表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/88

修羅場とドジはいりません・1

「よし。準備はオッケー」


 結局3日程風邪が完治するまで時間がかかったけど、土日を挟んだから学校を休んだのは1日だけで済んだ。

 昨日の夜から夕食も作れたし、咳もとまった。全く問題なしと言っても良いと思う。


「おはよう、純君。ご飯出来たよ」


「おはよ……準備しておりるね」


「うん」


 純夜を起こす為に2階へと行き、ドアをそっと開けて声をかける。そこには少し寝ぼけながらも身体を起こした純夜の姿。

 布団の中のぬくぬくと、部屋の寒さの温度差でブルリと身体をふるわせたけど、くしゃみは出なかった。

 ほぼ3日間も寝込んだ風邪菌を、純夜にうつさなくて本当に良かった。それだけは心底思う。ちなみに両親は何故か頑丈なので、それほど心配はしていない。

 純夜を起こした後は下におりて、出来立ての料理を皿に盛り付ける。これをやり終える頃には家族が揃うんだ。

 今日の朝食はご飯じゃなくてパン。手作りの食パンをトースターで焼いて、皿に1枚乗せる。4枚のパンをいっきに焼けるので、始めに1枚焼いておいて、2枚目は食卓に揃った頃にタイマーを動かす。

 おかずはいり卵にウィンナー。レタスとトマトとブロッコリーをそれぞれの器へと盛る。私は大体だけど、ウィンナーとレタスをパンに挟んで食べる。2枚目についてはいり卵とレタスをパンに挟む。ブロッコリーとトマトはパンには挟まず、トマトはそのままでブロッコリーの付け合せは手作りマヨネーズ。今朝作ったばかりだから新鮮だと思う。

 卵もスーパーじゃなく、直接買いに行くから鮮度は抜群だし。

 ピザソースがあったらトマトとベーコンとチーズでピザ風にして食べるんだけど、今はそのピザソースをきらしているから買ってこないと。

 後はイチゴジャムにブルーベリージャム。ピーナッツバターとミルククリームも食卓の中心に出しておく。

 季節によってはりんごやみかんでもジャムを作ったりもする。この辺りはおばあちゃんに教えてもらった。

 季節のフルーツを酢で漬けたり、シロップを作ったりして友達にあげたりとか。イチゴのシロップを作った後、余ったイチゴでアイスを作ったんだけど、男性陣には不評だった。どうやらイチゴの酸味が好きじゃないらしい。私やお母さんはその酸味も美味しいって思ったんだけどね。

 その時、準備を終えた純夜がリビングに顔を出す。


「父さんと母さんはもう少しで下りてくるって。先に食べ初めてって言ってたよ」


「そっか。じゃあ食べちゃおっか」


 トースターから両親の分の焼く前のパンを取り出しておく。両親のパンだけパンの耳を切ってあるけど、それは後でトースターで焼いて、それに色々なジャムを塗って食べるのが両親は好きだったりする。

 私が色々と準備しすぎるから、こういう癖がついたのかもしれない。

 後趣味で買ったシナモンやバニラシュガーの瓶をついでに並べる。焼く前にパンにふりかけてもいいけど、私はバターを塗ってその上から振り掛ける。ちょっとしたデザートのような感じもするけど。甘いから。

 食パンを作るついでにミニパンも色々と作るんだけど、今日は少なめだったりする。土日が本調子じゃなかったから少ないんだよね。


 私と純夜の席は隣同士。両手を合わせていただきますを言った後、その時の気分でパンに挟む料理を選んでいく。

 私は定番のレタスとウインナーに、いり卵ものせてマヨネーズを上から塗る。もう一枚はちょっと甘いものが食べたい気分だから、ミルククリームを塗ってそれもあっさりと胃の中におさめる。このほのかな甘みが美味しいんだよね。

 純夜は最初にバターを塗ったパンの上にシナモンをふりかける。2枚目はレタスとウィンナーとマヨネーズ。後はミニパンに手を伸ばしてジャムを塗って食べてた。この辺りは流石男の子だよねって胃袋をしてると思う。


「ごちそうさまでした」


 食欲も出てきたし、今日は大丈夫。問題なく学校に行けそうだ。真美ちゃんに聞いたら特に重要な課題とかは出ていなかったみたいだから、問題はないだろう。

 学校用の鞄を持ち、肩に布で作られた簡易バッグをかけ、準備を済ませる。


「す」


 純夜と呼ぼうとしたら肩を優しく叩かれた。どうやら既に準備を済ませていたらしく、鞄を手に持ち方にかけた。


「行こっか」


「うん」


 結構だが、私が先に家を出て純夜がそれに追いつくというパターンが多かったけど、4月から色々な事があったから、一緒に出るようになった。

 相当心配をかけてしまったらしい。もう平気だと言っても首を横にふるだけだった。怪我をする回数が多かったのは仕方ないものだと思っているけど、フラグを知らない純夜にとってみたら、私の怪我の量に自分が守らねばという使命感を持ってしまったのかもしれない。なんだかんだと過保護だから。

 玄関のドアを開けてみると、そこには龍貴の姿。ちなみに、龍貴も純夜と同じで私の怪我を心配し、外で待って3人で学校に向かうようになった。

 本当に過保護な弟たちだと思う。口には絶対に出さないけど。口に出したら最後、ステレオでこれが心配であれも心配で──…と当たり前のように説教じみた説得が始まるのだ。

 大人しく口を噤んだまま外に出て、龍貴に挨拶をする。


「おはよう、龍君」


「おはよー。璃音、純夜」


「おはよう」


 挨拶が終われば、誰からともなく歩き出す。壁側に私。その横に純夜。後ろには龍貴という布陣で学校まで歩いていく。


「(気まずい)」


 誰も何も話さずに、ただ黙々と歩いていく。後ろめたい事があるから気まずいのだろうか。悩むけどそれを表に出せばすかさず聞いてくる2人がいる。

 内心では引き攣った頬を浮かべているけど、表面には出さずにいつものようにただ歩くだけ。

 誰か来てくれないかなぁ。と思ったのが悪かったのか、後ろから駆け寄る音が段々と近づいてくる。


「すっみやくーーん」


 この声は水守兄の声。貴方は呼んでいないと言いたかったが、それよりも早くに水守兄が純夜に抱きつこうとするけど、本人に邪魔されて一歩後ろへと下がった。その表情は完全に不満気なものだ。抱きしめても大丈夫だと思っているのかもしれない。


「つれないなぁ、純夜君。こんなに大好きなのに」


 口を尖らせて不満を口にする水守兄。


「俺は大嫌いだ」


 容赦なく純夜がばっさりと切り捨てる。


「純夜に近付くな!」


 龍貴が純夜と水守兄の間に割ってはいる。何だろう。この修羅場感。朝っぱらから濃いよ。色々と濃すぎるよ。何ていうか応援はしているんだけど、胃もたれを起こしそうな程のやりとり。


「純夜君のケチー」


「……」


 双子でもやっぱり違うなぁ。対岸の火事を見学するようにひっそりと見ていたら、急に方向転換してきた水守兄に抱きつかれた。


「なっ」


「璃音ちゃんかわいー。ちゅ」


「────ッッ!!!」


 声にならない叫びを上げる。なんか前にもこんな事があった気がする。頬だったからまだマシだったけど、キスされる相手ぐらいは自分で決めたい。


「はっ…離して下さいッッ」


 腕を突っ張りながら1歩後ろへと下がって、強制的に距離をとる。本命は純夜なんだから純夜にして、とは本人の嫌がり方で言えるわけもなく、私は一生懸命腕全体を使って水守兄を遠ざけた──次の瞬間、目の前には純夜と龍貴の背中。どうやら庇ってくれたらしい。ちょっと遅かった所もあるけど。


「姉さんに変質者の行動をしないでくれないかな」


 なるべく冷静さを保ちながら純夜が言い切る。


「だって可愛いんだもん。純夜君も可愛いし好きだし。璃音ちゃんも大好き。可愛い子たちは皆好きだよー」


「「「……」」」


 水守兄の言葉に、私達3人の沈黙が重なる。本音としてはうわっ。やっぱこの子苦手。顔は可愛いんだけど、キス魔は好きじゃない。しかも素面のキス魔だし。それに口にしなければ良いと言うものでもない。本人のキスする相手が無差別すぎるのも大問題だと思う。


「ねぇ、璃音ちゃん。顔見せて。キスさせて。純夜君には結構したんだ。璃音ちゃんにも同じぐらいキスしたいんだ。そうすれば解ると思うんだよね」


 水守兄の言葉に、ほんの少しだけど違和感を感じた。私にも純夜にもキスはしてる。頬だけど。でも純夜にはして私にはしていないキスってまさか……。

 恐る恐る純夜を見ると、思い出したのか右手で口を押さえ、吐きそうにしてた。何も言わなくても、その態度だけで全てがわかる。

 少しでも距離を縮めると、頬じゃない場所にもキスをするって事だね。


「璃音ちゃん」


「…貴方に名前を呼ばれる程親しくなった覚えもないので、苗字で呼んで下さい」


「璃音ちゃんは璃音ちゃんだもん」


「……」


 駄目だ。会話が噛み合わない。ゲームだと甘えた仕草が可愛いかなって思えたけど、現実にいると無理。どんなに顔がよくても無理無理。

 思わず逃げる為に地面を蹴ろうとした瞬間、声が響いた。水守兄より少し低めの声。


「止めとけよ」


 この声は統矢君。姿を見なくてもわかるぐらいには親しくなった。


「明らかに嫌がってるだろ。そんなにキスしたいなら取り巻きにしておけよ」


 水守兄の目の前に立ち、言葉を吐き捨てる。こういう所が合わない部分でもあるんだなと思わなくもない。けれど統矢君を矢面に出すのも嫌だったから、気合をいれて握り拳を作る。


「統矢には関係ないだろー。俺がしたいだけだし」


「身内の恥を黙って見過ごせるはずないだろ」


「恥じゃないでーす。喜んでくれてるし」


「だからそれは取り巻き連中だろ」


「純夜君と璃音ちゃんは別格にするからいーの」


「この2人の嫌がり方で何でそんな事が言えるのか、全くわかんねぇ」


「じきに嫌がらなくなるよ」


「はぁ? 意味がわからない事を言うのは相変わらずだよな」


 2人の兄弟喧嘩なんだろうか。それを見ながら気合をいれる。

 握り拳が解けてしまいそうな兄弟喧嘩。何処で口を挟んでいいのかが解らなくなる。


「意味がわからないってわかるだろぉ」


 水守兄の方も段々と口調が荒々しくなる。このまま喧嘩を続けさせたら、近いうちに殴り合いになりそう。


「わかんねーよ。わかりたくもねぇし」


 よし。ここは中身的に一番年上の私が止めるべきだね。その為に作った握り拳だもの。深呼吸を繰り返し、タイミングを見計らう。


「ん? 統矢ってさ、好きなんじゃないの?」


「は? 何言ってんだよ」


「それしか考えられないよ。今までは何も言ってこなかったじゃん」


「憶測でものを喋るなよ」


 握り拳を作っていた右手を開いてもう一度作り直す。その後に斜め方向に足を1歩進めようとした。んだけど、ローラーを踏んだかのようにズルリと滑る。勢い良く足を出したから、転がり方も早かった。


「統矢が璃音ちゃんを愛してるだけだろ!!」


 ゴンッッ。

 水守兄の言葉と、私が地面に後頭部を打ちつけたのは同時だった。スカートの下にはスパッツを履いているからのた打ち回っても大丈夫なんだけど、そんな事よりも後頭部が痛い。へこんでないよね? 余りの痛さにそんな事を考えてしまう。

 滑った原因であるローラーのようなものは、ペットボトルだった。中身は満タン。何でそんなものが落ちているんだろう。でも、これだとズルッと滑ったのも納得出来る。


「璃音」


「…んー……」

 

 龍貴が上着を脱ぎ、私にかけてくれる。

 スカートが捲れても大丈夫なんだけど、龍貴は気になるらしい。


「ありがと」


 こういう心遣いは嬉しいので礼を言った後、コートを持ちながら立ち上がった。後頭部はものすごい痛いけど、今は一刻も早く龍貴にコートを返さないと。この寒い中、上着なしじゃ風邪ひいちゃう。

 コートで隠しながらスカートを確認し、改めて礼を言いながら龍貴にコートを返す。


「璃音。大丈夫?? 保健室に行こう。お願いだから保健室に行こうね」


 純夜が思いっきり心配そうな表情を浮かべ、私の手を握ってくる。


「ん。わかった」


 頭も痛いしね。最近怪我が増えてそれはイベントの所為だと思っていたけど、私自身がただ単にドジだったんじゃないかという疑惑も湧き上がってくる。今回の事は確実に私のドジが招いた事態だ。

 両手の平は仕方ないと思っているけど、イベント以外での怪我も多い。色々と集中出来てないのかな。それとも一つの事に集中しちゃって周りが見えていないとか。

 いつも周りばかりを心配して、自分は全て後回しにしてたけど、純夜のこの表情カオを見ていると、自分の事も後回しにしちゃ駄目なんじゃないかと思い始めた。


「じゃあ、保健室に行くからまたね」


 離れる理由が出来たから、遠慮なく歩き出す。

 それに続く純夜と龍貴。統矢君は心配そうに私を見ていたから、確実に昼食の時に聞かれるよね。


 肝心の私達が去ったからなのか解らないけど、統矢君は水守兄に背を向けて駆けるような速さで立ち去る。


「あーあ……逃げちゃった。でも相変わらず統矢は可愛いなぁ。いつも一生懸命で」


 その場に残されたはずの水守兄はそんな事を呟き、満面の笑みを浮かべていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ