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偶然の幸福・1




「清宮先輩…?」


 100円ショップであるシナモンを出た後、ぶらぶらと歩いて帰っていたら不安げで自信のなさそうな声が後ろから聞こえた。

 聞き覚えのある声だから迷わずに後ろを振り向くと、そこには西岡君が立っていた。昨日会ったばかりだけど、特に話した記憶は一切ない。遊園地では殆ど純夜か龍貴と話していたような気がする。


「奇遇だね」


 本当に奇遇だ。家はそこまで遠くはなく通学路の途中だけど、あのイベント以外で会った事はない。それなのにここで会うって事は本当に偶然が重なったんだと思う。


「西岡君も買い物?」


 視線を合わせてみたら、目線の高さは全く同じだった。それは仕方ないんだけどね。身長は同じ165cmだし。


「は…はい。欲しかった本が出てて」


 そう言って西岡君が買ったばかりの本が入った紙袋を見せてくれる。その大きさから見るとハードカバーではなさそうだ。私も行きつけの書店アサバに寄ったけど、シナモンに行く前に寄ったから会わなかったんだと思う。

 私も文庫本を2冊買ったけど、鞄に入れたから今持っているのはシナモンの袋だけ。けれど本はついつい買っちゃうんだよね。毎回の事なんだけど。


「どんな本買ったの?」


 どちらからともなく、並んで歩き出した西岡君に聞いてみる。ただの興味本位だったんだけど、西岡君は律儀に紙袋から本を出して見せてくれた。


「あ…星降る夜にだ」


 正式には“星降る夜にこんにちは”だ。ちょっと興味はあるんだけど、15巻まで出ているから買うかどうかは迷い中の本でもある。


「先輩も読むんですか? その…本とか」


 私の食いつき方で本好きだとわかったのか、西岡君が控えめに聞いてくる。それに間をあける事無く頷く。それと同時に今日買ったばかりの本を鞄から取り出した。“ただ一つの剣”の3巻と“幻の月”の2巻だ。“ただ一つ剣”は幕末の話で、幻のつきは剣と魔法の国を書いたファンタジーだ。


「あ、俺それ両方とも持ってます」


 西岡君の目が輝く。

 どうやら西岡君も本を読むのが好きらしい、意外ではないのかもしれないけど、こんな所で会って、しかも話が合うとは思わなかった。


「そうなんだ。私は西岡君のそれ、迷ってるんだよね。15巻まで出てるし」


「あぁ。巻数が多いと悩みますよね。俺も“白と黒の境界線”っていう本を迷ってるんですよね。20巻まで出てるし」


「あ、それ持ってる」


 思わずおぉ、と声をあげたくなった。それって貸し借りしやすいシチュエーション! お互いがそう思ったのか、2人とも瞳が輝く。西岡君も同じ気持ちだよね!


「清宮先輩」


「西岡君」


 相手を呼ぶのは同時だった。


「「本、貸して下さい!」」


 勿論、この言葉を言ったのも同時だった。お互いジャンルには拘らないだろう。何たってファンタジーだったり幕末だったり現代だったり、バラエティに富んでいる。

 これは趣味が合いそうだ。直接借りに行ってもいいけど、ここは純夜を通したほうが良いのかな。同じクラスだし。


「明後日の休み明けに純君に頼んで持っていってもらうね」


「じゃあ、俺も持って行きますね」


 私も西岡君の瞳も輝きっぱなしだ。


「清宮……に渡しておきますね」


 純夜も私も両方とも清宮だから、ちょっと言いにくそうだ。


「私の事は璃音でいいよ。純君と同じクラスだから呼びにくいでしょ」


 特に苗字で呼ばれる事に拘ってはいないし。これから話す機会は確実に増えるだろうしね。それに、本についてはじっくりと話したい。となるとメアドの交換は必須だよね。

 ただ、私が名前で良いって言った後、戸惑ったような表情を浮かべているけど、同志を見つけた私は止まらずに続ける。


「西岡君のメアド教えてもらってもいい?」


 それを言うと、西岡君も頷き、


「勿論です! 俺からもお願いします!」


 高いテンションを維持したまま同意してくれる。

 気分的には本好き同盟でも作っちゃう? ほんの貸し借りをすれば沢山の本が読めるし。シナモンでお菓子作りに必要なものを選んでいる時も掘り出し物を見つけてラッキー、なんて思っていたけど、それ以上の収穫があったのは間違いない。

 2人していそいそと携帯を取り出し、メアドの交換を済ませる。その後、少し歩いて西岡君とは別れた。私の家の方がちょっと遠いんだよね。

 それにしても、私の名前に先輩をつけるのはまだ抵抗があるのか、どもりながらも呼んでくれた。名前で呼ばれるといっきに距離が縮まった気がするね。最後に振り返って、自分の事も名前で呼んで下さいって顔を真っ赤にしてたけど、西岡君──…じゃなくて翔君だったよね。

 その後も私のテンションは治まらず、上機嫌で家に帰ると、純夜がリビングで座り心地の良いソファに身体を沈めながら本を読んでた。相変わらず何をしてても優雅だ。


「ただいま、純君」


「おかえり……何か良い事でもあった?」


 私の浮かれた気分を感じ取ったのか、純夜が起き上がりながら尋ねてくる。流石純夜。鋭いね。純夜が座ったのでその隣に腰をおろし、思いっきり頷いた。純夜も本を読むのは好きだから、関係のある話だよね。

 さっそく西岡君とのやりとりを話し、明後日の事も頼むと、快く応じてくれた。


「姉さん良かったね」


「うん! 趣味が合いそうですっごく嬉しい。メアドも交換してね」


「へぇ……交換したんだ。珍しいね。姉さんの場合は結構嫌いでしょ。メアド交換」


「うん。だけどその価値はあるよ!」


 だって軽くだけど聞いたら沢山あるんだよ。お互い貸し借り出来そうな本が。テンションが高めで若干純夜が引いたような気がするけど仕方ない。


「…姉さんは何を買ったの?」


 話題を変える為なのか、純夜が今日買った本を聞いてきたから、鞄から本を取り出した。


「読み終わったら貸してね」


「うん」


 純夜も誘ったら、本好き同盟に入ってくれるかなぁ…。





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