初めてのイベント・3
集中できている授業は終わるのが早いなぁ、なんてのんびりしながら、窓から見える中庭を見ていた。
ここからでも見れる中庭はちょっとした癒しスポットとなってて、そこで昼食を食べる生徒の数も少なくはない。大体三年生が良い場所をとってるから、下級生は行きずらくなっちゃってるけど。
「璃音」
この後生物科の準備室に行く事を考えながらサンドイッチを食べていたら、思いの外早くに純夜が3-Cの教室に顔を出した。
私の名前を呼び捨てという事は、感情的になってるかな。平静の時は姉さんだし。
「早いね。お昼ご飯は食べ終わった?」
昼食はお弁当なので、食堂や購買に行く必要はない。用事があれば教室でサッと食べてしまえばいいだけなので、お昼休みは比較的色々な事が出来る。
今日は武長先生の所に行くんだけどね。
「食べ終わったよ。サンドイッチもおかずも美味しかった」
姉さんの作るものは全部美味しいよ。なんて照れたように言ってくれる純夜が可愛くて可愛くて、自然と笑顔が零れ落ちる。こんな可愛い弟がいてくれて良かったなぁ。
その可愛い純夜が幸せになれるように、ここは頑張り所だよね。
「ん。それなら良かった」
「うん」
頬を朱色に染める純夜に、純夜の後をついてきた龍貴君も口元を右手で押さえ、頬を赤くしてる。
何度も思ってきたけど、フェロモンが半端ないね。
「それでどうしたのかな?」
腕時計を確認すると、そろそろ頃合じゃないだろうか。
「珍しいよね。私の所に来るって」
勿論来るのは知っていたけど、そんな事を言えるわけがないので不思議そうな表情を浮かべておく。
純夜と龍貴君が顔を見合わせ、困ったような表情を浮かべながら私の額に視線を向けてくる。まだ赤みがひいてない事に、二人の表情が悲しげに歪んだ。
全く……過保護な二人だね。心配してもらえるのは嬉しいけど。
「純君、龍君。理科準備室に一緒に行ってもらってもいいかな?」
私が額に関して全く気にしていない事が分かってるから、心配してきたとは言い難いらしい。仕方ないわけではないけど、時間が頃合なので自分から話しをふる事にした。
「武長先生の所に?」
「何で??」
純夜と龍貴君が同時に口を開く。
純夜は純粋な疑問で、龍貴君はライバルの名前が出たので少し嫌そうに言葉を吐き出す。本当にライバルに対してはわかりやすく表に出すね。
「うん。先生が冷やすものを用意してくれるみたいなの」
そう言えば、二人揃ってわかったと頷いてくれた。龍貴君の方は本当に嫌そうだったけどね。弟みたいに育った龍貴君に嫌そうな表情を浮かべてほしいわけではないんだけど、これはフラグ回収の為に外せないイベントなの。ここでしっかり踏ん張って、ぜひとも好感度を上げてもらわないと。
「それじゃあ早く行こうか」
「ん」
早く冷たいタオルを私の額にあてたいのか、純夜が私の手を引いて歩き出す。教室を出て気付いたんだけど、西岡君が廊下にいた。
何でだろうと首を傾げてみたら、その西岡君が何故か土下座で私に謝ってくる。
「本当にすいませんでしたっっ」
え? これは何??
まばらだけど、廊下にいる人たちが何事だと言わんばかりにこちらに視線を向けてくる。色々と目立ってしまっているのは予想外。何が起こったのか一瞬混乱したけど、とりあえず土下座をやめてもらう為に膝をつけ、西岡君に顔を上げてもらう。
私と西岡君の視線が交わるけど、西岡君はまだまだ土下座する気満々のようだ。それは嫌なので、これ以上頭を下げないでねとばかりに顎を触りながら、西岡君の名前を呼ぶ。
「西岡君って言ったよね」
「…はい」
純夜は西岡君とどんな話をしたんだろう。突然土下座なんて驚く以外のなにものでもない。確かゲームで見てた時はもっと和やかな感じになったんだけど、やっぱりそれはゲームと現実の差なのかもしれない。
悩むけど、その認識の差は仕方ない。私もゲームの璃音とは違ってるし。
「土下座はしないで。怒ってないし……それに朝も謝ってくれたでしょ? それで十分だよ」
「……でも額が…」
ちょっと瞳を潤ませて見上げてくる西岡君に、私は首を振る。
「心配してくれてありがと」
「……」
無言の西岡君の瞳が揺れる。まさかありがとうと礼を言われるとは思わなかったのだろう。
「んーと。それじゃぁ……西岡君も一緒に行ってくれる? それでこの件は終わりにしようね」
疑問形をとっているものの、有無を言わせないとばかりに言い切る。強い口調ではないけれど、西岡君は反論する事はなく頷いてくれた。
ただし、純夜と龍貴君の表情がすごい事になってる……逆にそれが怖い。純夜の場合拗ねると長いんだよね。
そんな純夜も可愛いけど――…って、私も十分純夜フェロモンの影響を受けてるなぁ。
「純君も龍君もそれでいいよね?」
にっこにこと満面の笑みを浮かべ、一応尋ねてみる。
「…それで駄目っていったら拗ねるんでしょ」
「…璃音の拗ね顔……」
拗ねたのは純夜じゃ。は本音だけど、それを口に出したら確実に拗ねられる。
「うん、ありがとうね。純君」
なので、純夜にはお礼を言っておく。私が姉だから、顔を立ててくれてるっていうのもあるだろうし。
「ほら。西岡君も立って」
まだ廊下に座り込んでいる西岡君を立たせ、準備室へと向かう。思いの外時間をとっちゃったけど、今から行けば十分なはず。
武長先生は背もたれに体重をのせ、不機嫌そうにタバコの煙を口から吐き出す。換気扇も回っているし、空気清浄機も一生懸命働いてくれてる。だからタバコの煙はあんまり気にならないけど、それよりも不機嫌さを隠さない武長先生の方が気になる。
いつもより三倍ぐらい眉間の皺があるような…。
「よぉ。よく来たな」
「はい。来ました」
先生の視線は、私の後ろ。つまり龍貴君と西岡君に向けられている。わかります。すっごく腹立たしいのはわかるんですが、眼差しが凶悪的に怖いです。
「綺麗な弟君が来るのはわかるんだけどな」
「綺麗って…」
純夜の困ったような声。
「まぁ、いい」
深い溜息の後立ち上がり、冷やしたタオルを私に押し付けるように渡す。その表情はまったくいいなんて思ってないよね。
けれど私を口実にした事をばれたくないからか、早々とタオルを渡して純夜を見つめる。
本当に熱烈。わかってはいるけど、知っちゃっているとその熱すぎる視線で照れそうです。
「ありがとうございます。うー。気持ちいい」
やっぱり少し腫れてるせいか、冷蔵庫で冷やしたタオルが気持ちいいなぁ。そうだ。明日は夏対策冷え冷えスプレーを持ってこよう。自宅の救急箱に入ってるし。後はタオルを何枚か。
そうすれば簡単に額を冷やせるし、武長先生にタオルを借りるイベントはこれだけだから当てに出来ないし。
でも、流石にライバルが三人も集まると、牽制の仕合が半端ない。まぁ、純夜の照れ顔でせいぜいデレっとしてね。
なんといっても純夜の照れた表情はホントに可愛い。
可愛すぎて、デレっとなるのは当然です。