけ、食器を洗って拭いて、棚へと戻していく。すっかり、この家の台所をマスターしてる璃音の動きに無駄はない。
「それじゃ、龍君またね」
「あぁ。ありがとな」
今度こそ帰っていく璃音の背を見送り鍵をかけた後、俺は深い溜め息を落とした。全く……俺がいつ狼になるかなんて知らずに無防備な姿を晒すんだな。
結局、璃音の気持ちがそっちにいっていない事を解ってしまう俺は、口ではなんといっても璃音を悲しませるなんて出来ない。
それが本音なんだけどな。




